一週間後 ふたりのシャルロッテ


―― 一週間後


週末、王室から発表された内容は衝撃的なものだった。


第二王子であるジークフリード王子が王位継承権を剥奪され国外追放、フリューリング侯爵令嬢であるシャルロッテ・フリューリングとの婚約破棄の成立。


その他には、全面的にジークフリードに非がある為、フリューリング侯爵家や侯爵令嬢への誹謗中傷は処罰対象とする、などの文章も書かれていた。


ジークフリードの母である現王妃は、体調を崩されたため当分の間は式典や祭祀には出席されないそう……。

そりゃそうよね、大事に育てた息子があんな馬鹿なことしたんだもん。

でもよかった、はっきりと公表してくれたおかげで、陰でロッティのことを悪く言ってた人達がおとなしくなった。


どちらかといえば、今ロッティは悲劇の婚約者扱いになっている。

シャルも色々言われてたけど、これで二人とも平穏な学園生活が送れることになった。

それに……ふふふふふふ。


「どうしたのエミリー? にやけちゃって」


久々の授業が終わり、ロッティとおしゃべりをしながら、ペルペトゥア教会へ向かって歩いていた。

校門を出ようとした時、シャルから『お話しとお茶しませんか?』とお呼ばれしたのだ。


「だってーニヤけもするでしょー、発表はまだ先とはいえ嬉しすぎるもん」

「ちょっと、やめてよ」


ロッティの顔が真っ赤になっている。可愛いよー心の底から嬉しくてたまらないー。

アインハード王子から告白されたと聞いたときは、自分でも信じられないくらい喜び、座っていることさえできなくなって、ロッティの手を掴んで踊ってしまった。

途中で『お願い、座りましょうエミリー』とロッティに止められたほどだ。


二人が結婚するなんて最高すぎる。

ジークフリードとの婚約破棄をしたばかりだから、発表は学院を卒業するときになるみたいだけど、婚約の儀式自体は今月中には行われるそう。

しかも王室内で行われるから、わたしにも出席してほしいだなんて、嬉しすぎて泣いちゃうかもしれない。


「ねえエミリー、シャルの話って何だと思う? あの馬鹿の事はもう関係ないよね? 私シャルにきちんとお礼してないのよ」

「そうねわたしも全然見当がつかない、でも前にも話したいって言ってたじゃない、普通にロッティとおしゃべりしたいんじゃないかなあ」

「そっか」


学校の裏門から教会まで、真っ白なタイル張りの道が続いている。

何羽もの鳥が飛び立つ図案が敷かれていて、小さい頃からとても好きな道だ。

お喋りをしながら歩いているうちに教会の門が見えてきた。

シャルが両手を大きく振って歓迎している。


「およびたてして申し訳ございま、せんっ」


シャルの息が切れている。

そりゃそうだよ、全力で腕振りすぎ。

大人しいヒロインタイプと思っていたからまだ不思議な感じだ、でもそんな姿も可愛い。


「ううん全然、ご招待ありがとう」

「いえ、そんな……」


ロッティの笑顔にシャルが頬を赤くしている。

そう! あと、ずっと気になっていたこれ。

シャルはなぜかロッティに対して照れているように見える。


「あの、お茶の前にぜひお二人に見ていただきたいものがあって」

「見てほしいもの?」

「はい、一緒に来ていただけますか?」


シャルはそう言うと、教会の中央にある礼拝堂を手で示した。


ペルペトゥア教会の礼拝堂は、この国で生まれた者なら幾度となく入っている場所だ。常に解放されているので、瞑想や休憩などで利用する人もいる。

シャルに促されるまま後ろをついて行き、三人で礼拝堂に入った。

時間帯のせいか人はおらず、薄暗い堂内では幾何学模様のガラス窓が輝いている。


正面には聖女ペルペトゥアの大きな石像が薄明かりに照らされて浮かび上がっていた。

瞳を閉じて口角を少しあげた真っ白な聖女像は、いつ見ても圧巻だった。

三人とも自然と手を組み、聖女に祈る。


顏をあげると、シャルが聖女像の前に置かれている講壇へ向かい、わたし達二人に向かって手招きをした。

薄緑色の瞳は輝き、頬が桜色になっている。何があるんだろう?


ロッティと二人で講壇まで行くと、シャルはその場にしゃがみこんだ。

講壇の裏側には、両開きの小さな扉のようなものがついている。


「この教会に飾られている石像は、聖女ペルペトゥアの姿を模したものです。もちろんとても美しいのですが、制作者によって表情に手を加えられているんです」


可憐な声で説明をしながら、その小さな扉を開け、中から何かを取り出したかと思うと、さっきよりさらにキラキラした瞳でわたし達に差し出した。

シャルが手に持っていたのは、とても美しい女性の彫像だった。

全て木で造られているようだけど、肌は真っ白でとてもなめらか、髪の部分は木目を生かして柔らかい金髪のように見える。


こんなすごい技術見たことがない。

瞳には湖のように澄んだ宝石のようなものがはめ込まれ、まっすぐにこちらを見ている。口元も口角をあげて優しく微笑み、すべてが息をのむほどの美しさだ。


「凄いわシャル、こんな美しい像を見たことがない……ん? あれ……?」

「エミリー様! お気付きになりましたか!!」


シャルの頬が完全に高揚している。その横でロッティは首を傾げている。

私はもう一度彫像の顔を正面から見た、美しい宝石の瞳と目が合う。


うん、これロッティだ、この彫像のモデルはどう考えてもロッティにしか見えない。


「ねえシャル、この彫……」

「この彫像は200年近く前、聖女ペルペトゥアを実際にモデルにした彫像なんです! ね! やっぱりそっくりですよね?」


わたしが言い終わる前に同意を求めてくるシャル。

なんだか急に記憶の底から、イベントに行ったときの芽衣子の興奮っぷりを思い出してしまい、ちょっとだけ顔が熱くなる。


そっか、シャルはずっとこれをわたし達に教えたかったんだ。

横にいたロッティは、そっと彫像を手に取った。


「ねえエミリー、シャル、これ誰に似てるの? なんだか見たことあるような……」

「はい、ロッティ様にそっくりです! そっくりなんです!」

「え、私?」

「うん、自分だとわかりにくいかもしれないけど、ロッティにそっくりよ。ロッティをモデルにして造られたと言っても信じちゃうくらいそっくり」


シャルはうんうんと頷き、満足そうに大きな息をついた。頬が嬉しさのあまり膨らんで見える。

ロッティは彫像を自分の顔の横に並べ、聖女像と同じように澄ました顔でにっこりと微笑んだ。


「ふあっ! 素晴らしいです!!」

「ほんとそっくり」


調子に乗って微笑み続けるロッティに、シャルの興奮が収まらない。

大好きな人に飛びつきたくてたまらない飼い犬状態だ、この美少女を落ち着かせなければいけない。


「ありがとうシャル、はじめて本物の聖女像を見たわ、まさかこんなにロッティにそっくりだと思わなかったけど細工も素敵ね」

「はい、そうなんです。これは今の技術でもわからないくらい精巧な仕上がりになっているそうです。本当に美しいですよね、この教会で育った子供達は、毎日この聖女ペルペトゥアに祈りを捧げていました、わたくし達にとって聖女といえばこのお顔を想像するんです」


やだ、シャルったら早口すぎる……落ち着いて。


そういえば、広場で会ったライアンという少年がロッティの事『聖女様』と言ってたっけ。あれは美しさからの比喩だと思ってたけど、この彫像を毎日見てたからなのね。

ロッティは照れくさくなったのか、無言のまま聖女像をシャルに手渡した。

シャルは受け取った聖女像とロッティの顔を交互に見て、心の底から満足そうな笑顔を見せた。


「わたくしどうしてもこの像をロッティ様に見せたくて……」

「たしかにこれは見せたくなるのがわかる、本当に信じられないくらいそっくりだもんね」

「恥ずかしいからもういいわよ」


ロッティは講壇のある壇上からぽんっと飛び降りた。わたしも追いかけるように下に降りる。

シャルは聖女像を元あった扉の奥へと戻し、両手を合わせて祈った後、わたし達に続いて壇上から降りてきた。


「わたくしは物心ついたころから聖女様のお顔を見ていたので、ロッティ様を見た時は本当にびっくりしました。それと、あの……わたくしの名前なんですが……」


少し落ち着いて来たかと思っていたシャルが、今度はもじもじしている。

まるで恋する相手に対するヒロインを見ているみたい。


「そうね、私達同じ名前だもの、きっと縁があるんだわ」

「実はわたくしの名前『シャルロッテ』はロッティ様からなんです!」

「「え?」」


突然のことにロッティと声が重なってしまった。

シャルはにっこりと微笑み、礼拝堂の出口へ歩きながら話を続けた。


「わたくしは16年前の大雪の日、生まれて間もない裸のまま、毛布に包まれてこの教会の前に捨てられていたんですけど……」

「そんな日になんてこと」

「本当に」


突然の告白、明るく話すシャルに胸が痛む。

彼女が教会で育ったことは知っていたけど、そこまで詳しくは知らなかった。

赤ちゃんの時になんて……なんと言っていいかうまく言葉が出てこない。


口ごもっているわたし達に振り返り、シャルは慌てたように手をぱたぱたさせて、首をぶんぶんと横に振った。


「突然ごめんなさい、でも本当に全然悲しいとかはなくて、この教会の前に置いて行ってくれたことに感謝しているくらいです。ここに居たおかげで食べ物もある、家族もいる、勉強だってできました」


薄緑色の瞳が私たちをまっすぐに見つめる。

彼女の言っていることが嘘ではないと伝わってくる、美しく澄んだ瞳だ。


「わたくしがここに保護された時、まず名前を付けなければ、という話になったそうです。今までの聖女様の名前、瞳や髪の色にちなんだものとか、それでもなかなか決まらなくて……皆で悩んでいる時、のために、加護の儀式を行ったばかりのシスターが教会に戻ってきたのです」


「もしかしてと思ってたんだけど、16年前の大雪の日って、私が生まれた日……」

「そうです! ある侯爵家はフリューリング家のことで、お嬢様とはロッティ様のことです」


シャルの瞳が一段と輝いている。


「そのシスターが、ロッティ様のことを『本物の天使がいたのよ』と皆に話し、そして、えーっと自分で言うのは恥ずかしいのですが…毛布に包まれたわたくしを見て『この子も天使だわ』となって……この子の名前を『シャルロッテ』にしましょう、きっと幸せになるわって……」


なんてこと、凄い! 

「ふたりのシャルロッテ」は、生まれた時から繋がってたのね。

どちらかが王子ならきっと大ロマンスになってたかもしれない話じゃない、素敵すぎる。


ロッティも口が開いてしまうほど驚いている。

そして、頬を染めてうつむくシャルをじっと見つめ、手を差し出しながら近づいた。


「シャル、私達知らない時から一緒に生きていたのね。あなたのような素敵な人に私の名前をだなんて、とても嬉しいわ」

「とんでもございません、わたくしのほうこそ本当に光栄です」

「ぎゅってしていい?」

「……はい!」


ロッティが優しくシャルに抱き着いた。

シャルも恐る恐る背中に手をまわそうとしている、でもちょっとだけ浮いている。

なにこれ可愛い……尊い……。


ロッティの腕が離れると、シャルがまた話し始めた。


「あの学院に入学できることが決まった時、わたくしが名前をいただいた『シャルロッテ様』がいらっしゃると教えられ、お会いできるのが楽しみでした」

「がっかりしなかった?」

「とんでもないです! はじめて入学式で姿を見た時、聖女様がいる!と驚きました、そしてそれが『シャルロッテ様』だと知り、本当に自分勝手なんですが運命を感じてしまって……」


そんなのシャルじゃなくても運命感じるに決まってる。

だって、毎日祈っていた聖女像にそっくりの美少女、それが自分の名前の由来となったと知ったら、居ても立っても居られない。


何度も大きく頷いていると、シャルと目が合った。


「わかるわシャル、わたしだって絶対にそう思うもの」

「ありがとうございます、エミリー様」

「もう、恥ずかしい……」


ロッティが照れている。

目の前に頬を薔薇色に染めた美少女が二人もいる、なんて幸せすぎる光景なの。

ああペルペトゥア聖女様、二人を会わせてくれてありがとうございます。


「教室が違うのでなかなかお話しすることができす、でもお見かけするときはいつも目で追ってしまっていました……それが、あの……ジークフリード様に勘違いされてしまって……」


そこまで言って、シャルがまた俯いてしまった。

少しの間の後、ロッティがクスっと吹き出す。


「あいつらしい勘違いね、でも本当にシャルは何も悪くない。もっと早くにお話しできれば良かったわね、なんだか巻きこんじゃったみたいでごめんなさい」


確かにそうかもしれない。

でも、もしロッティとシャルが同じクラスで、この話をする機会があったらどうなっていたんだろう。

ロッティの性格を考えると、きっとシャルとは仲良くなっていたはず、それでもジークフリードはシャルに執着したんだろうか?


「巻き込んだだなんて、わたくしが最初から否定しておけば……」

「ううん、『王子様』相手に何か言うのがとても難しいのはわかるもの、あいつはあの性格だったしね、本当にもういいの。それに、婚約破棄できた、これはシャルのおかげでもあるわ」

「……ありがとうございます」

「やだ、お礼を言うのはこっちよ、ねエミリー」


満面の笑顔を見せたロッティは、わたしとシャルを抱え込むようにして抱きしめた。わたしも負けじと二人を抱きしめかえす。

腕を離すとシャルが真っ赤な顔をして、両手で顔をぱたぱたと仰いでいた。

そのまま前髪を手で直し、照れ隠しなのか小さく咳ばらいをしてわたし達に向き直った。


「やっとお話しできて本当によかったです。あの、この後お茶なのですが、昨日シスターと一緒にオレンジのパイを焼いたんですけど……」

「やだ、美味しそう!」

「もう、ロッティったら」

「いいじゃない、ねーシャル。あ、そうだ、名前で呼んでくれるようになったのは嬉しいけど早く『様』をはずしてね、くすぐったくてたまらないわ」

「あ、わたしも『エミリー』って呼んでほしい」


外から差し込む光に、シャルのペリドットの瞳がキラキラと輝いている。

美しい瞳は、はじめてロッティとわたしの目をしっかりと見つめ、にっこりと微笑んだ。


「わかりました、ロッティ、エミリー」


シャルのその言葉に、もう一度三人で抱き合った。

礼拝堂の入り口から暖かい風が吹いてくる。

外に植えられたコデマリは全て散り、葉だけになっていた。


もう悪役令嬢のイベントが始まることはない

明日からは、ふたりのシャルロッテにとって新しい生活が始まる。



 おわり




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最後までお読みいただき本当にありがとうございました♡


もし少しでも、面白かったと思っていただけたなら

応援、感想、★大変嬉しいです、次回作への励みとなります!


次回作の構想は出来ているので、また数か月後にお会い出来ると嬉しいです。

ありがとうございました。


群青こちか

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顔だけ王子とふたりのシャルロッテ 〜親友が悪役令嬢!? 違います、ちょっと口が悪いだけです!~ 群青こちか @gunjo_cat

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