【告発ルポ】驚愕!! カクヨムコン8は、運営の加護を受けたチート能力者たちに牛耳られていた!!

とてもつよい鮭

実録!! KADOKAWAの闇に迫る!!

「運営の加護を受けたチート能力者、ね。比喩表現か何かかい?」

「いや、文字通りの意味です。KADOKAWAという神からチート能力を授けられた人々がいて、そういう人たちがカクヨムコンのランキング上位を牛耳っているんですよ」


 私は頭を抱えた。

 目の前の男は、その妄想を信じ切っているようだった。カクヨムコンとはかくも人の心を蝕むものなのか。


「明日、チート能力者たちが集まって内輪でパーティを開くという情報を掴みました。あなた、フリーランスでスクープを連発している有名な記者なんでしょう? 一緒に来てカクヨムコンの闇を暴いてください!」

「悪いが初対面の男の妄想に付き合っている暇はないんだ。私もカクヨムコン用の新作の執筆で忙しくてね」

「そこをなんとか! 報酬は用意しますから!」

「金には困っていない」

「お金じゃありません。僕に同行してパーティ会場に潜入してくれれば、あなたが書いた小説に無条件で☆を3つ付けます!」


 私はため息をついた。

 まったく。いくら私の小説が万年0PVだからと言って、あまり安く見積もられては困る。


「やれやれ……。あまり馬鹿なことを言うものじゃないよ」

「ダメですか?」

「無論ダメだ。読まずに☆を付けるのは規約違反だからな」

「え?」

「報酬は『私の小説を読む』だけでいい。読み終わったら自然と☆を3つ付けているはずだ」


 そんなわけで私は依頼人に導かれ、怪しげなパーティ会場に潜入することになった。





「……ここが、そのパーティ会場なのか?」

「ええ。奴ら、チート能力で稼いだカクヨムリワードでパーティなんて開いてやがるんです」

「そのわりにはさして豪勢なパーティでもないな」

「カクヨムリワードなんてたかが知れてますから」


 こら。めったなことを言うもんじゃない。


「とはいえ、まあ確かに。何年も投稿を続けている私ですら500円のアマゾンギフト券に手が届かないくらいだからな」

「先生の場合は話が別です。PVが0なら報酬も0で当たり前ですよ」


 依頼人の戯れ言を聞き流しながら、私は周囲に目を配る。

 パーティは立食形式で、先ほども述べたようにさほど豪華なものではない。こぢんまりとしたホテルのホールには、私たち以外に十数人の男女がいた。みな楽しげだ。私たちのすぐ近くでも、3人の男女が談笑している。


「ふふ、僕の『星を識る者スターシーカー』は読者選考向きの能力。今回のカクヨムコンはいただきですね」

「ふ……。へへ……。そう上手く行きますかね……。あたしの『訪れない安息デッドエンド』も忘れてもらっちゃあ困ります……」

「おいおい、粋がるなよ。俺の『偽る鏡像ショップミラー』は最強の能力。悪いが、お前らの能力じゃ相手にならねえよ」


 ……談笑の内容が、ちょっとおかしかった。


「ね! ね! 言った通りでしょう、先生」

「ふうん。どうやら、妄想に侵されているのは君だけではないらしいね」

「妄想じゃありませんって! 先生、1度あの人たちの話を聞いてみてください! 彼らが本当にチート能力を持っていることが分かるはずですから!」


 いいだろう。彼らの話が妄想か否か、私のインタビューではっきりさせることにしよう。

 私は談笑する3人に一歩近づき、声をかけた。


「すみません。皆さんの持つ『能力』について、お話をうかがいたいのですが……」





①『星を識る者スターシーカー』について


「我々の能力について、ですか?」

「ええ。実は私、先日能力を手に入れたばかりの新参者でして。先輩方の貴重なお話を是非ともお聞きしたく……」

「なんだ、そうなんですか。もちろん構いませんよ」


 ひょろりとした眼鏡の男は、あっさりとそう言ってうなずいた。

 思った通り、私も最近能力を手に入れたという嘘が効いたらしい。心を病んだ人たちと仲良くなるなら、同じ妄想を共有してやればいい。この程度の人心掌握、たやすいことだ。


「僕がKADOKAWA様から与えられたのは『星を識る者スターシーカー』。降り注ぐ流星の行く先を識ることができる能力」

「……もうちょっと分かりやすく説明できたりは?」

「つまり、☆を付けたら☆を返してくるタイプの作者を見分けられる能力です」


 なんだその能力。


「発動条件は、対象のカクヨムユーザーのマイページを確認すること。☆を付けたら☆を返してくるタイプの作者であれば、そのマイページが金色に光り輝いて見えるんです」

「はあ」

「この能力を使えば、僕はきわめて効率的に☆を集めることができる。マイページが光っている作者の小説に片っ端から☆を付けていけばいいんですから」

「そうなんですか」


 私の気のない返事が気に入らなかったらしく、眼鏡の男は不機嫌そうに眉をひそめた。


「僕の能力がどれくらい有用か、分かっていないみたいですね。カクヨムコンの読者選考には、選考期間中に得た☆の数が影響していると言われています。僕の能力なら直接その☆を集めることができる。こんなチート能力、他にないでしょう」

「いや、まあ。別にそんな能力がなくても、マイページを見ればそういうタイプの作者って見分けられません?」

「えっ」

「『おすすめレビュー』の数が異様に大きい人は、要するにタイプでしょう。私はそんな理由で☆を付けたことがないので、正確なことは言えませんが」

「な……そんな馬鹿な! 『星を識る者スターシーカー』なしでも同じことができるなら、どうしてみんなこの作戦を使わないんですか!」

「めんどくさいしみみっちいしBANのリスクがあるからじゃないですか」


 そんな……と嗚咽を漏らし、眼鏡の男は床に手を着いた。


「ちょっと先生、何やってんですか! 適当に同調してこの人と仲良くなれば、もっと情報を聞き出せたかも知れないのに! 落ち込ませてどうするんです!」

「あ……すまない。あまりにも使い道のない能力だったので、つい」

「もう、しっかりしてくださいよ! ほら、次の人にインタビューしてください!」


 依頼人と小声でのやり取りを終え、私は顔色の悪い女の方に向き直った。




②『訪れない安息デッドエンド』について


「というわけですいません、あなたの能力についても教えていただきたいのですが」

「どういうわけなのかは分からないけど……まあいいよ。あたしの『訪れない安息デッドエンド』について知りたいなら、いくらでも教えてあげる」


 顔色の悪い女は、異様に隈の濃い目をこすりながらこちらに応じた。


「……キミらも物書きならさ、あるでしょ? 今日は1話書くとか今週中にどこまでプロット作るとか目標立てて、結局それを達成できないままあきらめて寝ちゃうパターン」

「まあ、たまにはそういうこともありますね」

「そこで役立つのが『訪れない安息デッドエンド』。自分が設定した目標を達成できるまで、眠ることができなくなる能力よ」


 ふむ。


「『星を識る者スターシーカー』よりは有用そうですね。睡眠時間を削ってでも目標を達成したい時というのは、確かにありますから」

「でしょう? ふふ……でしょう? でしょう? でしょうでしょうでしょう?」

「え、はい」

「でしょうでしょうでしょうでしょうでしょうでしょうでしょう????」

「うわ……」


 おい。やっぱりちょっとおかしな人じゃないか。

 顔を引きつらせながら私は一方うしろに下がる。そんな私に声をかけてきたのは、隣で黙って話を聞いていた大柄な男だった。


「悪いな兄ちゃん、こいつ睡眠不足でちょっとおかしくなってるんだ。なんせカクヨムコン開始までに10万文字書き溜めるって目標を立てて、いまだに達成できてないんだからな。もう10日は寝てないんだぜ」

「え。睡眠不足によるダメージは普通にあるんですか」

「おうよ。ぞっとするよな」

「え、えぇぇ……。じゃあこんなパーティに参加してる場合じゃないんでは……」

「そういうことを考えられるだけの判断力も残ってないんだろ。つうか集中力も思考力も尽きてるから、まともに小説を書き進めることもできないそうだ。下手すりゃ一生眠れないままかもな」


 思ったよりだいぶ悲惨な能力だった。


「うふふふふふ…………」

「いや、というか。そんなリスクのある能力で、なんで10万文字なんていう大きな目標を掲げるんです。もっと実現可能な、より小さい目標を立てればよかったのでは……」

「うふふふふふふふふふ。あたしもそう思う。冷静に考えれば、サボリ癖のあるあたしが10万字なんて予定通りに書き切れるわけないもん。でもなんでかなぁ、目標を立てているときのあたしはいっつもやたら志が高いんだ。謎にヒロイックな気分になって、一番調子がいいときの執筆ペースを何ヶ月も続けられる前提でスケジュールを組むんだ。結局中盤くらいで高すぎる目標が嫌になって一切合切投げ出すってパターン、何回も経験してるはずなのになぁ。なんでこうなっちゃうんだろうなぁ……」

「見通しが甘くて自分を過大評価していて変なところで完璧主義だからじゃないですか」


 うふふふふふ……とやけくそ気味に笑いながら、顔色の悪い女は床に手を着いた。


「ちょっと先生! また落ち込ませちゃってるじゃないですか!」

「別に構わないだろう。この人に関しては、もともと情報を聞き出せるような状態じゃなかったわけだし」

「ま、まあそりゃそうですが……」


 問題ない。最後に残ったインタビュー対象は比較的まともそうだ。情報はこの男から引き出すとしよう。

 私は、先ほど声を掛けてくれた大柄な男の方に向き直った。




③『偽る鏡像ショップミラー』について


「ま、流れでなんとなく分かる。今度は俺の能力について聞かせろってんだろ?」

「話が早くて助かります」

「つってもなぁ……。悪いが、俺の能力については教えられないんだ」


 なんと。

 まあ、そりゃそうと言えばそりゃそうだ。仮に私がなんらかの特殊能力を持っていたとして、それを初対面の男にぺらぺらと話したりはしない。

 しかしだからといって引き下がるようじゃあ、敏腕記者の名がすたる。私は食い下がることにした。


「もちろん、秘密にしておきたい気持ちは分かります。しかしそこをなんとか……」

「あ、いや、そうじゃねえんだ。俺の『偽る鏡像ショップミラー』がどういう能力なのか、俺自身も知らないんだよ」


 なんだと?


「あなたには『偽る鏡像ショップミラー』の能力が与えられました……っつうのが、KADOKAWAから俺に送られてきたメールの全文だ。他の連中はメールに能力の詳細が書いてあったらしいが、俺へのメールには何も書かれてなかった」

「メール」

「おう、メール。あんたにも来たんだろ、KADOKAWAからのメール」

「あ、ああ。そりゃもちろんです」


 どうやら、チート能力はメールで送られてくるらしい。どういう仕組みなんだ。


「そんなわけで俺は自分の能力を知らない。だが、とてつもなく強力な能力であることは間違いないぜ」

「と言いますと?」

「なんせその能力を手に入れて以来、俺の書く小説のPVは爆上がりだ。PVだけじゃねえ。☆もブックマークも急上昇。かつてはどの作品も合計PVが3桁に届かなかった俺が、いまじゃ書く作品すべてが総合ランキング上位だぜ」

「それは確かにすごい」


 事実であれば、他の2人とは比べものにならない強力な能力なのだろう。


「能力の詳細はまったく分からないんですか?」

「いやあ、俺ももちろん考えてはみたんだけどな。さっぱりだ。自分の文章に何か変化があった感じもしないしな。自分じゃあ分からないだけかもしれんが」

「ふむ……。よろしければ、あなたのアカウントを教えてくれませんか? 能力の獲得前後で小説の内容に変化が生じていないか、私の方でも確認してみたいんですが」

「おういいぜ。自分の能力の詳細については、俺もできれば知りたいところだしな」


 私は自分のスマホを取り出し、大柄な男に教えられるまま画面を操作する。

 やがてスマホは、大柄な男のマイページを表示した。『小説』タブをタップして、男の投稿した小説を順番に確認していく。


「な? どの作品も少なくとも☆は4桁、5桁の作品も珍しかねぇ。いったいどんな能力ならこれだけの成果が得られるのか、正直俺にはさっぱりなんだ」

「……なるほど」

「まあどんな能力であれ、KADOKAWAには感謝しかねえけどな。『偽る鏡像ショップミラー』を得る前のほとんど読まれない状態での執筆は、本当に苦しかった。自分が書くものにに自信が持てなくて、まともに筆が進められない日もたくさんあった。だが今じゃ小説を書くのが楽しくて仕方がねぇ。これだけ多くの人が、俺が書くのを待ってくれてるんだからな」

「…………」

「で、どうだ? 結局、俺の能力がどういうものなのかは分かったか?」


 正直なところ、『偽る鏡像ショップミラー』とやらの詳細はすぐに分かった。

 だが私は、首を横に振った。


「いや。見当も付きませんね」

「やっぱりそうか。ま、いいさ。どんな能力かなんて、ぶっちゃけ今さらどうでもいいのかもしれねえしな」

「あのぅ……」


 不意に、黙って隣でスマホを見ていた依頼人が口を挟んできた。


「うん? なんだ?」

「僕もさっきからあなたのマイページを見てるんですけど、☆4桁以上の作品なんてどこにも見当たらないですよ。どれも2桁がいいところで、ランキング上位に食い込むような作品は1作もありません」


 あ、馬鹿。言いやがった。


「な……なんだと? そんなはずはない。俺の作品は確かに……! ほら最新作だってランキング1位に……」

「あ、分かった。『偽る鏡像ショップミラー』って、そういう能力なんじゃないですか? 自分の作品が、実態よりはるかに評価されてるように見えるっていう」

「え。……は?」

「面白い能力ですね。一見何の意味もないようですが、承認欲求が満たされることで執筆への意欲を持ち続けることができるようになるわけだ。幸福度も上がりそうですし、地味にかなり有用な能力ですよ」

「あ……あが……」


 あがががが……とうめきながら、大柄な男は床に手を着いた。


「あれ?」

「あれ? じゃないんだよ、まったく。これで彼からも情報を聞き出せなくなったじゃないか」

「あ……。そっか、すみません先生」

「仕方ないな。この3人以外にもパーティの参加者はいるんだし、他の人にインタビューを……」


 そこまで言ったところで、私は気付いた。今やパーティの参加者たちは全員が黙り込み、私たちの様子をじっと見ていることに。


「む。ずいぶん目立ってしまったようだな」

「まあ、大の大人が3人も床に手を着いて落ち込んでたら、そりゃあ目立ちますよね」


 たしかに。


「さっきから様子を見ていましたが……。あなたたち、KADOKAWA様が与えてくださるチート能力について興味があるようですね」

「え?」


 こちらに近付いてきたのは、パーティ参加者の1人である美青年だった。


「え……ええまあ、そうですね」

「良い心掛けです。知らぬことを知らぬままにしておけない好奇心は、創作者にとって最も重要な才能のひとつ。しかし聞く相手を間違えましたね」

「はあ」

「そこの3人はただの小者。与えられたチート能力も大したものではありません。いえ、というよりも、わたしの能力以外はどれも大したものではないのです」

「はあ」

「チート能力に興味があるなら、わたしが話してあげましょう。有象無象どもとは比較にならないチート能力。我が『唯一解パーフェクトスキル』について、ね」




④『唯一解パーフェクトスキル』について


 こちらに歩み寄ってきた美青年を見て、他のパーティ参加者たちがざわつく。


「くそ。あいつ、まーたムカつくことを……」

「仕方ねえよ。実際あいつの能力はぶっちぎりの最強能力。その証明として、あいつはランキング上位作品をいくつも生み出している」

「『偽る鏡像ショップミラー』のそれとは違って、本物の上位作品をな」


「ふ……。雑魚どもがうるさくてすみません。優秀な人間は何をやっても目立ってしまうようでして」

「はあ」


 なんだこいつ……という感情はどうしても拭えないが、どうやら彼の持つ『唯一解パーフェクトスキル』は本当に強力な能力らしい。少なくとも、このパーティ会場にいる人間はみなそう信じているようだ。


「……で。どういう能力なんです? その『唯一解パーフェクトスキル』というのは」

「もったいぶるつもりはありません。お教えしましょう。わたしが持つ能力、それは……」


 もったいぶるつもりはない……と言ったわりにはたっぷりと間をあけたのち、美青年は得意げに口を開き、


「『面白い小説を書ける』。それが我が異能、『唯一解パーフェクトスキル』のもたらす権能です」


 そう言った。


「うおおおおおおおおっ!! 相変わらずなんつう身も蓋もない最強能力!!」

「物書きなら誰もがうらやむぶっ壊れ能力!! くそ、なんであいつだけ!!」

「他のチート能力なんて、あいつの能力に比べればゴミも同然じゃねえか!!」


 …………。

 なるほど。


「き、聞きましたか先生! さっきの3人は正直チートと呼ぶには微妙な能力でしたが、今度は正真正銘のチート能力ですよ!!」

「…………。ひとつ、聞きたいのですが」

「なんでしょう?」

「KADOKAWAから与えられるチート能力の中で、あなたの『唯一解パーフェクトスキル』が最も強力な能力。間違いないですか?」

「ええ、もちろん。さきほど外野の有象無象が言っていた通り、他のチート能力など『唯一解パーフェクトスキル』の足下にも及ばないゴミ能力ですよ!!」

「……そうですか。貴重な情報、ありがとうございました」


 私はくるりと踵を返した。


「帰るぞ、依頼人君」

「は……? か、帰るってそんな、先生! これからってところで!」


 なにやらうるさいことを言っている依頼人を置き去りに、私はパーティ会場の出口に歩を進める。

 やれやれ。どうやら、ずいぶんと時間を無駄にしたらしい。





「ちょ……せん、先生! いったいどうしたっていうんです!!」


 ホテルを出て少し歩いたところで、依頼人が追いついてきた。やれやれ、別に付いてこなくてよかったのだが。


「どうしたってんです! もしかしてやっぱり、チート能力なんて妄想だって結論になったんですか?」

「いいや。少なくとも話をした4人は嘘をついていなかったと思う。KADOKAWAからチート能力が与えられるということは、実際にあるのだろうな」

「そ……それじゃあやっぱり、もっとちゃんと調べ上げて世間に公表しましょうよ! 正義のためだ! ただ運営に選ばれただけの彼らが得をするなんて、どう考えても不公平です!」

「不公平……ねぇ」

「だってそうでしょう! 『唯一解パーフェクトスキル』なんてとんでもないチート能力に、何ももらってない僕らが太刀打ちできるわけないじゃないですか!!」


 私はため息をついて足を止め、依頼人の方にくるりと向き直った。


「『面白い小説を書ける』。その程度のチート能力なら、持っている人間は星の数ほどいるよ。KADOKAWAから与えられるまでもなく、ね」

「……え」

「それだけじゃない。『読みやすい文章を書ける』。『小説についてアドバイスをくれる友達がいる』。『学生なので多くの時間を小説に費やせる』。いずれも持たざる者にとってはチートとしか思えない強力な能力だ。カクヨムに小説を投稿するというのは、そもそもがそういうチート能力者たちと同じ土俵で戦うということなのさ」

「せ、先生……」

「KADOKAWAから与えられる能力の最上位が『面白い小説を書ける』程度のものなのであれば、私が調査するに値する案件ではないね。私は帰って自作の続きを書く」

「……そう、なのかもしれませんね。能力のことを知って頭に血が上ってました。僕の認識が甘かったのかも知れません」

「分かってくれてなによりだ」

「ありがとうございます、先生! 目が覚めました。僕も帰って、自分の小説を書き進めることにします!」


 憑き物が落ちたような晴れやかな表情で、依頼人は深々と頭を下げた。

 そしてくるりと踵を返し、その場を立ち去ろうとする。


 そんな依頼人の腕を、私はがっしりと掴んだ。


「……先生?」

「報酬。君の依頼は『同行してパーティ会場に潜入する』ことで、私はそこまでは完遂した。忘れたとは言わせないぞ。さあ、私の小説を読め」

「あ……いやごめんなさい、忘れてました。読みます、読みますよ」


 私が手を離すと、依頼人は赤くなった腕を痛そうにさすった。まったく、大げさな奴だ。


「えーと、それじゃ読みますよ。いくつかありますけど、どれを読めばいいんです?」

「その、一番最近更新している分だ。それが私の一番の力作でね」

「うっわ、長……。ああいやごめんなさい、読みます読みます」


 ……目の前で自作を読んでもらうというのは初めての経験だ。ううむ、なかなか悪くないものだな。

 依頼人が手近なベンチに腰掛けて小説を読み進めるのを、私はひたすら見守った。下手に言葉をかけて、彼の読書体験を邪魔したくなかったのだ。





 数時間ほどかけて、依頼人は最新話までを読了した。

 本当はもうちょっと時間をかけてじっくり読んでほしかったのだが……。特に後半、だいぶ流し読みになっていた気がするぞ。……まあいい。


「……読み終えました」

「そ、そうか。読み終わったか。ど、どうだった? どういうところが面白かった?」

「そうですね……」


 考え込む依頼人の返事を、私はじりじりとした気持ちで待った。

 愛の告白の返事を待つ乙女というのは、きっとこういう気持ちなのだろう。時間が経つのが遅く感じられる。やがて依頼人の唇が動き、返事の言葉を紡ぐ……。


「どこが面白かった、と聞かれるとすごく難しいですね。だいたい全部つまらなかったので」

「えっ」

「文章が読みづらい。物語に起伏が少ない。登場人物に感情移入できない。説明もなく専門用語が頻出する。逆にすごいですよ、これ。狙ってもなかなかここまでつまらなくはできないと思います」

「……なるほどな。どうやら私の小説が理解できなかったらしい。やはり流し読みが良くなかったのだろう。もっと時間をかけて読んでくれれば……」

「流し読みするのも辛い小説を、じっくり時間をかけて読んでくれる読者がいるとでも?」

「あ、あう。いやその、待ってくれ。実は今のところ、まだこの小説は伏線をばらまいているターンでな。これが回収されるところまで読んでもらえれば、きっと面白いと思ってくれるはず……」

「面白い小説は伏線をばらまくターンも面白いですよ。ていうか序盤を面白くできない人が、中盤終盤を面白く書けるはずがないじゃないですか」

「…………………………」


 ……なるほど。


 私はくるりと踵を返し、ホテルの方に歩き始めた。


「どうしたんです先生! そっちはパーティ会場の方ですよ!」

「気が変わった。奴らのチート能力について、この私が徹底的に調べ上げてやる」

「きゅ、急にどうしたんです先生? いや、僕としては嬉しいですけど。やっぱり奴らの悪事を記事にして、すべてを白日の下に……」

「記事にはしない。調べ上げた情報を使ってKADOKAWAを脅迫する」

「先生?」

「なんのためにKADOKAWAがこんなことをしているのか知らないが、君の言う通り不公平ではあるからな。世間に公表されたくはないはずだ。きっと私の要求を呑まざるをえないだろう」

「先生??」

「金銭を要求するつもりはない。『唯一解パーフェクトスキル』だ。私は『唯一解パーフェクトスキル』を手に入れて、最高に面白い小説を完成させる。そしてカクヨムコンで優勝するのだ」

「先生??????」


 決意のこもった視線で歩みを進める私に、依頼人が追いすがる。


「ああもう……! カクヨムコンってやつは、こんなに人の心を蝕むものなんですか!」


 依頼人の戯れ言を無視して、私は足を速めた。

 待っていろ、KADOKAWA。お前らの悪事は、私が必ず調べ上げてみせるからな!

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