第3話 ルイス・アトキン=ハイドの話②

茶会はパット=ウェストのこんな演説で始まった。


「諸君、イングランドはいま、大変な危機に見舞われている。わざわざ言わなくてもわかるだろう。後継者不足だ。三人の王子は上から、病弱、無能、好色と、王の器ではない。しかし、血筋の問題で連中のどれかが次の国王になってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。そこでだ、。我々国を思う憂国の士全員で協力して兵をあげ、アーガイル様を王位につけようではないか!」


言葉が途切れた瞬間、どよめきが起こった。どうやら下級貴族連中は何を目的とした会合かすら知らなかったようだ。賛同すべきか、反対すべきか、決めかねているようだ。

「儂は今でも近衛騎士団の半分を抑えている!それでもって王宮を抑え、救国の狼煙を上げてみせよう!」

パイエルのその一言で会場は全て賛同に向かった。

「おお、素晴らしい!!ならばこの志は成就が約束されたも同然だ!!我らの名前は救国の士として未来永劫歴史に名を残すだろう!!」

ロジナルドが点った火に油をぶちまけ、熱狂の火はより一層激しく燃え上がった。

下級貴族たちがアーガイルを王位にと繰り返し叫び始めたころ、ウェストが紙とペンを出してきて、連判状を作り始めた。

「さあ、諸君この誓いの書の署名血判を。これで持って父なる神に我らの覚悟を示すそうではないか!」

こえ、というより地鳴りのような感性が会場を揺るがし、貴族たちの興奮は最高潮に達した。


下級貴族が次々と連判状に名前を書き始めた。アーガイルが一歩後ろで腕を組み、会場を眺めている。ルイスは突然自分の鼓動が早くなるのを感じた。冷や汗も止まらない。熱狂する群衆。笑って眺める一人の男。群衆を扇動する僧侶。いくつもの記憶がフラッシュバックする。弧を描いて飛ぶ首。血に染まる床。赤く染まった視界。これは誰の記憶だ?僕の記憶じゃない。僕の記憶であるはずがない。僕は商人の生まれだ。貴族の生まれじゃない心臓の動悸が収まらない。顔が挙げられない。だめだ。心臓がもたない。退出しようか。だめだ。そんな事したら半年の準備が全部無意味になる。旦那様の期待もこれまでの功績も全部パーになる。でももうまともに立ってることもできない。

「旦那様?大丈夫ですか?」

ルカの声でいっきに現実に引き戻された。まだ心臓の鼓動は全力疾走のあとみたいに早いけど、息はまともにできるようになった。

「旦那様、大丈夫ですか?もし体調が優れないのなら医者を・・」

「必要ない。少し寒気がしただけだ。至って健康だ。」

「しかしお顔の色が。大理石並と見紛うほどです。健康には見えません」

そんな事はわかってる。けどもしここでやめたら、計画が失敗したら。パオロ様は速攻、僕を見捨てるだろう。暖炉に入れられた油紙が燃え尽きるより早く。僕はその恐怖に打ち勝つ事はできない。ここで無理をして死んだり、この悪事が原因で地獄に落ちるより、パオロ様に切られる方が怖いんだ。

「だからなんだ。僕は養子にもなってない。アロンソ家の中では底辺だ。一つの失敗だって許されないんだ。ここで辞めるわけには行かない」

ルカが純度100%の恐怖と、忠誠をミックスしたような表情でうなずいた。どうやら顔に出ていた恐怖を怒りと受け取ったらしい。

「わかりました。しかし、この案件が解決したあとは、しっかりと休養していただきます。」

そうできれば幸せだ。失敗したら間違いなく死ぬ。運が良くても一生牢獄生活だ。上手くいってもすぐに御老から新しい仕事を与えられたら行かなきゃいけない。つまり、多分休めない。けどそれをルカには言わない。言えない。無駄だし、何しろルカを困らせてしまう。それだけはしたくない。


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