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和也を連れて会場を歩く。
他のブースは人数の差があれど、順番待ちの行列ができるところがあった。
「あ、アレ面白そうだなあ」
彼が指さしたのは3DCGで人間のキャラクターが再現されたアクションゲームだ。
展示しているスマートフォン同士で対戦ができるようになっているみたいだ。体内に設置されているヒットポイントに相手の振り下ろした剣が当たると負けらしい。アマチュアが作っているとは思えない滑らかな動きだった。
会場を歩きながら、彼は言った。
「本当に楽しい1ヶ月だったな」
そうだね、と僕は返す。メンバーの中で一番ゲームに親しんでいる、その牽引力にみんなが助けられた。
「やっぱりチャットだけのコミュニケーションじゃ駄目だなあ。
顔を突き合わせて作るわくわくを実感できたよ」
わかる気がする。開発する環境が学校にしかないからだけど、そのおかげだろう。
・・・
絵里と一緒に見に行ったのは、イラストの展示コーナーだった。
無数のA4サイズのイラストが額縁になって並べられている。ゲームと違って人がまばらになっているけれど、制服を着た高校生─たぶん芸術コースなのだろう─が集まっていた。
「何か好きなのあった?」
僕は絵里に問いかけてみた。彼女は一枚一枚のイラストを事細かに見ている、さすがは絵描きだ。
「この写真みたいなのすごいなあ......」
感嘆の声をもらしていたところに、作者の女性が現れた。
ふたりの会話の邪魔をしちゃいけないので、僕は少し離れることにした。ここから見える絵里の表情は喜びがいっぱいに溢れていた。
ゲームをするのもたまにだし、プログラミングを覚えるのも一番遅かった。
でも、彼女のイラストがあってこそ作品が輝く気がしている。僕たちが作ったシューティングゲームの主人公機は白銀の紙飛行機を模したデザインだ。そのセンスには脱帽している。
ムードメーカーの雰囲気に、みんなが明るく作業できたと思う。
そこに、彼女が戻ってきた。
「チャット交換しちゃったあ」
割れんばかりの笑顔でこう言った。手には彼女のスマートフォンが握られていて、喜びのあまり腕を上下に振っているから落としそうだ。
作者の女性は写真家も兼ねる大学生なのだという。クリエイター同士の交流もできるのは素晴らしいことだ。
・・・
瑠璃さんと一緒に会場を歩いている。
彼女はあまりゲームをやらないからだろう、ひとつのブースを集中してみることはなかった。それでもパンフレットをしっかりもらっているようだ。
「お恥ずかしながら、物書きとしては集めて思うかなって。
デザインの勉強になりますから......」
なにも恥ずかしいことじゃないと思うけど。色んな参加者が出している作品を見るだけでも、勉強になると思う。真面目な姿は素晴らしいことだ。
瑠璃さんが居なかったら、ゲームが完成しなかった。偶然とはいえ、素晴らしい出来事だと今でも思う。献身的に支えてくれた姿は、縁の下の力持ちとして言っていい。
会場を再び歩きながら、瑠璃さんは教えてくれた。
「実はね、今年の小説の応募止めたんです」
どうして? 僕は横を歩く彼女の顔を見た。
「時間を割けばできたのは、そうなんですけど。
なんていうか......、みんなと居たかった」
色んな出版社が常に新人の作家を期待している。その考えを汲んでいるのか、夏になるとWebサイト上で大規模なコンテストが行われるという。毎年行われているそれとは違って、このゲームイベントは来年開催されるかはわからない。確実にある目の前のゴールに賭けたのだろう。
「みんなには、特にことりちゃんには秘密ですよ」
僕は黙って頷いた。
みんなが、特に瑠璃さんが、ことり先輩の成功を願っている。
・・・
僕がブースに戻ってくると、小学生くらいの男の子が遊んでいた。
その脇には父親がいることから、家族同伴で遊びに来てくれたのだろう。
だけども、彼はすぐ弾に当たってゲームオーバーしてしまった。
ことり先輩が残念だねえと話しかけている。彼女は彼からスマートフォンを受け取ろうと手を差し出したけど、その少年はまたプレイボタンを押して遊びだした。
父親の制止もことり先輩の驚きも構わず、彼はゲームの操縦を続けている。
まるで、操縦桿を握って大空を飛び立ちたい。そんなわくわくを彼から感じ取った。
「どうせ僕たちは閑古鳥ですから、気のすむまでやらせてあげましょうよ」
だから、僕はふたりに話しかけた。彼の想いを止めるわけにはいかない、その使命感を感じていた。
「そうだね」
ことり先輩も理解してくれたようで、しっかりと頷いてくれた。
やがて、最初のステージのボスが現れる。自然とみんなが応援するようになっていた。......小さくても熱い情熱が僕たちを包んでいた。
遊び疲れたのだろう、少年はやっとスマートフォンを戻してくれた。そして、一枚のチケットを出してくれる。
「......これって」
ことり先輩のつぶやきに、チームの全員がその一枚に注目した。
投票券だ。父親は他のゲームで遊んでいないだろう、と説得しているが彼は揺るがなかった。
「だって、楽しかったから。
何回も、何回も頑張れって言ってくれたから」
ことり先輩はしゃがんで彼と目線を合わせた。その瞳には涙が滲んでいるようだった。
「嬉しいよ。もらっちゃっていいのかな?」
「うん。
......僕も、お姉ちゃんとゲームを作ってみたいな」
聞くところ、彼は10歳なのだという。ちょうどことり先輩が涙を飲んだ年だ、彼女の情熱が次の世代へと受け継がれていく。
ゲームは人々に向けられた娯楽のひとつだろう。
人々を流行の扉を開けて招き入れて、皆はその中で熱狂を楽しさを共有するのだ。
その中で強者や弱者が生まれたとしても、ことり先輩のように心の傷を受けたとしても。
開発者はそれを望んでいるだろうか。
きっと、そうじゃない。
たとえ上手に遊べなくても。新しい技を新しい方法を見つけて、また気合を込めて勝つために。
ゲームという作品を楽しみ尽くしてほしいから。そのために作る側は魂を込めて開発をするんだ。
はじめての一票はとても温かいものだった。
・・・
しばらくしたら、数人のグループが訪れた。マイクとカメラを抱えているところを見ると、取材陣だろう。
「どうも、はじめまして。
大会運営者の者です、順番にお話を伺っております」
その中心にいる、マイクを手にしている女性はそう言って名刺を渡してきた。千代田という苗字だった。
その背丈はあまり高くなく、女性にしても少し低い感じだった。社会人なのだけど、どちらかというと同年齢を思わせる輪郭をしている。オフィス的なルックスの服装とマッチしているのかと訊かれたら首を傾げてしまいそうな雰囲気の女性だ。
「写真を撮りますねぇ、皆さん入ってください」
先輩ふたりが中心に、あとのみんなが後ろに立つ構図で撮影してもらった。
それからマイクを向けられる。
「それでは取材に入らせてもらいます。
まずは、このゲームの魅力について教えてください」
ことり先輩が丁寧に受け答えする。
「はじめての人にも挑戦できること、それがこのゲームの魅力です」
その台詞は、まるで自分たちの活動を表しているようだった。
はじめてのゲーム開発。右も左も分からない僕たちが、少しも知識がない状態で作り上げたのだ。
最近のゲームのような、やりこみ要素は少ないだろう。それでも、1歩ずつ進んでいくことで、クリアした達成感は計り知れない。
さっきの少年のように。
それからも色んな質問が続いた。
「今まで、ゲームをSNSなどで公開したことはありますか?」
「いいえ、ありませんよ。
まったくの初めてなので、みんなに助けられました。
大賞を取って、恩返しがしたいです」
「素晴らしいですっ! 参加者の中で、あなた方が一番年下なんですよ。
大きな舞台へ飛翔できるよう、応援しております」
取材陣はなんだか微笑んでいるようだった。
・・・
やがて、投票時間が終わり一般客は帰っていった。
少し薄暗くなる会場。
中央ステージに集まるよう流れるアナウンス。
......ついに、結果発表の時間だ。
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