第632話 復活

 道中で小物の魔物が襲ってきたが、余力のあるアレクシアとエヴァリンの相手ではない。

 そもそもプッペ三号に蹴散らされている。

 あっという間に撃退して魔石だけ回収した。


 無事全員でコテージまでたどり着いてホッとした。

 アズとエルザは意識はハッキリしているものの反動でいまだに身動きできない。

 アズはともかくエルザがこれほど消耗しているのは初めて見るかもしれない。

 一体あの不気味な穴に何をしたのだろうか。


 色々とやることもあるが、まずあの男の容態の確認が先だ。

 そのためにも苦労したのだから快方に向かっていなければ大損である。


「皆様、おかえりなさいませ」


 オルレアンが甲斐甲斐しくベッドのヨハネを世話していた。

 水を張った桶に浸した水を絞り、額に乗せている。


「どう、容体は?」

「先ほどまで熱もありとても苦しそうだったのですが、ついさっき熱が引きました。あの恐ろし気な痣もなくなってます」

「そ、ならいいわ。ご苦労さま」

「いえ。私にはこのくらいのことしかできませんから」


 一応顔も見ておく。

 出る前は真っ青だったが、今ではきちんと血色の良い肌色に戻っていた。

 呑気に熟睡している。

 このまま放っておけば体力も回復するだろう。


 外に置いたままの動けない二人をそのままにしておくわけにもいかないので、湯を沸かしてアレクシアと協力して服を脱がし、さっと湯を染み込ませたタオルで身体を拭いて汚れを拭き取る。

 ここには女だけしかいないので構わないだろう。


 ヨハネの状態を知らせるとアズもエルザもホッとした様子だった。

 これほど心配されるなんて幸せなやつ。


「ありがとうございます……」


 アズの口からは消え入りそうな声が聞こえた。

 気にするなとだけ言っておく。

 エルザの方はアレクシアに注文まで付けているようだ。

 汚れを落としたら予備の着替え一式を着せて、コテージの隅に寝かせる。


 エルザの方は分からないが、アズがああなるのは初めてではない。

 時間が経てば動けるようになるだろう。

 多少だが毒を吸い込んだこともあり、一気に疲労が抑えられなくなった。


「悪いけど、しばらく寝かせてもらうわ。問題は解決したんだからいいでしょ?」

「そうね……確かに森の精霊が消えてからあの蚊の魔物も見かけなくなった。好きなだけ身体を休めるといいわ。私は念のため周囲を確認してくるから」

「どうぞお好きに」


 眠気で欠伸が出る。

 今回はそれほど働いてないのにどうにも疲れた。

 アレクシアとオルレアンに一旦全部任せて寝ることにする。



 ずっと微睡んでいた夢から目を覚ます。

 何の夢を見ていたのかも忘れてしまった。

 良い夢だった気もするし、悪夢だった気もする。

 寝る前にあった悪寒や気持ち悪さが嘘のように無くなっており、久しぶりに健康な状態に戻った気がする。


 ふと隣を見るとフィンが腕を枕にして寝ていた。

 フィンが寝ている姿をこうして他人に晒すのは珍しい。

 そっと髪を撫でても頬をつついても反応しなかった。

 熟睡しているようだ。

 頬に汚れがあるので拭き取ると、身動ぎして寝言らしきものを呟いている。


「フィン様はとてもお疲れのようでした。アズ様とエルザ様も眠っております」

「そうか。頑張ってくれたんだな。いろいろ気を配ってくれて助かる。オルレアンも世話してくれたんだろう。ありがとう」

「その言葉だけで十分です。これをどうぞ」


 オルレアンから差し出されたのは、皿に三個盛られたほんのり黄色い果肉だった。

 手に取ってみると温かい。焼き色があるのでどうやら少し前に焼いたようだ。

 一口齧ってみると、不思議と食感や風味がパンそのものに感じられる。

 だがパンそのものではない。

 不思議な感覚だった。


「これ、パンノキか。初めて食べたな」

「不思議ですよね。果実なのにパンみたいでした。バターをつけると美味しいですよ」

「どれどれ」


 バターとパンノキの果実はとても相性が良く、空腹だったこともあってペロリと平らげてしまった。


「それだけ食べられるなら旦那様はもう大丈夫そうですね。一時期はどうなるかと思いました」

「心配をかけさせて悪いな。エヴァリンは?」

「森の様子を確認すると出て行かれました。アレクシア様は……」


 丁度コテージにアレクシアが入ってきた。

 手には水の入った桶がある。


「目が覚めたのね。呪いが解けたから大丈夫だとは思ったけど、無事な様子が見られてよかった」

「アレクシア、どうなったのか聞いてもいいか?」

「私は途中までしか話せないわね。あのエルフと一緒に森の精霊を足止めしてる間にアズたちが何かしたみたいだから。ほら、体を起こして」

「お、おう」


 どうやら身体を拭いてくれるらしい。

 ほど良く温めたぬるま湯にタオルを浸し、服を脱がして身体を拭いてくれる。

 汗をかいていたのかとても気持ちがいい。

 アレクシアがこうして献身的にしてくれる姿は最初の頃は想像できなかったな。

 いや、そうでもないか。

 元々アレクシアは優しいのだ。ただあの頃は色んなことが起きて追い詰められて、攻撃的になっていただけ。


 追い詰められた時に本性が出るというが、それは違うと思う。

 そうなった時に出てくるのは、追い詰められたなりの行動だ。

 パニックになって思っていることとは違うことをしてしまったり、言ってしまう。


 破産して全てを失った商人を見たことがある。

 その人は困窮して褒められたものではない行動をとった。

 それをその人の本性だと言った人もいたが、辛酸を長年舐めた後に持ち直し、それからきちんとその償いをしたのを知っている。


「奇麗になったじゃない」

「ありがとう」

「別に。これも私の役目だと思うわ。そうでしょ?」


 ふふ、と笑いながら言われた。

 着替えに袖を通すと、完全に元気になった気がする。

 だがオルレアンにもアレクシアにもまだ寝ていろと言われ、起きるのはもう少し後になった。

 それからしばらくしてエヴァリンが戻ってくる。

 アズやエルザも動けるようになったので、何があったのかを聞くことにした。


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