第633話 安定を崩す神

 話の前にアズとエルザは起きぬけなので少し休憩を挟むことにした。

 エルザがコップを傾け、リンゴ酢を混ぜた水を嚥下する。

 その度に喉が動く。


「はぁ、美味しい……」

「その様子だともう動けるみたいね」

「フィンちゃんにはお世話をおかけしました」

「いいわよ別に。その為の仲間なんでしょうが」


 深々と頭を下げる。

 フィンは手をひらひらさせてそれを受け取る。

 アズも渡した飲み物をぷはっと飲み干す。


「それで、俺が寝ている間に何があったのか説明してくれ。状況からすると上手くいったように見えるんだが、アレクシアやエヴァリンさんに聞いても詳しいことは分からないんだ」


 フィンとアズは顔を見合わせる。

 その様子だけで事態を把握してないのは伝わってきた。


「私にも正直何が起きたのかさっぱりわからない。見てきたことをそのまま伝えてもいいけど」

「無我夢中だったので……」

「こほん。ちゃんと私から説明します」


 エルザは姿勢を正すと、真剣なまなざしでこっちを見た。

 力を使い果たして倒れたと聞いていたが、ちゃんと回復したように見える。


「森の精霊の変質を見た時からもしかして、と思ってはいたのですが。今回の騒動の原因は偶発的に開いた魔物の大穴です」

「魔物の大穴っていうと、スパルティアが抑えてるっていうあれ? 信じられないくらい大きな穴から魔物が這い出してくるっていう……」

「そのミニチュア版ですねー。このくらいのサイズだったので、私の全力を込めた祈りで強引に塞ぎました。もう少し大きかったら難しかったですけど」


 エルザが右手の指で丸を作る。

 指一本が通るかどうかのサイズだ。

 そんなサイズの穴が森の精霊を狂わせて、森をあんなことにしたのかと思うと信じられない。


「あんたそんなこともできるの?」

「はい。とても疲れますけど……。スパルティアにあるものはどうしようもないですが、それでも新しい魔物の大穴を未然に防ぐことは創世王教の使命の一つでもありますからね。といっても普通は滅多なことでは発生しないのですが」

「あんなのが突然現れたらもっと騒ぎになるだろうし、洒落にならないわ」

「本当にそうです。私としても驚きました。魔物の大穴から何らかの力の供給を受けた植物が毒を吐き出し、森の精霊を汚染したんだと思います。アズちゃんの一撃で消滅を確認しました。ご主人様の呪いが解けたのもそのおかげですね」


 創世王教にそんな役目があったとは。

 かつては最大規模の宗教だっただけに各地に名残があって名前は知られているものの、太陽神教の迫害もあり実態はよく分からない。

 今は野放しになっているというわけか。

 恐ろしい話だ。


「あの変な若芽、道理で硬いと思いました」

「律が崩れない限り安定は保たれるはずよ。魔物の大穴なんてそう簡単に生まれないわ」


 エヴァリンが話に割り込んできた。


「創世王は太陽神に負けて姿を消した。協力していた神たちも同じ。傷ついた太陽神も眠りについてそれから神の時代は終わりを告げた。それでも創世王が敷いた律はこれまでもずっと安定していたはず」

「考えられる理由は一つ。弱まっていた太陽神の力が強まったことが原因でしょう。太陽神の力は創世王の力に勝る。力を取り戻したなら、いるだけで世界を乱してもおかしくありません」

「そんな……。終わったと思っていたのに」


 エヴァリンは少しショックを受けているようだった。

 長い間平和を享受していただけに思うところがあるのだろう。

 世俗と関わりを持たなかったので太陽神教の動きも知らなかったに違いない。


「今回のことは前触れだと思います。ありったけの力で抑えたのでしばらくは大丈夫だと思いますが、太陽神が完全に力を取り戻したら効果はないでしょう」

「そんなの、いるだけで迷惑な疫病神じゃないの」

「悪意を持ってこの世界に訪れた神ですからね。自らの力を抑えるということもしなかった……」


 エルザの表情が曇る。


「まるで見てきたように言うのね、あなた」

「伝承に残っていたものを見ただけです」


 エヴァリンが指摘すると、エルザは乾いた笑みを見せた。


「聞いただけだといまいち実感がないが、森の精霊や蚊の魔物は実際に遭遇したからな……そうなった原因が普通でないのは分かる」

「改めてお礼を言うわ。今回のことは私だけじゃどうにもならなかったかもしれない」

「いくらエルフが強くても、数に攻められた上で不死身に近い相手と戦うのは難しいですから。早まった真似をしなくてよかったです」

「せめてもう一人エルフがいれば良かったんだけど、連絡も付かないし」


 もう一人いれば何とかなったのか。驚きだ。

 いや、なんとかなったかもしれないな。

 エヴァリン一人でもアレクシア数人分の働きをしていたのだ。

 それを考えればどんな相手でも火力で押しきれそうな気がする。


「……話が脱線しているので戻そう。とにかく、蚊の魔物はもういなくなってそれを生み出していた森の精霊も対処できたってことだな?」

「そうなります。精霊も消滅したので再発もないかと」

「そうか。エヴァリンさん、そういうことなので炭鉱前に置いた岩をどけて欲しいのですが。原因は別にあったことですし、燃える石の採掘を再開させてほしいのです」

「そういえば忘れてたわ。汚染の原因じゃないなら別に構わないかな」

「お願いしますよ。多くの人が冬を越せるかどうかの問題なんですから」


 そうだろうなと思った。

 良くも悪くもあまり興味がないのだろう。

 悪気はないのだろうが、同行して貰って念押しして解除してもらわねば。


 大事をとって数日ほど休養し、炭鉱都市に戻ることにした。


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