本当の位置

結騎 了

#365日ショートショート 343

「ごめんなさい。もう、死は間近です。不治の病なのです」

 SNSに投稿されたある文章が話題となった。死に直面した謎の人物の独白。どうやら彼(あるいは彼女)は、世界の不便を正してきたというのだ。

「皆さんは信じられないと思いますが、この世界には大きな不便がありました。それは太古の昔から。そういうものだと皆が分かっていても、理解には一手間を要します。それを減らし、人類を些細な雑念から救うために、我々の一族は役目を果たしてきました」

 ここにも、その投稿に熱中している人物がいた。相田夏美。メイクが趣味の17歳。自宅では、机に置いた鏡に向き合い、メイクを試しながらSNSを見るのが常だった。

「そんなこと、と思うかもしれません。でも、大きなことなのです。一族は私が最後。つまり、私が死ねば、この力は絶えます。我々が代々、押さえ込んできたあれが、本当の形に戻ってしまうのです」

 とはいえ、夏美も本気にはしていなかった。よく分からないオカルトの類。話半分にゴシップを楽しんでいたのだ。

「もう、ダメです。ナースコールは押しません。すみません、皆さん、不便になります。でも、それが本来の形なのです。どうか、頑張ってください……」

 それが8分前の投稿。鏡に映った右目、つまり左目にラインを引きながら、夏美はなんでもない鼻歌を歌っていた。しかし、瞬きをしたほんの一瞬。それはほんの一瞬だった。

 まつ毛が下にあった。

 鼻の穴が上に向いていた。

 左右だけでなく、上下まで反転した鏡を前に、夏美は目を見開いていた。あいた口は上にあった。

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