もし異世界に召喚されて勇者パーティーを追い出された主人公が、異世界の新聞社で社説を書くとしたら。
ゆーの
社説
あれはよく冷えた夜だった。会社帰り、いつものように家の近くで夕食を買った私は、家までの道をぼんやりと歩いていた。
気がついたときには、私は既に元いた世界にはいなかった。
中世風の城に、絵本の中のような赤いマントと王冠を載せた王。金属の鎧に身を包んだ兵士が、玉座へ続く赤い絨毯の両脇に並んでる。
あたりをじっと窺う者。混乱のあまり泣き叫ぶ者。怒りに身を任せ大声を上げる者。誰一人として、この状況を理解できてはいなかった。
国王が叫ぶ。お前らは勇者なのだ。魔王を倒し、世界を救うのだと。しかし、だれ一人として拒否するものはいなかった。仮に拒否したとしても、行く当てもないことくらい、頭では理解していたからだ。
それからは、地獄のような日々だった。ある日は鎖に繋がれ、人の何十倍もの魔力を注がれ、全身がマグマの中で焼かれるような苦しみの中絶え続けなければならなかった。またある日は、木の棒と皮の鎧だけで、四メートルを軽く超える巨大な化け物と戦わされた。一番酷かったのは、二日分の食糧だけで寒い雪山の中を一週間も行軍させられたことだ。猛吹雪に見舞われた私たちは、道中で一人を失った。そして、過酷な日々の中で三人が心を病み、我々の元を去った。
だが、そのような地獄の修行が全くもって意味がなかったわけではない。勇者パーティーきっての大魔法使い、大賢者ユリカは実に五回にも及ぶ魔力注入ののち、自然を廻るマナを自在に操れるようになった。聖者ノゾミは、転生の折に与えられた癒し手としてのスキルを何十倍にも発展させ、ついには死者の復活に成功した。また、元々強力なスキルを与えられていた勇者ヒロトは、試練を乗り越えて肉体的・精神的にも大成長を遂げたのは言うまでもない。
しかし、全員が一律に成長したわけではない。九月二十七日、夏の暑さが落ち着いてきたころ。私たちは初めて、七代魔族が一人、ウロボロスと戦った。王国の精鋭に加え、隣国の聖ハリストス教主国からも物的支援が行われた、大規模な戦闘だった。私たちは果敢に戦ったが、傷ひとつ付けることができなかった。嵐のような集中砲火が終わったあと、ウロボロスが軽く手を振っただけで、大隊一つが壊滅した。私は、惨状に震えるだけだった。
そして、気づいてしまった。何のスキルも持たない一般人は、強大な力を前にして盾にすらなり得ないということを。一撃で村一つが消し去り、大きな
私含め三人が、勇者パーティーを追われた。残ることができたのは、召喚後から既にスキルを持っていた四人だけだった。その後すみやかに、王国は彼ら四人を勇者として全土に喧伝した。混乱の中、人々は英雄を欲していたのだ。
その後私は一ヶ月半に及ぶ放浪生活ののち、とある新聞社に運良く拾ってもらった。そして今日、戦勝記念日に至るまで、ずっと記者の真似事をして食い繋いでいる。
国王は告げる。『戦争は終わり、平和が訪れた。そこに至るまでには、幾多の尊い犠牲があった。今日、この日を勝利の日とするだけでなく、平和への祈りの日としよう』。人々は、何も言わず、そっと手を合わせた。
今日という節目の日にこそ、祈りを捧げたい。
(タカオ=ヒロスギ、『サリエラ新報』社説より)
もし異世界に召喚されて勇者パーティーを追い出された主人公が、異世界の新聞社で社説を書くとしたら。 ゆーの @yu_no
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