これからの未来
―― フリューリング侯爵家 ◆ロッティ
「お嬢様、お茶をご用意いたしますね」
ニーナが今までにないくらいの笑顔で部屋を出て行った。
昨日は夢のような一日だった。
いつ眠りについたのか、今でも本当に起きているのかわからないくらい、気づけばぼんやりとしてしまう。
アインが正装していたのは、私に結婚を申し込むためだったと帰りの馬車の中で教えられた。本当はマントもあるけど今日は敢えてつけていないよと笑ってた。
うーん駄目、勝手に頬が緩んでしまう。
好きだと言われるのって、こんなに嬉しくて、なんだか恥ずかしくて、幸せな気持ちで胸がいっぱいになるものなのね。
ソファに座っているのに足元が浮いているような気分だわ。
それにしても、昨日アインが屋敷まで私を送ってくれた時のお母様は凄かった。
私とアインの顔を見るなり、お母様は「まあ!」と言ってアインの手を取り、続けて「うちの娘をよろしくね」と言ったのだ。
アインは真っ赤な顔をして頭を下げ、後日改めて挨拶に来ると言って帰っていった。
お父様にはまだ内緒にしましょって言ってたけど、アインが挨拶に来た時に驚かせたら困るので、近いうちに話さなきゃ……。
ふと、ジークフリードの顔が頭をかすめる。
学校の再開は、国王がジークフリードに関しての正式な表明を出した後になると、アインは言っていた。
あの馬鹿、第二王子だったから仕方ない、また当分の間騒がしくなりそう。
私に直接聞いてくる人はいないだろうけど、噂はされるよね……。
でも学校にはエミリーがいる、エミリーいれば全然平気だわ。
「あ!」
ソファの上で溶けそうになっていた体を慌てて起こした。
そうだ、今日はエミリーと会う約束をしてたんだ。ジークフリードのこと、どこまで話していいんだろう。
そしてアインに呼び出されたことも、きっと色々聞かれる……。
自分の頬に両手を当ててみる。
やっぱり駄目だわ、アインの事を思い出すだけで顔が熱くなっている、名前を口にしようとすると口元が緩んでしまう。
普通の表情で伝えられる自信がない……でも、エミリーには一番に話したい!
きっと喜んでくれる、すごく驚くんだろうな。
そうだ、アインにもらった焼菓子と王家秘伝のシナモンクッキーをエミリーにも食べてもらわなきゃ。
あのシナモンクッキー、美味しすぎてきっとエミリーびっくりするはず!
ニーナに濃いめのお茶を用意してもらおう。
ああ、早く午後にならないかな……。
―― ランハート伯爵家 ◆エミリー
ジークフリードの件で休校になって三日目。
今日は約束していたロッティとのお茶会の日! もう聞きたいことばかりだよ。
まだ学院からは何の連絡もないから、当分休校が続くみたい。
ジークフリードはあの後どうなったんだろう……。
やったことはどう考えても犯罪だと思うんだけど、あんなでもこの国の第二王子だもんね、どういう処分になるのか全く想像がつかない。
それにロッティの婚約破棄は無事に受理されたのかな……。
あとは、ロッティの手紙にあったアインハードに呼ばれたってこと!。
もう、それが一番気になりすぎてる!
ロッティはジークフリードに関してだと思ってるみたいだけど、違うと思うんだよなあ。
間違いなくアインハード王子はロッティのことが好きなんだもん。
もしかして『ジークフリードと婚約破棄出来たら、僕と付き合ってほしい!』……なーんて! くぅーそんなスムーズにはいかないかー。
もう、ロッティは悪役令嬢じゃなくなった。
婚約者だったジークフリードは、本当はヒロインであるシャルと結ばれるはずだった、でもそれもなくなった。
本来のストーリーと、かなり違う展開になっている。
それなら、アインハード王子とロッティが結ばれるなんてこともあっていいんじゃない?
部屋に飾られた時計が13時を告げた。
そろそろフリューリング家のお迎えが来る頃だ。
テーブルの上に置かれた花束のリボンを結びなおす。
ロッティの為に、真っ白な花弁に少しだけピンク色の模様の入った、百合の花束を用意した。
この百合の花言葉は『輝かしい未来』
ロッティが婚約破棄をした後、今までの苦しさなんか吹き飛んでしまうくらい素敵な未来が訪れるようにと選んだものだ。
ふと、姿見が目に入る。
長い栗色の髪をした少女が、スカートを揺らして鏡に映っていた。
侍女のアンが用意したワンピースは、若草色と白のストライプでとても春らしい。
小さい頃からずっとお世話してくれてるので、わたしの趣味を完璧に理解してくれている……。
わたしがエミリーとして暮らし始めてまだほんの少し、それなのに嘘みたいにこの世界馴染んでいる自分に驚く。
芽衣子のことを思い出そうとすれば、過去の事や色々な記憶はよみがえってくるけど、普段の生活ではエミリーの中に包まれている。
お母様とお父様、そしてこのお家で働いている使用人達のことが本当に大好きで、婚約者であるヘンリーへの思いも本物だ。
もちろんロッティに対する気持ちには特別な物がある。
そして自分、エミリーのことも大好きだ。
これから先どうなるかなんてわからないし、エミリーの代わりに未来を生きたいなんておこがましいことは思わない。
ただ、私……エミリーが、16歳までの人生で出会ってきた人、そしてこれから出会うかもしれない人を大切に、楽しく生きていけたらいいなと思っている。
いま、鏡に映っているわたしは、とても幸せそうだ。
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「エミリー様、フリューリング家からお迎えの馬車が参りました」
「はーい」
テーブルの上の花束を持ち、部屋から飛び出した。
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