第三話   あとでたっぷり

 扉の外の誰かに何か告げ、三虎はこちらに来ようとしたが、すぐ、くるりと踵を返し、再度扉の外の誰かに短い話しをし、扉を閉めた。

 そして、てきぱきと壁の押し出し間戸まど(窓)のつっかえ棒を外し、古志加の近くの間戸まど一つを残し、次々にパタン、パタンと間戸まどを閉めた。

 あたりは薄暗くなる。

 古志加は間戸まどから差し込む小さめの陽光に、淡く照らされている。

 三虎が顔赤くこちらに歩いてくるのが良く見える……。

 古志加は、うっとりとした笑みで、両手を広げて恋しい人を迎える。


「さっさと済ませるぞ。声をたてるなよ。」


 とそっぽを向きながら言う三虎に、笑みを浮かべたまま、


「ひときわ優しくして下さい……。わらはいだくように……。」


 と古志加はおねだりをする。


「くっ……! おまえは……。

 まったく……!」


 と苦悩の表情を浮かべた三虎は、

 さっさと、手際よく、ひときわ優しく、まるで童を抱くように、さ寝してくれる。


(ああ……、いいんだよぉ……。)


 寝ワラのカサカサいう音も、あたしは好きだ。


 三虎は古志加の願いを全てきいてくれるというのに、あたしときたら、あまりに三虎が丁寧で良すぎるので、どうしても声が出てしまう。

 そして、三虎のものが、指と同じ大きさでなくて、本当に良かった、とうっとりしながら思う。


「コラァァァ!」


 あんまり声が出すぎるので、しまいには三虎に怒られた。


「す……、すみません。」


 えへへへへ……。




     *   *   *




 あたしは、多分まだわらは、十歳か十一歳の頃、夢を見たことがある。


 夜、卯団の衛士舎で。

 はなだ色の夜着を着た三虎があたしの隣に寝て、あたしに寄り添ってくれている。

 青い夜。

 あたりは青一色。

 静かな月……。

 いつの間にか、衛士舎には、あたしと三虎の二人きりになっていて、

 三虎は、上等の柔らかい木綿の夜着の胸に、あたしを優しく抱き寄せてくれる。

 ふわりと甘い、奥深い、天にたなびいていきそうな三虎の良い匂いがし、

 三虎はそっとあたしを包み込み、


古流波こるは、妻にしてやる。」


 と当たり前のことのように言う。


「これからも、ずっと一緒だ。」


 とささやいてくれる。あたしは、


「三虎……。」


 と名を呼び、三虎に身を擦り寄せる。

 嬉しいはずなのに、

 あたしはそれ以上、何も言えない。


「三虎……。」


 これは夢。

 ただの夢。

 うつつで、三虎がそう言ってくれるはずがない。

 夢の中なのに、あたしは悲しく、そのことが分かってる。

 こんな身寄りのない、おのこみたいな下人のわらはに、

 言ってくれるはずがない。

 なのに、


「古流波……。」


 と、三虎はすごく優しく、名を呼んでくれる。

 そんな夢だ。


(あたし、妹になったよ。

 あたし、三虎を愛子夫いとこせにしたよ。)


 心の中で、そう童の古流波に告げ、

 たまらず、涙を一粒、零してしまう。



     *   *   *



 ばつが悪そうな顔の三虎とは対照的に、

 古志加は輝くような笑みを、うっとりと浮かべ、衛士舎から出てきた。

 二人で並び立ってる所から、すごい量の色気がまわりに撒き散らされている。


(うわあ……。)


 本当、昼間からそんなことしちゃいけませんよ。

 凄まじい色気が二人から立ち昇り、なんだかまわりの空気を桃色に薄く染めている気がする。

 見ているだけで色気に当てられそうだ。

 と花麻呂が思っていると、


「あ、花麻呂だぁ。」


 と古志加が嬉しそうにこちらを見て、パッと駆け出してきた。


(あっ、やめて。そんな色気をき散らしながら……。)


 と花麻呂はおののき、一歩後ろに下がるが、古志加の足が早かった。

 あっという間に無造作に抱きつかれた。


「花麻呂、おめでとう!

 いもを妻にしたんだってね!」

「………!!」


(キャ────ッ!!)


 と花麻呂は心の中で悲鳴をあげ、返事どころではない。


「コラァァァ!!」


 三虎の怒声が響き、古志加はすぐがされた。




    *   *   *




「おまえは、あれだけしてやって、まだ満足してないのか?!」


 と三虎がぷんすか怒る。


「ええ……、そんなことないよ。」


 古志加は意外そうに言う。

 花麻呂は、とうとう遊浮島うかれうきしまから、恋しい妹を出し、己の妻にしたそうだ。

 もう、外に屋敷をかまえたらしい。


「あたしだって、花麻呂が妹を得て、嬉しかったんです。

 それぐらい、分かって下さい。」


 花麻呂はずっと、一人のおみなを、恋い慕っていた。

 思いが遂げられ、あたしは本当に嬉しい。

 そして声をひそめて、手を三虎の耳にあて、そっと耳打ちする。


「無理なお願いをきいてもらって、あたしは感謝してます。

 どれだけ満足したか、あとでたっぷり、お返ししますから、あたしにしてほしいことがあれば、言って下さい。

 何でも、します……。」


 そう言い、ふふ、と含み笑いをして三虎の耳から顔を離す。




     *   *   *




 古志加に何事かを耳打ちされた三虎は、怒りの表情が抜け落ち、呆然とし、ついで真っ赤になって口元をおさえた。無言。


(すげぇ……。照れてる。)


 何を言ったか知らないが、三虎にこんな顔をさせるなんて、やるな古志加。

 古志加は艶のある笑みを浮かべたまま、平然としている。


(ああオレ今、すげぇもん見てる……。)


 古志加は変わった。

 今の古志加を見て、戦場を駆け抜けた衛士であると思うヤツは、一人もいないだろう。

 愛子夫いとこせに愛されて、幸せなおみなの顔をしてる。


(良かったな。)


 と花麻呂がしみじみしてると、道の向こうから、


「おっ、古志加じゃねぇか!」


 と通りかかった布多未ふたみが声をかけてきた。


「兄上……。」

「おう。弟よ。」


 と三虎と布多未はごく簡単に挨拶をすませ、


「へえ。色っぽいな。」


 と古志加をしげしげと見た布多未は、弟のいもにぬけぬけと言ってのけた。


(そうだよね、布多未もこの二人の異様な色気、わかるよねっ!)


 と花麻呂は思う。


「来るか? 古志加。」


 と布多未はニヤリと笑い、両腕を広げた。

 そこまで堂々としていると、いやらしいを通り越し、むしろ清々しい。

 さっき古志加がオレに抱きついたの、見られたな、これは……。

 と花麻呂は思い、三虎が、させるか、と布多未を睨みつつ、古志加の腰に手をまわし、古志加をがっちり捕まえた。




     *   *   *




 三虎に思わぬ力で引き寄せられ、あれ? と思いつつ、古志加は布多未を見た。


「ううん。布多未には抱きつかない。」


 とはっきり言う。

 でも言いたいことならある。


「あたし、本当の愛子夫いとこせを見つけた。

 三虎だよ。

 あたし、おみなと生まれて良かった。」


 そうにやけながら布多未に告げると、


「そうか、良かったな。」


 と布多未も晴れ晴れとした、男らしい笑顔を見せてくれた。

 やっぱり、笑顔がちょっと三虎と似てる。

 それだけで、あたしは心臓しんのぞうが一つ、どくんと脈打ってしまう。


「じゃあな、幸せにな。たたら濃き日をや(良き日を)。」


 と、あっさり布多未は去っていった。


 月に照り映えるような、幸せな笑顔をあたしも浮かべられたら。


 そう思っていたけど、あたしが手に入れたのは、美しい微笑み、というより、壮絶なニヤケ顔だった。

 もうとにかく嬉しくて、えへへへ、と笑い、頬は緩みっぱなしだ。

 にへらにへらした顔は、美しさとは縁遠く、間抜けと言ったほうが近い。

 まさかこうなるとは、と思うが、これもあたしだ。

 三虎に愛されて、すごく幸せなのだから、これで良い、と思う。


「なんだ、今の?」


 と三虎が訝しんで言う。


「あとで……。」


 と古志加は言いかけ、あそこには花麻呂もいたんだった、と思い直す。


「あたしが前に湯殿で、布多未と花麻呂に助けられた時、おみなになんて生まれなければ良かった、って口にしたことがあるんです。

 布多未が、それは本当の愛子夫いとこせに会ったことがないからだ、って言ったんです。」


 そううつむいて答えると、花麻呂が、


「その言葉に古志加が大泣きで本当困りましたよ。」


 とため息まじりで、さっと口を挟んできた。


「花麻呂!」


 と古志加は責めるような声をあげるが、


「わ!」


 三虎に抱きすくめられた。


「いてやれなくてすまない。

 無事で本当に良かった。

 あと……、おまえがおみなで良かった。」


 三虎に熱く耳元で言われた。

 言葉が嬉しく、くすぐったい。

 胸が高鳴る。

 そして三虎が古志加の真正面に自分の顔をもってきた。

 じっと、気遣うように古志加を見る。


(あっ、この人、またあたしにくれようとしてる……!)


「あたしもう、充分ですから!

 もう三虎から、充分もらってますから!」


 もう癒えた傷だ。

 慌てて古志加は叫び、三虎はそっと腕をほどき、


「お腹いっぱいです! もうオレ行っていいですかあ!」


 と花麻呂が大声で叫んだ。








↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330661625220245

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