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参加者全員がメインステージに集められた。
ついに発表の時を迎える。
ステージ袖から先程の取材してくれた女性が現れた。
「はじめまして、本日の司会を務めさせていただきます。
よろしくお願いいたします」
そう言って彼女は軽く頭を下げた。
「ついに今日この日を迎えられました。
無事に開催出来まして安堵しております」
周りを見てみると、みんな緊張に包まれているようだった。絵里なんかは手を組んで祈っている。
「さまざまなゲームが生まれているこの時代、その数だけ感動があるものだと思います。
日々リリースをしてくださるゲーム会社には、いくら感謝の念を伝えても足りません。
......でもですよ、それ以外にも素晴らしい作品があるに違いない。
皆さまが作っているゲームを公開する場を提供したい、手にしている<原石>を光らせてあげたい。
その考えから企画が生まれ、今回初の開催となりました」
原石。その言葉にわくわくを感じる。
「夢の世界への入り口、それが<ゲームクリエイターズ
皆さんの結晶を、熱い想いをたくさん聞かせていただきました。
ありがとう!」
司会者がきれいなお辞儀をすると、大きな拍手が沸き上がった。
昔からゲームをつくるソフトウェアがあって、プログラミングをせずとも仕立てることができた。僕も遊んだことがある。
また、開発ツール自体も無料でダウンロードできるものが増えてきた。ゲームをつくるのに敷居が下がっていると言ってもいい。
惜しむらくは、作品を公開したときの反応だろう。自身のwebサイトやSNSで公開しても、見てもらえなければ虚空に向けて発表したことになってしまう。
今ならわかる、それは悲しいことだ。
スポットライトを待ちわびる舞台女優のように、ことり先輩はずっと待っていたんだ。
小さい頃に負った心の傷を情熱に昇華させて。それでも、誰にも気づいてもらえなくて、悲しみの音で鳴きながら、ひとりで必死になっていた。
水たまりで溺れそうな小鳥を、僕たちは救い出したんだ。
今ではしっかり羽根を乾かして、誇らしげに広げている。小さな鳥が大空にはばたく、その瞬間を。
「それでは、発表いたします!
大賞は......」
・・・
夏の夜風が爽やかに、街の中を流れている。
少し灯りが色づいた中を歩く僕たちは、誰も何も言わなかった。
惜しくも大賞は逃してしまった。それでも、審査員の目に留まり急遽<特別賞>を授けてくれた。予定にない賞を決めることになったので、結果発表の時刻が少し遅れていたらしい。
このゲームは、いわば教科書的な作品だと教えてくれた。
他の参加者に比べると派手な要素はない。昨今のゲームのようなランダムや運に左右されるところは全くないが、自分たちならではの作品を模索したことは評価に値するとのことだ。まだまだアイディアを出し合ったり、成長できたりする余地がある。
苦し紛れに考えだした、ステージを戻す仕様。こんなに嬉しいことになるなんて思いもしなかった。
僕は会場でのことを思い出していた......。
・・・
優勝者が拍手に包まれて少し落ち着いた頃、司会者の女性はまだまだ袖に戻る様子は見られなかった。
少し面白味を含んだ表情で会場の座席を見渡すと、司会進行を続けたのだ。
「......実は、まだまだ終わりません。
惜しくも大賞は逃してしまいましたが、"クリエイターの門戸を広げる"というテーマに一番沿っている作品に出会うことができました。
予定にはありませんでしたが、運営委員会の計らいにより急きょ<特別賞>をご用意いたしました。
それではご紹介いたします......」
一瞬の静寂が会場を包み込んだ。
「チーム<
名前を呼ばれたことり先輩は両手で口を押さえている。そのままずっと動かない。
「ことりちゃん、呼ばれているよ」
瑠璃さんの手が彼女の背中に触れている。
まるで、頑張ったね・ここから見守っているよと言っているようだった。
「さあ、ステージに行きましょう」
「......うん、行ってくるよ」
ことり先輩は胸の前で手を握り締めた。
そう、はじめて彼女の姿を見たときのように。
ステージに上がった彼女はきれいな背筋で立っている。少しの間目を閉じて、しっかり前を向いて話しはじめた。
「......会場の皆さんに謝りたいことがあります。
私は、それほどゲームを遊んできたわけではありません。
ゲームの世界に行きたかった。
草原も、海の中も、洞窟も、なんでも軽々と冒険できる主人公のようになりたかったんだ。
そこにわくわくが、希望の世界が広がっていたから」
こう言って、ことり先輩は軽く息を吸って話を続けた。
「アプリを開発するだけじゃなくて、色々なことに挑戦してきた私だけど。
お菓子作りも体育の授業も何もかも、どれも上手くいかなくって」
いつのまにか自虐な話になってしまっている。隣では瑠璃さんがくすくす笑っている。
「......でも、チームのみんなと出会ったんだ。
それがどれだけの救いになったのでしょうか。
私はリーダーっていうのは、みんなを引っ張って行く立場だと思っていた。
だけど、想像したのより全然違っていました。
メンバーの事を誰よりも信じること、それがリーダーなんだ。
みんな......」
ここで彼女の言葉が途切れた。会場の誰もが固唾を飲んで見守る。
静かな会場の空気に響いたのは、ひとしずくに凝縮した彼女の想いだった。
愛してる!!
「......素晴らしいですっ!
愛のあるコメントに会場が温かくなっております」
司会者がこう言ってくれても。僕たちは顔を真っ赤に染めて硬直してしまっている。
そして、彼女はトークを拾って、場を締めくくってくれた。
「ここでちょっとした小話です。
貴女のお召し物はビリジアンですね。
知っていますか? "緑の成長"を意味する言葉なんですよ。
だから、まだまだこれから頑張れますよ」
彼女はここで耐え切れず、一筋の涙を流した。ずっと泣きたかったんだ、感謝の涙を。
「さあ、皆さん。
小さなお嬢さんに大きな拍手をどうぞ!」
司会者の一言に、割れんばかりの拍手が起こる。
・・・
会場を抜けてみんなで歩いていると、僕は呼ばれて振り返った。
そこには、ことり先輩が手を差し出していた。握手の合図だった。
僕も彼女に向き直り、堅く手を握りあう。
「君が居てくれたから、仲間ができたんだよ。
そうじゃなかったら、私は今ここに居ないかもしれない」
もう涙は流してないけれど。嬉しさに満ちた瞳が、夜空の中にきらめていた。
いつの間にかみんなもこちらを向いて、僕たちを見つめてくれている。やり切ったという満足感がみんなを包んでいた。
「さあ、行きましょう」
行くってどこへ? その場にいる全員が首を傾げた。
「ファミレスだよ」
......まだパフェ食べてないもん、ことり先輩が言うとみんな一斉に笑い出した。
・・・
赤ずきんに誘われて、小さな小鳥は君に、みんなに巡り合ったんだ。
私たちが作ったゲームは、リリースされているものに比べても。また今回のイベント参加者の中でも。たったちっぽけなものだろう。
それでも、これだけは言えるんだよ。
小さな一歩から大きな世界に足を踏み入れる、パーティーを組んで冒険するようなワクワクは何物にも代えがたい代物だ。
誰もが持っている、<夢>というフラグメント。それは手の中で光っても、誰にも気づいてもらえない。
実現するには、語り合える仲間を作るのが一番だから。
皆で見る夢はひと味違うから。
今こうやって見せ合おう。合わされば、大輪に咲く花火のように光り輝く。
この旅路は、私の大切な宝物。
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