⑮
触れたい。怜奈の心に。そして、俺がその不安な心を救ってやりたい。
そんな気分が無性に湧き起こってくる。
でも、これはきっと間違っている。俺はただ自己満足で、怜奈にとってのヒーローになろうとしているだけだ。ただ自分が気持ちよくなることを考えて、怜奈の心に土足で踏み入ろうとしているだけだ。
誰しも人の心には聖域がある。そしてそのドアは、決して他人が無理やり開けるべきものじゃない。あくまで自分自身から開けるべきものだ。
俺は怜奈を信頼しているし、たぶん怜奈も俺を信頼してくれている。なのに怜奈が俺に悩みを打ち明けないということは、それなりの理由があるということ、まだその時ではないということだ。
ならば俺がすべきことは、その時まで静かに待つということ、それ以外にはないのだ。 住宅街の十字路。俺と怜奈のいつもの分かれ道まで、いつの間にか来てしまっていた。
「じゃあな、怜奈。また明日」
俺はただいつものように怜奈に手を振る。そして、いつものように自宅のほうへ歩き出す。すると、
「待って」
怜奈が不意に俺を呼び止めた。
怜奈は十字路の街灯の下に立ったまま、やけに張り詰めた顔で俺を見つめていた。
そして、まるで声を失いでもしたように何度か口を開けたり閉じたりしてから、一度俯いて――再び俺を見つめた。何かと向き合う決心をしたような、毅然とした表情だった。
「今まで、ずっとありがとう。こんな私の傍にいてくれて……今も、何も訊かずにただ一緒にいてくれて……あなたのおかげで、私は生きていられてる」
「な、なんだよ、急に大げさに……」
「大げさなんかじゃない。私は本当にそう思ってる。だから、私、負けないから……。きっとあなたの傍に帰ってくるから。その時に、全部ちゃんと話すから……お願い、その時まで待っていて」
「お前……どこかに行っちまうのか?」
今、怜奈は嘘や冗談を言っているわけではない。そもそも、怜奈はそんなことを言ったりしない。
だから俺がハッとしてそう尋ねると、怜奈はこくりと小さく頷いた。そして、喉元まで出ている言葉を堪えるように、ぐっと唇を引き結んだ。
「……そうか、解った」
怜奈が今どんな事情を抱えているのか、俺には何も解らない。だが怜奈が『負けない』と言っているからには、そうなんだろう。俺が余計な心配をする必要はない。でも、
「もうしばらく会えないなら……ラインくらいは交換しておこうぜ。そうすれば、今度会う時の予定も立てやすいだろうしさ」
流石にちょっとは心配だ。たまに連絡ぐらいはして、怜奈に変な虫が寄りついていないかチェックしておかないとな。
怜奈は俺の言葉に少し驚いたような顔をして、それからふっと緊張の糸が切れたように微笑んだ。鞄から真っ赤なスマホケースをつけたスマホを取り出して、俺に向ける。
「そう言ってくれるの、ずっと待ってた……」
頬を朱くして、はにかむように微笑んで怜奈はそう言った。
「あ、ああ、ごめん……」
やっぱり怜奈は可愛い。俺には怜奈以外ありえない。思わずドキドキしながらラインの交換をして、
「よし、登録完了。これでいつでも――」
と携帯から顔を上げた直後、怜奈が抱きつくように俺に飛び込んできた。そして、ふわりと頬に柔らかく温かな感触。
「じゃあ、またね」
桃のような甘い匂いとコーンポタージュの匂いを残して、怜奈は俺と目も合わせずに自宅のほうへ走っていった。が、ふと足を止めて、こちらを振り返る。
「一つだけ……」
「ん?」
「私がどうして赤い物ばっかり身につけるのかって……訊いたよね?」
「ああ……」
「憶えてないのかもしれないけど……あなたが言ったからだよ。『お前は本当に赤が似合う』って……」
「え? そ、そんなこと言ったっけ?」
「言った……。小学一年生の時……」
「小学一年生……。相変わらず、よく憶えてんな……」
「う、うん……。そ、それだけっ!」
怜奈は朱い顔を隠すように前を向いて、今度こそ家のほうへ走っていく。
俺は呆然とその背中に小さく手を振って、温かな感触がまだ鮮明に残っている頬を押さえた。
「ああ、待ってるよ、怜奈。いつまでも……」
エンド6:再会の時まで。(True Happy End!)
怜奈と帰ろう! 茅原達也 @CHIHARAnarou
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