第4話 不老不死の仙薬を求めて

 部屋は、すっかり馬賊に取り囲まれていた。


 先ほどまで口論していた二人も事態を見て取ると、即座にアイマンは掛けていた椅子を蹴り、半月刀シャムシールを抜きはなつ。

 警護に立っていたアッドブも半月刀を構え、アイマンを背後にかばう位置へと油断なく移動した。


 一方、ルナイは腰から大きな太刀を下げてはいたが、剣の腕はさっぱりである。それでも身を守るため、やむなく剣を鞘から抜いた。

 部屋を照らす小提灯の灯りを反射し、長い両刃の直刀が氷のごとくきらめく。


 ホウッと馬賊の間から声にならない感嘆のため息がもれた。


 これで彼らの目的がはっきりした。

 チャムスが言うとおり、狙いはルナイが持つ蝦夷刀えみしとうである。彼らが宝刀とあがめる、この剣が狙われていた。

 馬賊は昼間に市場で目をつけたルナイの刀剣を奪い盗るため宴会棟ここを襲撃したのだ。


 だが部屋の中は狭く北面は壁でふさがれている。廊下の三方より迫っても一度に踏み込める人数はせいぜい三人。しかも賊は馬から降りてしまえば勢いに頼った攻めもできず、ただやみくもに剣を振り回すだけのに成りさがる。


 蛮刀を手にわめきながら斬り込んでくる賊を、アイマンとアッドブが振るう半月刀シャムシールが次々と迎えうちほふる。


 切れ味鋭いダマスカス鋼は、ならず者の体をいともたやすく切り刻んだ。

 馬賊のある者は腕を失い、ある者は喉を斬られ、またある者はぱっくりと腹を裂かれ、狭い部屋の中で血と肉の花を散らす。


 ルナイは斬り合いを戦いの専門家であるウマイヤ人らに任せ、自分は倒した宴席卓を楯としてその陰へ隠れた。馬賊らが求める蝦夷刀はお守りのようにしっかりと握りしめて離さない。


 卓に隠れたルナイの目に、床に倒れ伏したチャムスの遺体が映った。背の中央を賊の剣で刺し貫かれてできた、血で朱に染まる大きな穴が無惨である。


 部屋で繰り広げられている死闘のさなか、老人の遺骸を足蹴にされることがルナイにはいたたまれなかった。

 彼は剣こそ苦手だが、鍛冶で鍛えた腕力は人並はずれて強い。利き腕ではない左手でチャムス老のやせた腕をつかむと、するすると卓のこちら側へと引きずり寄せた。


 老人の体を卓の内側に引き込み終えたルナイは、卓の陰からそろそろと刀身を伸ばした。刃の表面を鏡として使い、卓の向こうの戦況を探ろうとしたのだ。


 銀色に輝く刃の表面に、剣を振るって戦う男たちの姿が写った。

 アイマンとアッドブの二名は、ますます勢いを増し鬼神の俊敏さで半月刀を振るう。一方、馬賊は数を半分まで減らしているものの一向に逃げ去る様子はない。

 それほど蝦夷刀が欲しいのか。それとも片手を失った頭目が退き際を見失ってヤケになっているのだろうか。


 ルナイはハッと息をのんだ。

 背後からにかかる鼻息を感じたのだ。

 あわてて後ろを振りかえる。

 

 そこにはルナイの後ろから刃の鏡をのぞき込む、チャムス老人の姿があった。


「老人!」

 浦泊の市場で初めてチャムスに会ったときと同じではないか。いつの間に背後へ回ったのだ? いやいや、それどころかチャムスは死んだはずではなかったのか。


「驚いたろ?」

 チャムス老は茶目っ気たっぷりに笑った。

 笑いながら手を伸ばし、ルナイが剣を握る右手首をつかむと、そのまま腕を導いて卓の陰から勢いよく突き上げる。


 チャムスが操った蝦夷刀の切っ先は、剣を振りかざして突進してきた片腕の頭目の胸を貫いた。と、同時に頭目の胴から下がドサリと落ちる。背後から一閃したアイマンのシャムシールが頭目の胴を両断したからだ。


 頭目の死にざまを見届けたチャムス老人はうそぶいた。

「これで貸し借りなしじゃて」


 ◇


 馬賊の襲撃をしのぎ殲滅した後、案内話者チャムス老人が皆に語って聞かせた話は驚くべきものである。


 チャムスこそ、不老不死の仙薬を求めて蓬莱へ渡った徐福その人であった。


 老人が語ることには、不老不死の仙薬は確かに存在した。しかし、誰にでも効果のある薬ではなく、多くの者がそのまま亡くなったという。


 例外的に不老不死を得たのが徐福、今のチャムスである。自分が建てた国が亡ぶと各国を放浪し言語と知識を蓄え、存在の目立たぬ案内話者となり身を潜め、現在に至ると。


「どうして言ってくださらなかった」

 怒っているのはアイマンならぬ、従者アッドブであった。むしろアイマンはアッドブをとりなす側に回っている。

「聞かれなかったからの」

 チャムスはとぼけて、そっぽを向く。


「何度も聞きましたぞ! 不老不死の仙薬などない、そうはっきり申されたはず」

「だからわしは『大和にはない』と言ったのじゃ。蝦夷の里、桃生ものうへ行くがよい。ルナイ殿が連れて行ってくれるじゃろう」

「まかせてくれ」、ルナイは胸を叩いた。


 アイマン皇子が従者アッドブに語りかける。

「故郷へ帰るにしても、二人だけの旅はあまりにも危険だ。そこで考えたのだが……」

「不老不死となれば、どれほど果てしなく長い旅路でも安心ということですね」

 アッドブがアイマンの言葉を引き取る。彼の決心も固まったようだ。


「チャムス老、いや徐福老。私らと一緒にいかがですか?」、アイマンがいざなう。

「わしは行かんよ。蓬莱ほうらいで大和朝廷とひと悶着あってな。今は追われる身じゃ」


 徐福が蓬莱で自分の理想郷を建国する際、同じ土地で勢力を広げていた大和朝廷との間でいさかいが起こったとしてもなんら不思議ではない。


 ◇


 徐福に見送られ渤海を発ったルナイら一行が、蝦夷に新しい刀剣技術をもたらしたのは、そのわずか半年後のことであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

渤海の刀工 ~理想の刀剣を求めて~ 柴田 恭太朗 @sofia_2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ