第634話 採掘再開

 炭鉱都市に戻る前に、改めて現場を確認する。

 アズたちのことはもちろん信用しているが、重要案件なので自分の目でも見ておきたかった。


 聞いていた通り、砂漠化してしまっている。

 砂を手で掬ってみるとサラサラと零れ落ちた。

 毒の沼地と化した地面が毒ごと水分を吸い尽くされた結果、乾ききって砂になってしまったという。


「この状態から植物が育つんですか? 種を植えてもこれじゃあ定着は難しいのでは」

「このままじゃ無理だけど、魔法で雨を降らせつづけて水を染み渡らせれば可能よ。長い時間が必要だけど、私にとってはそれほど大きな問題じゃないわ。むしろここから理想的な環境を用意できるから悪くないかもしれない」

「気の長い話ですが、それは凄いですね……。もし必要な物資があったら言ってください。用意しますよ」

「いいわね。お願いしようかしら」


 エヴァリンとの繋がりは維持しておきたい。

 エルフと伝手のある人間なんてそうはいない。


 森の精霊と戦った場所に到着した。

 ポツンと森が残っている場所がある。

 ここに小さな魔物の大穴が発生していたのか。

 教えてもらった場所を念入りに調査するが、それらしきものは見当たらなかった。


 エルザが処理してくれたらしい。

 そんな能力があるとは知らなかった。

 負担は大きかったようだが大丈夫だろうか。


「ご心配ありがとうございます。元気一杯ですよ」


 念のために聞いてみたが、エルザはそう答えた。

 彼女が本音を話すことは少ないので、もしかしたら強がっているだけかもしれない。

 アレクシアとエヴァリンが魔法で周囲を探知する。


「見事に何の反応もないわね。元々結界のあった外側まで探知範囲を広げないと生体反応がないわ」

「文字通り全てを吸い尽くしたってことか。結界がなかったらどうなっていたことか」


 エヴァリンがやったことは正直考え無しの部分もあるが、結界を早期に張って拡散を防いだことだけは称賛に値する。

 そのおかげで結果的に大事件を未然に防げたのだから。


 病み上がりで少し体力が落ちている気がする。

 問題なかったことも確認したので、炭鉱都市に移動するとしよう。


 周囲を見る。

 立派な森に戻れるといいのだが……。

 その時強い風が吹いた。


「ありがとう」


 サァーという音と共に一瞬だけ声が聞こえた気がする。

 しかし追いかけるように吹いた風の方を見ても何もない。

 アズたちも何も聞いていないようだ。

 ……そういうこともあるだろう。


 アズたちと共に、エヴァリンを連れて炭鉱都市シロクへと移動する。

 すると入り口では都市の代表である炭鉱王のキタンが部下を引き連れていまかいまかと待ち構えていた。

 どうやら森に入ってからずっとこうして待っていたらしい。


「ヨハネさん、どうなりましたか!」


 肩を掴まれる。

 ガッチリとした体格なのでそれだけで身体が揺れた。


「お話ししますから、落ち着いてください」

「これは申し訳ない。つい気が逸ってしまいました。エヴァリンさんもいらっしゃるということは朗報を期待しても?」


 ようやく手を放してくれた。

 咳払いをして、問題の解決を達成したことを伝える。

 詳細を誤解なく伝えるのは難しいので、突然変異の魔物が発生しその影響で蚊の魔物が発生したことを伝えた。

 その突然変異の原因が炭坑だったとエヴァリンが勘違いしたというカバーストーリーだ。

 真実を伝えたところでできることがない。


「……炭鉱が問題の原因じゃなかったのは認めるわ。ごめんなさい」

「い、いえいえ。エルフであるエヴァリンさんの誤解が解けて何よりです!」

「今から解放するわね」


 すんなり頭を下げたエヴァリンにキタンは動揺しているようだった。

 だがエヴァリン一人でこの都市を簡単に制圧できるのでキタンは徹底的に下手に出ている様子が見てとれた。

 キタンからすれば、商売を邪魔されたエルフを敵に回すよりも炭鉱を解放してくれるならもう他のことは不問にしてもいいと思っているのだろう。


「いやぁ流石、女王陛下直属の執務官殿は素晴らしい働きですな! 今日は是非とも我が家に泊って下さい。エヴァリンさんも是非」

「それではお言葉に甘えて」

「別に構わないけど」


 断ろうかとも考えたが、相手の顔も立てる必要もある。

 エヴァリンが右手を動かすと、きらめきが見えたので何らかの魔法が作用したようだ。


「これで封鎖していた岩は全て消えたはずよ」

「一瞬であれだけの数を……おい!」


 キタンは部下を呼びつけるとすぐに都市の方へと走らせた。

 恐らくすぐに炭鉱夫たちを炭坑に送るのだろう。

 作業が遅れた分、彼らはこれから取り返さなければならない。

 そうしないと収入に響くからだ。


 しばらくは盛況だろうな。

 これで燃える石の供給不足は時間と共に解決するだろう。


「ささ、どうぞこちらへ。すぐに食事を用意させますから」


 キタンが手の平をこすり合わせながら家へと案内してくれた。


「ねぇ。あの人間はさっきからなぜあんな笑顔なの? さっきまであんなにムッとしてたのに」

「エヴァリンさんが岩を取り除いたからですよ。それだけここでは死活問題だったんです」

「そうなの?」


 エヴァリンに経済のことを伝えてもピンとこないようだった。

 ……エルフからすれば欲しいものは簡単に手に入る。

 魔法のおかげでできないことはほぼない。

 これでは人間側からすれば取り入る隙がない。

 しかも力関係はエルフの方がずっと上。


 こんな相手が近くにいたら目の上のたんこぶだろう。

 友好関係を築いてもどこか不安が残るに違いない。

 利害関係で結ばれていればもう少し安心できたのだろうが……、エルフと人間が共存できない理由が垣間見えた気がした。


 キタンは盛大に歓迎してくれた。

 高級なワインを開け、様々な料理に咥え牛を丸ごと一頭潰して料理して提供してくれた。

 小さな貴族のパーティー並みだ。


 エヴァリンはワインを気に入ったようでひたすら飲んでいる。

 少し顔を赤らめているので酒には酔うようだ。


「ヨハネさん。解決していただいてありがとうございました。これを」


 キタンがスッと袋を渡してくる。

 中身を確認すると、見事な大粒のダイヤモンドが何粒も入っていた。

 カッティングこそされてないものの、値打ちは相当なものだ。

 金貨を積んでも簡単には手に入らないだろう。


 ティアニス女王よりはユーペ王女やアナティア嬢の方が喜びそうだな。

 三人に一個ずつ渡しても十分すぎるほどの収穫だ。

 アズたちにもプレゼントしてもいいかも。


「全て本物です。採掘していると偶然見つかるのですが、御婦人にはとても人気があります。お金を渡すことも考えたのですが、周りに女性も多いことですし……この方が喜ばれるかと」

「こんなにいいんですか?」

「もちろん。もちろんです。燃える石の安定供給は私にとっても重要な使命です。その感謝の気持ちとしては足りないくらいですよ」


 手を掴まれ、握手される。何度も上下に振られ感謝が伝わってきた。

 エヴァリンとエルザが飲みすぎて完全に出来上がってしまったのでそのまま一泊して明日帰ることにした。


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