世界最後の吸血種。


世界が異様にスローに見えていた

リンドが倒れているのを見て、心臓が跳ねて

その後は、少しまともじゃなかったと思う。


ボクは状況を整理することも

相手の素性を探る様な頭も吹き飛んで

ただ、獲物を殺す事だけを考えていた。


周りの音は何も聞こえなかった

見えているのは、そこにいる敵2人だけ

フレデリックもジーンも、リンドでさえ

ボクの目には、一切映ってはいなかった。


音のない世界の中で

ボクは敵の背後から襲来した

途中、敵はこっちの存在に気がついて

撃ち落とすべく攻撃を放ってきたけれど。


どこを斬られようが何をされようが

決して、止まることは無かった。


肩にぶち込まれる斬撃

左腕がちぎれて飛んでいくも

再生は0コンマ数秒で完了する。


そのまま男のひとりに飛びかかり

男の喉を両手で掴んでへし折った

不自然な角度で曲がった首、ボクは

男の顔面に頭突きを何発も叩き込んだ。


隣から横槍が入る、爪の一撃がくる

ボクはそれを乱暴に掴んで引き寄せ

腸に拳を突き込んで掴みあげ、地面に叩きつけ

倒れ伏してる所を踏み付けて、頭を潰した。


頭突きの手が止まった事で

男が意識を取り戻して復帰してきた

隙だと言わんばかりに男は貫手を放つ。


敵の腕が左胸を貫いて侵入してくる

もう間もなく心臓に到達する、というところで

ボクは大口を開けて、男の体を喰らい始めた。


恐怖し、驚き、おののく男

咄嗟に身を引こうとするが、ボクの左胸に

深く突き刺さった腕が邪魔になって引けない。


その一瞬は男の明暗を分けた

生まれた隙を逃さず、ボクは敵の体を食い破り

心臓をまるごと、ひとくちで喰らい尽くした。


——その間、約1秒


倒れていた奴が復活した


ギロッ……と視線を向ける

そいつは爪を放った、振りかぶる爪で

ボクの心臓を上半身ごと吹き飛ばすつもりだ。


だがボクは、奴の腕を片手で捕まえた

男は動揺することなく、掴まれた自分の腕を

反対側の腕で切り飛ばして脱出した。


失った腕が再生を始める、それが見えたので

ボクは奴の無くなった腕の切り口へ手を伸ばし

掴み、そして思いっきり握り潰してやった。


患部は再生を始めるが

それを上から握力で圧迫して止める


聞いた事のないような

耳をつんざく絶叫が響き渡った

それにより鼓膜が破れて脳にダメージを負う。


ボクはもう一方の手で、男の襟首を掴み

頭を振り上げ、ハンマーのように叩き付けた。


男は当然、猛烈に抵抗した

有り得ない角度から蹴りを出してきたり

血の力で足場を崩したり、爪で顔を抉ってきたり


でもボクは止まらない

ひたすら頭突きを叩き込んでいく

やがて、男の意識が一瞬だけ飛んだ。


ボクは男の体を掴んで引きちぎり

肉をぶちぶちと、腕力で剥がしていく

男が意識を取り戻した、恐怖の悲鳴をあげる


敵は距離を取ろうとしたが

がっしりと捕まえられているので

逃げようとしても逃げられない。


無理やり掴まれてる箇所を

自分で切り離して逃げようとするも

今度は押し倒されてしまった。


もちろん起き上がろうとはしただろう

だが、その度に何度も何度も何度も

地面に後頭部を叩き付けられて意識を失った。


吸血種にとっての一瞬とは

十分すぎる時間であることは

これまでの事で分かっているだろう。


ボクは何度も男の左胸を殴り付ける

骨が砕け、肉が弾け飛んで露出する

邪魔な骨を直接掴んで無理やりもぎ取り

その上から何度も何度も殴り付けていく。


男が意識を取り戻した

ボクはもぎ取った男の骨を

額のど真ん中に突き立てて意識を断ち切った

そして、指先をピンと槍のように揃え構える


肘を直角に曲げて、全体重を掛け

全身の筋肉を爆裂させるような勢いで

男の心臓に向けて、貫手を叩き付けた。


心臓を貫く感触、男は目を見開き

何が起きたか分からないという顔をする

ボクはその顔を、思いっ切り殴って叩き潰す。


原型をこの世に残さないように

丁寧に切り刻んで、砕いていく

ものの数秒で、死体は死体では無くなった。


もはや粉と呼ぶに相応しいそれは

元が何であったかすら想像が付かない

ボクはそれっきり興味を失い


離れた所で倒れているリンドの所へ

つかつかと真っ直ぐに歩いて行った

そんな様子を呆然とした表情で眺めている

フレデリックとジーン、彼らは固まっていた。


横たわるリンド

その傍らにしゃがみ込んで

顔にそっと手を触れながらこう言った。


「生きてるかい」


「あんたがうるさすぎて死にそびれてるよ」


腹の傷は非常に深いものであり

間違いなく吸血種の爪によるものだった

傷は内蔵深くまで達しているだろう。


「僕……ごめんなさい……守れなくて……っ!」


「私、私がっ!余計なことをしたから!

ジェイミーごめんなさい!本当に……」


「守ってくれたんだろう?なら良い

キミたちには何の落ち度もありはしない」


「ジェイミー……ごめんなさい……」


「……っ」


ボクらは医者じゃない、フレデリックもジーンも

死なないのは自分だけで、人は治せやしない。


もしボクらに出来るとすればそれは

彼女を、人で無くする事だけなのだから

人生を捨てさせて、化け物としての一生を

強制的に強いる行いだけなのだから。


……だから?それがなんだって言うんだ?

そんな事の為に、彼女を諦めろとでも?

冗談じゃない、ボクは嫌だよそんな事


ボクは認めない、ボクは認めない

リンドだけは失いたくないんだ

だって折角、折角の友達なのに


リニャがこの世界に残していった

子供の頃から知ってるやんちゃな女の子

ボクの友達、頼れる天才技術者のリンド


「死ぬのは怖いだろう?リンド

キミを吸血種にしてもいいかな」


するとリンドは

咳き込みながらこう言った


「いや、もういいんだよ、あたしは

充分生きたさ……割と満足してる」


虚ろな目、焦点が定まっていない

既に相当な量の血を失っているんだ

服にべっとりと滲んだ夥しいまでの血痕


彼女はとても満足そうに、まるでもう

死ぬことを受け入れてるみたいな顔で

声音で、不穏で聞きたくない事を言った。


……嫌だ!ボクは、認めないッ!


「`良い`!?リンドいま`良い`って言ったな!?

聞いたぞ、ボクはちゃんと耳で聞いたからな!」


「なんにも聞いて無いじゃないか……」


当たり前だ!聞いてたまるものか!

ろくに生きてない癖にそんな簡単に命を

投げ捨てるような女の言い分なんてクソだ!


聞く価値もない、捻じ曲げて良いに決まってる

ボクは彼女が好きなんだ!死なせたくないんだ


知ったことか、お前の意思など知るか

死にたいだと?そんな事誰が許した?

吸血種は傲慢なんだぞ忘れたのか?


ざまあみろリンドめ

こうなるのが嫌だったのなら

とっくに縁を切っておくべきだったな

ボクと出会ったのが全部の運の尽きだ。


ボクはリンドの体に噛み付いた

そしてお構い無しに血を送り込んでいく。


「ちょっ……ほ、ほんとに話聞かないね……

あたしは死ぬの、受け入れてるんだからさ

こういう時は、黙って見送るものだろう?」


そんな理屈、吸血種に通用するとでも?

人間の価値基準の常識など知った事じゃない

ボク自身の思いが最優先に決まってる。


「あー……まぁ……いいか……別に

もう少しくらい、生きてやっても……ねぇ

この寂しがり屋を置いて行くのは、忍びないし

………諦めたよ、うん、好きにするといいさね


ほらほら、人の首噛みながら泣かないんだよ

ちゃんと丁寧にやっておくれよ、ジェイミー」


そんなこと言われても困る、分からないんだ

コレどうやって止めたら良いのか、分からないんだ

心の奥が、満たされて溢れて、噴き出してくる

込み上げてきて、目の辺りが熱くなってそして


そして


ボクは彼女に抱き着いたまま

しばらくの間そうして血を送り続け

絶対に失敗しないように、慎重に。


丁寧に、ボクの力を分け与えていく

人間を吸血種に、丸ごと置き換えていく

存在そのものか根底からひっくり返るので

彼女はもう二度と、人間の様にはなれない。


吸血種と同じになるんだ

傲慢で利己的で残酷なバケモノに

ボクが彼女を、この手で作り替えるのだ。


だから、責任感を持たなくてはならない

責任を持って、しっかり人を捨てさせる

生まれ変わらせる、これまでの全てを消し去って

新たな生き物として、この世界に生を与える。


リンドは、気を失う間際に

ボソッと小さくこう呟いた。


「あいしてるよ、バケモノさん——」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


その後


世界各地で上がった火の手は、収まることを知らず

それぞれの国が保有する最大戦力をぶつけ合って

兵器を使い、殺し、壊し、報復し、報復されを


何十日間も繰り返した挙句、ついには

使ってはならない兵器にまで手を出した

それは大陸中の生き物を、残らず消し飛ばし


他の国もそれに続いて報復を初め

死なば諸共、といった様子で次々に禁忌を犯し

あれほどに強大だった各国が、一夜にして

まっさらな焦土と化し、片端から滅んでいった。


家も、食べ物も、人も文化も

何ひとつ残すこと無く燃やし尽くされた結果

人間は、1人残らず絶滅して世界から消えた。


それは比喩でも何でもなく、文字通り

種としての完全なる絶滅であった

人間という種族は、もはやこの世に存在しない。


建物は全てが灰燼と化し

そこかしこがクレーターとなっている

死体の山があちこちに積み上がっているし


あんなに綺麗だった街並みも

もう、何も残っちゃ居なかった。


草木1本生えない焦土


そんな地獄のような地上において

生き残る事が出来たのは、僅かな植物と

そして、とある強大な力を持った怪物

はるか昔から生きる、古の生物のみだった。


もっとも、種と呼ぶにはあまりに少なくて

`呼び方を変えた方が良いんじゃないっすかね?`


などという意見が出た事もあったのだが

誰ひとり、良い案を思いつかなかったので

現在も変わらずひ`吸血種`を名乗っていた。


この世界に残った、唯一の生き物

それは、たったの5名しか存在しない

なので、名前を覚えるのは容易であろう。


書き記すのも楽だし

これ以上増やす予定もないので

出来れば覚えていって貰いたい所だ


よって


以下5名、吸血種の名前を書き記そう

必要とあらば取り出し、目を通す事。


または外部のものがコレを手に取った時

我々の事を是非、記憶の片隅にでも留めて

残りの生涯を悠々と送って行ってほしい。


・吸血種名簿


・フレデリック


・ジーン


・リンド


・リリィ


・ジェイミー


ボクら5名、世界最後の吸血種である——。


『世界記 序章  吸血種統括 

        

        ジェイミー備忘録 』より抜粋。

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世界最後の吸血種  吸血種シリーズ2 ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni

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