第8話 招待
双子との契約が、無事に済んだ後。
「…あら?」
私は、ベッド脇の机の上に、小綺麗に包装された小さな包みが置かれているのに気がついた。
今朝方私がジークに会いに行くために出ていった時にはなかったはずの代物だ。
私は包みを手に取り、メイに尋ねた。
「ねえ、メイ。これは?」
「…えっ?」
メイが一拍遅れて返事を返す。
彼女は先程まで彼らの突飛な契約儀式を目の当たりにしていたせいか、未だ放心状態に陥っていた。
私が声をかけると彼女ははっと我に返ったようだが、私の手に持つ包みを見ると、顔を歪ませ言いにくそうな表情をした。
「あ、も、申し訳ありません。その包みは…ええと」
「…?どうしたの?」
「…その。実は、ステラお嬢様が…」
「ステラ…?」
まさか彼女の名が出てくるとは思わず、私はメイに聞き返した。
彼女とはさっき、監獄に行く途中の廊下で会ったばかりだが。
眉をひそめた私に、メイは気まずそうに俯いた。
「はい。午前のうちに、ステラ様自ら菓子を作られたようで…グレイスお嬢様にもぜひ、食べて頂きたいと…」
「…」
…言われてみれば確かに、包みからは焼き菓子のような僅かに香ばしい、甘い匂いがした。
手に取った贈り物を前に、私は頭を抱える。
この家では、例え菓子であろうと、誰かに贈り物をすることは滅多にない。
殺し合う間柄である兄弟から贈り物を受け取っても、中に罠や毒が仕掛けられているとしか考えられないからだ。
中身がなんであれ、兄弟間での贈り物は相手への宣戦布告を意味する…というのが、この公爵家での暗黙のルールとなっているはずなのだが。
「…」
彼女はそれをわかっているのか、わかっていないのか。
…いや、鈍感で継承戦をなるべく避けてきた彼女のことだ。
後者の方がありえる気がしなくもない。
だが私は先程、ステラの部屋に来て欲しいという願いを無視してしまった。
罠や毒などはは含まれておらず敵意はなかったとしてもこれは彼女なりの、味の感想ついでに部屋に来て欲しい、という要求ではないのかと思ってしまう。
どちらにせよ、ここまで付きまとわれてしまっては、部屋を尋ねる他ないだろう。
今後、更に面倒な方法で絡まれても困る。
私は仕方なく、包みの口を開けながら言った。
「…メイ。今すぐステラに、そちらに伺うと伝えて頂戴」
「え?ですが、お嬢様…」
戸惑うメイを他所に、私は袋の中から菓子を一つ取り出した。
彼女が贈ってきた焼き菓子は、花形に型どられたクッキーだった。
菓子作りが得意なのか、手作りの割には非常に上等なものに見える。
私はそれを、そっと鼻に近づけた。
…少なくとも、この菓子からは毒や薬のような匂いはしない。
色も変色している部分はなく、見たところ問題はなさそうだ。
例え毒や薬が入っていたとしても、致死量に満たない微々たるものだろう。
それに私も他の兄弟と比べては全然だが、毒や薬物の耐性も僅かながらにつけているのだ。
これくらいなら大丈夫だろう。
そう思い私は意を決すると、彼女の作ったクッキーを一つ、口の中へ勢いよく放り投げた。
途端、メイが青ざめる。
「いっ、いけませんお嬢様!!何か入っていたりでもしたら…っ」
「しょうがないじゃない。あの子の部屋に行く以上、一つも口にしないわけにはいかないし」
「で、ですが…」
もごもごと口を動かしながら答える私に、メイは何か言いたげだ。
しばらく、彼女は私の様子を伺っていたが。
やがて、恐る恐る私の顔を覗き込んで言った。
「なんとも、ありませんか…?」
「…えぇ。特に、何も」
口に残るのは上質なクッキーの甘さのみで、やはり毒などの異物の味は感じられない。
ほっとメイは胸を撫で下ろす。
…それにしてもあの子、本当に菓子作りの才能があるんじゃないかしら。
贈ってきた真意に疑問はあるにせよ、味自体は私が普段口にしている一流の高級菓子とそうそう変わらない。
残りの小片も全て飲み込むと私は扉に向かってくるりと踵を返し、ヘルとアビスに声をかけた。
双子は同時に私を見上げる。
「さあ二人とも、付いてきて。あなたたちの最初の仕事よ」
公爵邸は広い敷地に加え、五つの階でできている。
一階は客室や厨房、書斎。二階は候補者やその従者、三階は夫人たちの自室。四階は当主の自室や執務室があり、地下には武器庫や牢屋が存在する。
ステラの部屋はこの屋敷の二階、最も北側に存在する、この階で最も日当たりの悪い場所にある。
なんでも亡くなった彼女の母は生前、他の夫人たちと同様に三階で過ごしていたが、平民という身分が原因で疎まれ、シオンも護衛のため自室を持つことを拒んだことから、異例にも三人はこの部屋でしばらく一緒に過ごしていたらしい。
まぁ彼女たちの母親も最期は病魔であったというし、ステラも幼かっただろうから、むしろその方が良かったのかもしれないが。
ステラの部屋の前に立ち、心を落ち着かせるため、ゆっくりと深呼吸をする。
「…」
護衛として、ヘルとアビスを仕事と称して連れてきた。
万が一のためだ。
これならたとえカルセインや、あの腕利きのシオンが切りかかってきても、逃げ出すことくらいはできるはず。
そもそも、なんのために呼び出されたのかわからないのだ。
こんなわかりやすい呼び寄せ方でいきなり殺されかける、ということはないと思うが、それなりの注意が必要だろう。
腹を括り、コンコン、と人差し指でドアをノックする。
しばらくするとガチャリ、とドアノブが音を立て。
「…!グレイス様…」
透き通る翡翠の目をした、彼女の兄が姿を現した。
まさか本当に私が来るとは思っていなかったのか、シオンは目を見開き、少しだけ驚いた顔をしていた。
「さっきぶりね、シオン殿。ステラはいるかしら」
「あ…はい。彼女なら、奥に」
シオンに促され部屋に足を踏み入れると、窓際のテーブルでカルセインと話すステラの姿が目に映った。
二人はとても楽しげで、髪色の似る彼らの姿は傍から見れば主人と従者というより、単に仲の良い姉弟に見える。
私と目が合うと、ステラはぱっと更にその顔を華やかせた。
「姉様…!来てくださったんですね」
「…まあね。わざわざあんなものを贈られては、来ないわけにも行かないでしょう」
ちくりと嫌味を口にすると、ステラは、あ…と気まずそうに口を噤んだ。
すぐにギロッと隣にいるカルセインに睨まれる。
贈り物の意味を知らないのでは、と思ったが、この様子だとどうやら彼女にも自覚はあったようだ。
私はこめかみを押さえ、ふうと息を吐く。
「…あのね。今度からあんな面倒なことはやめて頂戴。他の候補者にも同じことをしたら、間違いなく狙われるわよ」
「ご、ごめんなさい…でも、あれしか方法が思いつかなくて…」
「…」
「…すみません。どうしても姉様とお話がしたくて、ついあんなことを」
車椅子の上で、彼女はぺこぺこと頭を下げる。
…私も人のことは言えないが、私も彼女も、よく今日まで生きてこれたと思う。
まぁ現状継承戦と言っても脱落したのは噂で聞くヒースの実兄のみで、未遂は多々あれど、候補者が実際に殺害に成功したことは一度もない。
だがそれは何も、候補者が全員人を殺すことに躊躇しているからではない。
人一人殺すのにも、それなりの計画と労力を必要とするのだ。
しかも継承戦では、なるべく「暗殺」という形をとらなければならない。
他の候補者を蹴落としたと知られれば、今度は自分が狙われるのではないかという他候補者の焦りから、標的にされる可能性が高くなるからだ。
加えて、未遂で終われば更に証拠が残りやすくなってしまう。
継承戦が今の今まで長引いているのはそういうことだ。
つまるところ、もし今後誰かの手によって候補者が殺害されるようなことがあれば、継承戦はまるでドミノ倒しのように次々と苛烈さを増すだろう。
そのきっかけとなる一人目に、私とステラが入らないことを願うばかりだが。
肩を落とすステラに、私は再び深くため息をついた。
そうやって卑屈になるから、どんどん周りから見下されていくというのに。
確かに苦言は呈したが、何も私は彼女をいじめに来たわけではない。
正直な感想も、一応は述べるべきだろう。
「…まあ、味はさほど悪くなかったわ。…ありがとう」
「…!!は、はい…っ!」
こんなひねくれた性格のせいで普段から素直な気持ちをあまり口にしないせいか、なんだか唇がむずむずする。
私がお礼を言うと、ステラは歓喜を滲ませた笑顔でこちらに微笑んだ。
もう少し表情を抑える努力をした方がいい、と、また小言を言いたくなるが…なんだろう、私は先程から彼女に親心のようなものでも抱いているのだろうか。
…いや、単に自分と似た身分が低い故の不遇に哀れみを感じているだけだろう。
そんな綺麗なものではない。
「それで?そこまでして私に話したいことって?」
「あ、そうですね。ええと…どこからお話ししたら良いか…」
「グレイス様、まずはこちらにお掛けください。ささやかですが、お茶も出させて頂きますので。どうぞ」
「えぇ、ありがとう」
シオンに先導され、ステラの向かいの席へ案内される。
その時。
ひょこりと、私の背後からヘルとアビスが顔を出した。
「おねえちゃん…」
「あ、あら?どちら様ですか…?」
幅の広い私のドレスに隠れてしまっていたのか、どうやらステラたちは二人の存在に気づいていなかったようだ。
敵意はなく、ステラたちは純粋に驚いているように見える。
ドレスの裾を掴み彼女たちの様子を伺っている二人の代わりに、私は頭を下げた。
「ごめんなさい、紹介するのが遅れたわ。この子たちはヘル・ガルシオンとアビス・ガルシオン。二人には私の護衛として、一緒に来てもらったの」
「あ…もしかして、この子たちって…」
「ええ。あなたの弟と妹ということになるわ」
どうやらステラも、自分にも年下の兄弟がいることは知っていたようだ。
私は二人の背中を軽くとんと押し、ステラたちの前にヘルとアビスを立たせて言う。
「ヘル、アビス。彼女も、あなたたちのお姉さんよ。さあ、挨拶してみて」
「…」
「…」
私に押し出された二人は互いに手を繋ぎながら、しばらくステラたちを不思議そうにぼんやりと眺めていたが。
やがて彼らは、ぺこりと愛らしくお辞儀をしてみせた。
「…はじめまして、ステラおねえちゃん」
「ふ、ふぇっ!?あ、は、初めまして…ステラ・ガルシオンと申します…」
「…」
「…」
「わ…わ、わ…ど、どうしましょう、兄様。すごくちっちゃいです…可愛い…」
ステラは二人の愛らしさにあてられたのか、頬に手を当て、顔を赤くして慌てふためいている。
今まで年上の兄姉しかいなかったためか、ステラは二人を前に戸惑いつつも、とても嬉しそうだ。
助けを求められた兄の方は、「ステラもこれくらいの時は、同じくらい可愛かったよ。もちろん、今もだけれど」と
だがこれだけちやほやされても、二人は相変わらずまったくの上の空だ。
無言無表情のまま、笑顔で話しかけてくるステラをただ見つめている。
しかし。
「………あすとらるの、こうてい……」
突如。
ふとヘルが赤い眼を見開き、ステラを見上げながら何かを口走った。
え、と私は彼に聞き返そうとしたが、その直後。
ヘルはアビスの手を引き、今までのステラと触れ合っていた態度と一変してとたとたと走り寄り、再び私の背に隠れてしまった。
急な様子の変わりように私だけではなく、ステラまでもが戸惑う。
「あ、あの…すみません。私、何か嫌がることでもしてしまったんでしょうか…」
「いえ、違うと思うけれど…二人とも、どうしたの?ねえ、ヘル?」
私が問いかけても、二人は背後でドレスに顔を埋め無視をするだけだ。
引きはがそうとしても、いやいやと首を振られてしまい、もはや手がつけられない。
まさか、こうも唐突にぐずってしまうとは。
やはり、小さな子供を相手にするのは難しい。
困り果てながらも問答を続けていると、見かねたシオンがふむ、と一つの答えを導き出した。
「…もしかしたら、慣れないところに来て疲れてしまったのかもしれませんね。ステラ、長居させてしまっても申し訳ありませんから、お話は手短に済ませましょう」
「は、はい。姉様、どうぞこちらへ」
「いえ、でも二人が…」
「ご心配なく。ヘル様とアビス様はお話しの間、うちのカルセインが目の届く場所で面倒を見させていただきますので」
「俺かよ!?」
シオンの采配に、すかさずカルセインがつっこむ。
彼がかねてから優秀なことは聞いていたが、妹への
公爵家のデスゲーム~たった一人しか生き残れない公爵家で、悪女は当主になる~ 茶々丸 @sidukimasiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。公爵家のデスゲーム~たった一人しか生き残れない公爵家で、悪女は当主になる~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます