最終話 僕の世界で、君は生きる
大勢のカメラマンに囲まれ、ステージには華やかな衣装を着た男性や女性の姿が見える。
皆、爽やかな笑顔だ。大勢のカメラによるフラッシュを炊かれていても、彼らは慣れているのか、華やかな笑顔だ。この日の祝いの席のため。
テレビ出演などが当たり前な彼らは、普段からそういった会見にも慣れているからだ。
後ろには大きく「星空の輝く花畑」というタイトルの映画製作会見という文字が掲げられていた。
カメラの前で、マイクを持ったリポーターがステージにいる彼らにマイクを向ける
「ミリオンセラーとなり、今回映画化が決定した『星空』について、今回は主演の方々と、監督にインタビューをしようと思います」
映画化決定の会見ということで、主演俳優と監督が壇上に出ていた。
俳優である美男美女はそういったインタビューに慣れていた口ぶりだ。
「まずは、主人公ミチヒロを演じる、武道陸也さんに、インタビューをしようと思います」
武道、と呼ばれた俳優は外形が爽やか系の美男子、まさに芸歴が長い俳優だ。
「僕もこの映画に抜擢された時、精一杯役をやらせてもらおうと思います」
笑顔でそう答える。
「では次に、ヒロイン・博美役を演じる村田みずほさんに」
そこには線の細い、美しい女性が答えていた。大物女優だ。
「原作の博美というこの人物は、清楚な人なので、それにあう演技をさせてもらおうと思います。まさに主人公ミチヒロを支える女性として、精一杯役を演じます」
その声も外見と同じように美しく、まさにプロの女優の声だった。
「次に、監督の原健太郎さんに声をいただこうと思います」
髭を生やした大柄でサングラスをした男性にマイクを向ける。
「大ヒット作品の映画として、完成度の高い作品に仕上げようと思います。なるべく、原作の素晴らしさを映像にしていきたいと思います」
俳優、監督、そして制作陣の挨拶が次々とカメラに映されていく。
そして、この席で一番の重要人物にもマイクが寄せられる。
「続いて、原作者の光山聖先生にインタビューをしようと思います。」
リポーターがそのステージの上のある人物にマイクを向ける。スーツを着こなした、まだ若い青年だ。
「光山先生いかがでしょう?」
俳優や監督のように、あまりテレビに出ることに慣れていないその人物は、照れながらもインタビューに答えた。
「素敵なスタッフとキャストに恵まれて、どんな映画に仕上がるか、今から楽しみです」
この映画の原作になる小説の作者はそう答える。小説家だ。
それもベストセラー作家である。
この小説家の名前は「光山聖」
その本名は「山峰清二」
あの時高校生だった清二は大人になり、プロの小説家になっていた。
あれから数年が経過していた。かつて高校生だった少年は、成人していて、立派な大人になっていた。
「光山聖」とは苗字の「山峰(やまみね)」を入れ替え、名前の清二の「せい」を「聖でひじり」と読み、本名からアレンジしたペンネームだ。
「光山先生はまだお若いんですね」
リポーターが清二についての前情報の資料を基に言った。
「光山聖 N大学文学部卒業。高校在学中に「ユートピアに明日を」でデビュー。
大学卒業後は数々のヒット作を生み出し、作品が続々メディアミックスを果たす」
清二は高校生で、小説家デビューを果たした。そのデビュー作はあの物語だった。
「夜のまま時間が止まったあの世界に朝日が昇って来た。明日がきた」という意味でそのタイトルをつけた。
清二はあの時完成した話を加筆修正し、それを新人賞に応募した。
その結果、清二の作品は厳しい選考を潜り抜け、受賞し、清二は高校生ながら本格的にプロデビューしたのだ。
ユートアスラントの未来を作る為にまともに書いた小説、それを完成させて賞に応募したことで、清二が小説家になりたいという夢を叶えることになったのだ。
清二、およい光山聖はインタビューに淡々と答える。
「光山先生の作品は、読み終わった後に幸福な気持ちになれると評判だそうですが、そういった話を書くようになった理由はなんですか?」
清二の作品は読み終わった後に、幸福な気分になれると評判だ。
読んだ者達が読後「感動した」と口々にし、読後の幸福に浸る。
そういった作品を大量に作り出した。それがまた多くのベストセラーに繋がる。
「まず世界観を作り、登場人物一人一人に人生やエピソードがあり、彼らが成長する未来を描きたいという気持ちからでしたね。その世界だけでも、登場人物数だけそのキャラクターにもそれぞれ一人一人の人生があり、彼らがどう成長して、どう変わっていくのか」
清二は小説を書く際に、そこを大事にしていた。
自分の作った物語の中の登場人物にもその話に出てくるまでの人生があり、彼らがどういった過去を乗り越えて成長していくか、そんな話をよく書く。
「僕にとっては、作品の中の登場人物も僕自身が生み出した、子供のような感覚なんですよ。
なので彼らが成長し、その幸福を自分でつかみ取るハッピーエンドのような話を書くことを意識がけています」
「そういったお話を書くようになったきっかけとかってあります」
「なんですかね……自分が書く世界ってなるべく作中での登場人物達にも人生があり、彼らをどう導いて成長させるかってことに重点を置いてますね」
「例えば、そういった発想はどこから出たのでしょう?」
「高校生の時にそんな夢を見たことがきっかけだったように思えますね。夢の中で自分が作った世界に飛び込んだ感じで、その中にも世界があるってのを実感したというか。まあ夢の中の話なんですけど。それ以来インスピレーションが沸いて」
こんな話をしても、人は信じないだろう。
所詮は夢の中の話など、現実味もない。ただ眠っている間に見ただけの話だ
「不思議な夢を見られたんですね。それで名作を生み出されるようになったんですね」
「夢の中の話なんですけど、それでも僕にとっては大事なことだったというわけですね」
物語の数だけそのストーリーの中の独自な世界がある。その物語の中の登場人物達にもエピソードはある。それを描くのが清二のこだわりだった。
高校生で見たあの夢の中の冒険。あの経験は、清二にとって本格的にもっとたくさんの物語を作りたいと思うきっかけだった。
自分が創り出そうとしていた世界があのユートアスラントだったのを見て、それ以降は、自分が作る世界は書く自分も幸せな気持ちであり、何より作中の登場人物達が幸せになる様子を描き、読者も読み終えた後に心に残る話を創りたい、そう思えたからだ。
「読者からも大きな期待を寄せられる光山聖先生の作品、今後の撮影が楽しみですね!」
そういったリポーターの台詞で会見がテレビカメラに映された。
外での仕事を終え、清二は自宅のマンションへと帰っていった。
「今日も疲れたな」
清二の自宅、そこはタワーマンションと言われる立派なマンションだった。
清二は高校卒業以降、実家を出て一人暮らしを始めた。
そして自分が書いた小説がどんどん大ヒットしたことで、多額の印税を得たことにより、一人暮らしには十分広すぎるマンションを購入したのだ。
それは小説の執筆にあたって必要な、資料になる大量の書物を置きたい、という理由からだった。
高校生の頃はインターネットや図書館の本で得ていた資料も、今となっては小説を書く時間が長くなった分、いつでも家に保管しておきたい、という理由によりどうしても広さのある自宅が必要だったのである。
「さて、帰ってきたばかりだけど、もうひと頑張りするか」
清二は入浴を済ませると、すぐに仕事部屋へこもった。
ここにあるパソコンでひたすら原稿を執筆する。
前に書いた小説が映画化決定のベストセラーになっても、小説家たるもの次々と新作を書き続けなければならない。これが清二の日常だ。
「ちょっと息抜きしよう」
執筆は夜中までかかり、時刻はもはや朝に近く、夜明けを迎えようとしていた。
清二は背筋を伸ばし、一旦休憩することにした。
こういう時はテラスに出て、空を眺める。朝になりかけた空は、東から太陽が顔を出し始めていた。夜明けだ。
それが清二にとってはあの世界で見た最後の空を思い出すようで、今でも懐かしい気持ちになる。
自分自身が作り出した世界である、あの夢、ユートアスラントの世界を。
「ユミラ、そっちの世界はどうだい?」
清二は時々ユミラのことを思い出す。
清二があの時に完成させた世界、ユートアスラントの物語、それがデビュー作だった。
かつては自分が初めて書こうとした小説。
新人賞に応募したところ、それが高評価を得てデビューに繋がった。
まさに清二が子供の頃に初めて書こうとしていた小説が、大きくなってそれを完成させたことにより、それが現在に繋がる大事な作品となった。
「こうなれたのも、ユミラのおかげだよな」
ユミラが最後に言っていた台詞。
『きっと、あなたが作った新しい世界で私達は幸せになる」
ユミラは清二の作った新しいユートアスラントの物語の世界で再びその登場人物として生まれるということだったのだろか、と考える。
ということは、ユートアスラントを舞台としたあの小説は、ユミラ達の未来が描かれているのだ。作中の中で、「ユミラ」という少女は絶望的な環境から幸せな結末を迎えるというストーリーだ。
ユミラは消滅したのではない、清二が完成させた小説の中で生きるのだ。
そのユミラの物語が、清二のデビュー作となり、多くの人々に読まれ、感動させた。
清二がユートアスラントの物語を執筆したことで、登場人物の一人である彼女は一生自分の小説の中で生きる。
それが出版され多くの人々の目に入るということは、ユミラの人生、あの世界の人々の記録は数多くの読者の心に残るのだ。ユミラは今も、清二の作った物語を読んだ人々の心に存在している。
清二は夜明けの空に語り掛けた。
「ユミラ、そっちの世界は幸せかい?」
もう話すことのできない相手とわかっていながら、時々そう語り掛ける。
彼女達の物語があったからこそ、清二は夢を叶えることができたのだ。
きっと彼女は、清二のデビュー作の世界の中で幸せに生きているのだろう。
ユミラが最後に見せた笑顔。
あの笑顔が忘れられない。
あれは夢の中であり、自分が作った世界の人物だったと。
「僕はうまくやってるよ。君のおかげで」
ユミラに伝えたいことだった。
こうやって名作を生み出せるようになったのも、登場人物について色々考えられるようになったのも、ユミラのおかげだ。
「これからも、いろんな話を創るから。きっとみんなが幸せな気持ちになれる話を」
最後に見た彼女の微笑み。これは清二にとっての作家になる大きな夢の思い出だった。
「さ、もうひと頑張りしよう」
清二は部屋に入り、仕事に戻った。
自分の作った世界の中で、登場人物の人生を作る、ストーリーで人物を動かす。
これが物語を作るということなのかもしれない。
それを書く仕事。これが、小説家というものか、と清二は思った。
了
僕の世界で、君は生きる 雪幡蒼 @yutomoru2
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