第4話:ルイス・アトキン=ハイドの話④
「ハイド卿、奥の間へお越しください。計画の詳細を詰めるそうです。」
よし、気持ちを切り替えよう。そろそろ上級貴族会合が始まる。ここでしくじったらここ二年の工作とつぎ込んだ金がすべて吹き飛ぶ。ここで手を抜くわけには行かない。
「皆様、よく集まってくださった。ここにいる人間は、先程誓いをともにした仲間たちの中でも、特に力と精神力に優れた者たちだ。この計画の成否は、我々にかかっていると心得てもらいたい」
パット=ウェストの次に、アーガイルが話し始めた。
「諸君。王族の一員として、諸君らの心意気に最大限の感謝を捧げる。諸君らの国家と、主君のため、精一杯の奮闘を期待する。」
それだけ言って、アーガイルは下がった。実務は全部パット=ウェストに任せるつもりらしい。それで露見したら自分が傀儡だったとでも言うつもりなんだろう。突き指しそうなレベルで底の浅い人間だ。
「計画も何もありますまい。私が近衛騎士でもって宮廷を制圧し、玉璽を奪取、アーガイル様を皇太子とすればよいだけでは無いですか。」
パイエル子爵が発言した。勇猛さを失っていないのは結構だが、無鉄砲と勇敢は違う。暴走老人ほど怖いものはない。少し黙っていて欲しいものだ。
「いや、それはいかがなものか。我々には正義がある。しかも、実質的な国教会の支持も得ています。ならば宮殿への強行突入などという愚策で、多量の資金と人命を浪費する愚を犯す必要など無い。北部でアーガイル様の即位を宣言し、騎士たちの集まりを待てばよいでないですか」
ミドラム大司教ロジナルドが慎重論を述べた。いい流れだ。この2派に分かれていい感じに争ってもらおう。
「ロジナルド猊下にお聞きしたい。もし宮殿に踏み込まないのなら、いかがな方法で王位を奪うおつもりで?」
ライナー・ヴィンセント伯爵が今日初めて口を開き、お得意のインテリ口調でロジナルドを問い詰め始めた。
「殿下の本拠地であるミドラムにて即位式を行い、我々の正義を全土に広めるのです。さすれば、全土から我らと志を同じくするものが自然に集まってくることでしょう。」
ロジナルドが楽観を絵に書いたようなセリフを述べた
「それは楽観的すぎる。いくらこちらに正義と正当性があるとはいえ、南部一体はすでに他の王子が抑えている。追加で集まってくる人間がそれほど多いとは思えない。そもそも卿は聖職者だろう。戦馬の息遣いも、兵の血潮も知らぬ人間が戦いを語らないでもらいたい。」
パイエルキレ始めた。目がもう血走っている。しかし、面白いほどに論点がずれている。しかも周りの冷めた目線に全く気がついてない。ここまで耄碌してしまったのだな、この爺さんも。前より更に老化が進んでいる。神は残酷だ。だから人は教会を美しく飾るのか。神の残虐さを隠すために。
「ならばどうするというのです。パイエル閣下の作戦を実行するのならば、兵が五千は必要です。どこにそんな資金がございますか?」
ロジナルドはまだまだ食い下がる。こいつもなにか思惑があってここにいるのか?慎重派がここまで少ないのに引かない理由がよくわからない。
「そのためにアロンソ家の代理人が来ているんだ。資金の心配はいらんだろう。
なあ、えーと、、」
こちらに話が回ってくるのが予想より早い。もう少し中だるみした頃が一番良かったのだけれどな。けどそんな贅沢を言えるほどの余裕はない。
「ルイス・アトキン=ハイドです。アロンソ家当主パオロの首席秘書官を努めております。名乗るのは今日で二度目でございます。」
「おお、申し訳ない。それで、どの程度までなら出してもらえるのかね?」
「私が動かせる金額ということでしたら、全権委任状を頂いているので無制限です。しかし、現実的に言えば、一万程度が限度であるかと。先程おっしゃられていた兵力であれば、3ヶ月程度運用が可能です」
「その程度なのか?ネーデルラントでは数万の兵力を2年以上運用していたと聞いたが」
予想以上にちゃんと情報収集をしていたようだ。しかしネーデルラントの件を知っているのであれば話が早い。
「ええ。ですが状況が違います。当時からネーデルラントは我々の収益の三分の一以上を上げていましたし、その頃のアロンソ家は今ほどの権力を持っていませんでしたのでネーデルラントを失うわけには参りませんでした。しかし、今はそういうわけではありません」
パイエルとパット=ウェストはいい具合に顔を赤くしながら顔から湯気を出し始めた。
「何を言っているんだ、君は。もしやと思うが、アロンソ家にとってこの問題がどうなろうと関係ないから金は出さんと言いたいのか?もしやとは思うが、きみたちアロンソ家が興味を持っているのは我々の志ではなく、我々の貸す金の利子だけか?もしそんな下卑た心でこの場に臨んでいるのであれば、即刻退出したまえ」
パット=ウェストのいかにも聖職者な台詞のあとに、ヴィンセントの御高説が続く。
「カンタベリ大司教の言うとおりだ。まったくもって嘆かわしい。この会合は崇高なる使命に寄って導かれた憂国の士の集まりであり、金儲けの算段の場ではない。全く、不愉快だ。また、重ねて言わせてもらおう。ハイド卿は状況をうまく把握できていないらしい。卿らの銀行のイングランド支店の規模は相当なものだ。もし我々が失敗すれば、貴君らが協力したことは必ず喋る。そうなったら銀行が潰されるどころか、ネーデルラントへの輸出は全て凍結される。そうなったら毛織物が作れなくなる。卿らがそれでも構わないというのなら、いくらでも渋り給え」
「申し訳ありません。決してそのような意図があったわけではなく、ただただ、我が家の経済状況をお伝えしたまででして、、」
奥の方で煙管をくゆらせながら話を聞いていた小太りのハゲ男がニヤリと笑ってこう言ってきた。
「卿は商人だろう?」
「ええ、そうですが」
「商人ならばそのような言い訳が通用するわけないことぐらいわかっているだろう。全く。天下のアロンソ家も大したこと無いな!」
そういってカヴァーローネの大根役者が高らかに笑った。他の参加者は流石に笑うことはせず、パット=ウェストは口ひげを軽く震わせ、アーガイルに至っては全くの無表情だった。
しかし流石に頭にきた。このような人間に我が主君をバカにされる謂れはない。思わず拳を握りしめると、後ろからルカに背をそっと突かれた。
「今はこらえては如何です?今この場で全てを台無しにすることになりますよ」
なんとかこらえて、一呼吸置いて謝罪する。
「これ以上無い失言、誠に申し訳ございませんでした。」
「まあ。良いだろう。若さゆえの失言というものもある。今後は気をつけ給え」
パイエル子爵が口ひげをひねりながら言った。隣のロジナルドも片眼鏡を直しながらうなずき、大根役者はニチャアと音がしそうなほどのニヤケ笑いを浮かべている。
「卿の寛大さに感謝申し上げます。」
そのまま議題は計画案に戻った。会議はそのままロジナルドが慎重論を主張し、ヴィンセントのパイエルが強硬論を述べ続け、パット=ウェスト、アーガイル、大根役者が日和見を続けた。もっとも大根役者は内容を理解できていなかった可能性もあるが。
昼前に始まった会合が昼食も挟まずに夜まで達し、昼頃はまったくなかった沈黙が頻繁に場を支配するようになった頃、ようやっとアーガイルが口を開いた。
「諸卿の言うことはわかった。しかし、このまま議論を続けたところで結論は出ないだろう。この場合、最終判断は盟主たる私の役割であると心得る。しかし、すぐに結論を出すことはできない。そこでだ。今日はひとまず散会とし、明後日また会合を開きたい。如何だろうか」
最後の言葉はパット=ウェストに向けられたものだった。それを聞いたパイエルが血相を変えて立ち上がり叫んだ。
「なりません!もしこのまま終われば、計画が露見する可能性が高すぎます 。しかしここで計画を固め計画準備に入っていれば、露見したとしても全員が捕縛されることはございませぬ。しかし、いつまでも一箇所にとどまっていれば、」
「パイエル卿。盟主、いや次期国王のお言葉ですよ。従いなさい」
パイエルの言葉が最後まで紡がれることはなかった。他の皆もしぶるような表情をしていたが、次期国王という言葉を聞いた瞬間、一様に賛成の意を示し、その場はお開きとなった。
商人は神の視点で物を言う 深水輪廻 @hukamirinnne
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