ついに…
以上が神田さんの首巻事件から一週間の記録である。
そして週初めの今日。
日課である日記に書かれたこれまでの記録を読み返して私は神田さんに話しかけることを決意した。
今までのままだとそろそろ気持ちの悪い人間になりそうだ。
怖がることはない、うぶな高校生でもあるまいし、常識ある日本人のご近所付き合いとして最低限の礼儀を尽くすだけだ。
普通のことだ。
と、自分に言い聞かせるくらいには緊張している。これほどの感情は、電子レンジに、皿に乗せたスマートフォンをいれて温めボタンを押した時以来だ。
だめだ、例えもうまくいかない。
帰りたい。
神田さんは毎朝バス停まで歩く。
私も自転車を置いたまま歩いて家を出た。
が、
やってしまった。いつもバス停までは自転車なので時間配分がわからず、家を出るのが早過ぎたようだ。私がずんずんと歩いてきた坂の上に、マッチ棒みたいな神田さんがいる。
やってしまった。
ここで待ち続けるのはよろしくないだろう。ストーカーにならぬために話しかけようとしたのに、待ち構えて話かければその路線まっしぐらで、つまり本末転倒であって、神田さんに誤解されるし、急いで腹に詰め込んだ米が重い。
私はとぼとぼ歩いた。今日のところは仕方ない。それにバス停で待っている間に話せるかもしれない。そのくらいの方が気まずくなくてお互いちょうどいい。
私はわりきって、午後からの会議の内容を考え始めた。
今日の議題は売上の増加について。私の勤める会社はいわゆる中小企業のひとつだ。大学を卒業し、不景気の中なんとか就職した会社は、限りなく黒に近いグレーゾーンである。毎日の残業は当たりまえ、かろうじて残業代は今の所出ているが。まあ、お金を貯めたい今の私にとって、ここがちょうどいいのだと自分にいいきかせている。ため息が出る。
売り上げが増加しても自分の給料が上がるわけでもない、ほどほどに考えよう。
ああ。神田さん、
狐の首巻 @tama-yui
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