エピローグ

***

 あの日から季節が過ぎていった。

 10月を迎え、少しずつ暑さと寒さを覗かせる日々が続いている。

 和也と絵里、そして僕の3人は放課後のパソコン室で課題の調べものをしていた。

 お互いに座っているのは部屋の一番隅にある席だ。ここは夏休みにゲームの開発を行っていた座席だ。

 キーボードやマウスの手を動かしながら、思い出話が少しずつ生まれてくる。


 ・・・


 僕たちのチームは特別賞を受賞した。

 ことり先輩は大会の司会者を固い握手を交わした。その姿は僕も瞼の裏に残っている。


 その健闘は学校に伝わり、二学期の始業式で彼女は表彰を受けた。

 僕たちのリーダーが、有坂ことりが。体育館の中でゆっくりと壇上へ向けて歩いていく。誇らしげな表情はいつも以上に自慢げに溢れていた。

 ことり先輩の姿は、いつにも増して凛々しくて。

 僕はスポットライトを浴びる彼女の姿を目に焼き付けていた。この素晴らしさを忘れないだろう。


 ......彼女への気持ちをなにに例えようか。

 

 恋なのかもしれない、そうでないのかもしれない。視線を逸らすのできない、<光>がきらめいていると思うんだ。


 ・・・


 課題を進める傍ら、僕はパソコンの中にあるファイルやフォルダを探してみる。

 先生との約束の通り、インストールした開発するためのアプリも使用したファイルもすべて削除することになった。だから、なにも見つけられなかった。

 それらのファイルはことり先輩がハードディスクにコピーしたことで、僕たちの手の届かない所に行ってしまったようだ。

 仕方ないと言えばそうだのだけど、コメントのひとつも出なかった。


 調べものはなかなか忙しい。

 最近はこの部屋をよく使用しているのだが、他の生徒はおろかことり先輩は全くと言っていいほど姿を見せなかった。

 もう昔の静けさのままという雰囲気がこの部屋に漂っている。

 イベントが終わってもいつもの日常が戻ってくる。

 祭りのあとの静けさが現実なのだと言えばそうだ。なんとも表現することのできない寂しさがこの部屋を包み込んでいた。


 ・・・


 無事に課題を提出した日、僕はひとり校門へ向けて歩いていた。

 夕方になると少し空気が冷たくて、なんだか物悲しい風が吹いているような気がした。

 その時、前を歩いている人の姿に気付いた。


 後ろで結っている髪が歩くリズムに合わせて踊っている。

 夕暮れでも少し見ることのできる、わずかに茶色を思わせる髪の毛の色。


 その姿が、足を止めてこちらを振り返った......。

 ことり先輩だった。

 彼女は耳からイヤホンを外して、僕を見ながら微笑んでいる。


 僕たちはわずかな挨拶を交わしてから、ふたりで駅へ向けて歩いている。

 彼女が吐き出すわずかに白い息は、まるでため息のように思えた。

「秋になると進路とかあるからさ、帰りが遅くなっちゃって」

 行きたいところを決めましたか、という自分の質問に彼女は首を左右に振るだけだった。

「私、ちょっとやりたいことがあってね。

 もっとゲームで遊ぶんだ。プログラミングができるだけじゃだめだから。

 だから、お小遣い貯めて少しずつゲームを揃えたい」

 強気の発言ながらも、揺れている瞳に僕は一抹の不安を覚えた。

「だいじょうぶだよ、ママは説得してみせる。

だから、それだけじゃなくてさ......」

 彼女は足を止めて、少し言葉を区切った。


 わずかな風がふたりを吹き抜けていった。その時間は一瞬だったのかもしれないが、なんだか長く感じた。


 ことり先輩は上目遣いで語ってくれた。少し恥ずかしそうに、頬をさくらんぼのように赤く染めて。

「......君が遊んでいるゲームを教えてくれないかな」

 それなら悪い気はしない。

 緊張していた気持ちは、自分の笑い声に混ぜて全部吐き出してしまった。

「あなたがいることが、私の誇りだから」

 ことり先輩は自信満々に言うと、その紅潮した表情のまま歩き出した。

 僕は慌てて歩調を合わせて追いかけていった。そうだ、これが僕と彼女の関係だ。


 いつかことり先輩は、ゲームという遊びを学んでより一層と輝くだろう。その姿を、僕は追い続けていたい。


-おわり-

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フラグメントはきらめいて 卯月ゆう @shirousagi0003

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