第三話 あとでたっぷり
扉の外の誰かに何か告げ、三虎はこちらに来ようとしたが、すぐ、くるりと踵を返し、再度扉の外の誰かに短い話しをし、扉を閉めた。
そして、てきぱきと壁の押し出し
あたりは薄暗くなる。
古志加は
三虎が顔赤くこちらに歩いてくるのが良く見える……。
古志加は、うっとりとした笑みで、両手を広げて恋しい人を迎える。
「さっさと済ませるぞ。声をたてるなよ。」
とそっぽを向きながら言う三虎に、笑みを浮かべたまま、
「ひときわ優しくして下さい……。
と古志加はおねだりをする。
「くっ……! おまえは……。
まったく……!」
と苦悩の表情を浮かべた三虎は、
さっさと、手際よく、ひときわ優しく、まるで童を抱くように、さ寝してくれる。
(ああ……、いいんだよぉ……。)
寝ワラのカサカサいう音も、あたしは好きだ。
三虎は古志加の願いを全てきいてくれるというのに、あたしときたら、あまりに三虎が丁寧で良すぎるので、どうしても声が出てしまう。
そして、三虎のものが、指と同じ大きさでなくて、本当に良かった、とうっとりしながら思う。
「コラァァァ!」
あんまり声が出すぎるので、しまいには三虎に怒られた。
「す……、すみません。」
えへへへへ……。
* * *
あたしは、多分まだ
夜、卯団の衛士舎で。
青い夜。
あたりは青一色。
静かな月……。
いつの間にか、衛士舎には、あたしと三虎の二人きりになっていて、
三虎は、上等の柔らかい木綿の夜着の胸に、あたしを優しく抱き寄せてくれる。
ふわりと甘い、奥深い、天にたなびいていきそうな三虎の良い匂いがし、
三虎はそっとあたしを包み込み、
「
と当たり前のことのように言う。
「これからも、ずっと一緒だ。」
と
「三虎……。」
と名を呼び、三虎に身を擦り寄せる。
嬉しいはずなのに、
あたしはそれ以上、何も言えない。
「三虎……。」
これは夢。
ただの夢。
夢の中なのに、あたしは悲しく、そのことが分かってる。
こんな身寄りのない、
言ってくれるはずがない。
なのに、
「古流波……。」
と、三虎はすごく優しく、名を呼んでくれる。
そんな夢だ。
(あたし、妹になったよ。
あたし、三虎を
心の中で、そう童の古流波に告げ、
たまらず、涙を一粒、零してしまう。
* * *
ばつが悪そうな顔の三虎とは対照的に、
古志加は輝くような笑みを、うっとりと浮かべ、衛士舎から出てきた。
二人で並び立ってる所から、すごい量の色気がまわりに撒き散らされている。
(うわあ……。)
本当、昼間からそんなことしちゃいけませんよ。
凄まじい色気が二人から立ち昇り、なんだかまわりの空気を桃色に薄く染めている気がする。
見ているだけで色気に当てられそうだ。
と花麻呂が思っていると、
「あ、花麻呂だぁ。」
と古志加が嬉しそうにこちらを見て、パッと駆け出してきた。
(あっ、やめて。そんな色気を
と花麻呂は
あっという間に無造作に抱きつかれた。
「花麻呂、おめでとう!
「………!!」
(キャ────ッ!!)
と花麻呂は心の中で悲鳴をあげ、返事どころではない。
「コラァァァ!!」
三虎の怒声が響き、古志加はすぐ
* * *
「おまえは、あれだけしてやって、まだ満足してないのか?!」
と三虎がぷんすか怒る。
「ええ……、そんなことないよ。」
古志加は意外そうに言う。
花麻呂は、とうとう
もう、外に屋敷をかまえたらしい。
「あたしだって、花麻呂が妹を得て、嬉しかったんです。
それぐらい、分かって下さい。」
花麻呂はずっと、一人の
思いが遂げられ、あたしは本当に嬉しい。
そして声をひそめて、手を三虎の耳にあて、そっと耳打ちする。
「無理なお願いをきいてもらって、あたしは感謝してます。
どれだけ満足したか、あとでたっぷり、お返ししますから、あたしにしてほしいことがあれば、言って下さい。
何でも、します……。」
そう言い、ふふ、と含み笑いをして三虎の耳から顔を離す。
* * *
古志加に何事かを耳打ちされた三虎は、怒りの表情が抜け落ち、呆然とし、ついで真っ赤になって口元をおさえた。無言。
(すげぇ……。照れてる。)
何を言ったか知らないが、三虎にこんな顔をさせるなんて、やるな古志加。
古志加は艶のある笑みを浮かべたまま、平然としている。
(ああオレ今、すげぇもん見てる……。)
古志加は変わった。
今の古志加を見て、戦場を駆け抜けた衛士であると思うヤツは、一人もいないだろう。
(良かったな。)
と花麻呂がしみじみしてると、道の向こうから、
「おっ、古志加じゃねぇか!」
と通りかかった
「兄上……。」
「おう。弟よ。」
と三虎と布多未はごく簡単に挨拶をすませ、
「へえ。色っぽいな。」
と古志加をしげしげと見た布多未は、弟の
(そうだよね、布多未もこの二人の異様な色気、わかるよねっ!)
と花麻呂は思う。
「来るか? 古志加。」
と布多未はニヤリと笑い、両腕を広げた。
そこまで堂々としていると、いやらしいを通り越し、むしろ清々しい。
さっき古志加がオレに抱きついたの、見られたな、これは……。
と花麻呂は思い、三虎が、させるか、と布多未を睨みつつ、古志加の腰に手をまわし、古志加をがっちり捕まえた。
* * *
三虎に思わぬ力で引き寄せられ、あれ? と思いつつ、古志加は布多未を見た。
「ううん。布多未には抱きつかない。」
とはっきり言う。
でも言いたいことならある。
「あたし、本当の
三虎だよ。
あたし、
そうにやけながら布多未に告げると、
「そうか、良かったな。」
と布多未も晴れ晴れとした、男らしい笑顔を見せてくれた。
やっぱり、笑顔がちょっと三虎と似てる。
それだけで、あたしは
「じゃあな、幸せにな。たたら濃き日をや(良き日を)。」
と、あっさり布多未は去っていった。
月に照り映えるような、幸せな笑顔をあたしも浮かべられたら。
そう思っていたけど、あたしが手に入れたのは、美しい微笑み、というより、壮絶なニヤケ顔だった。
もうとにかく嬉しくて、えへへへ、と笑い、頬は緩みっぱなしだ。
にへらにへらした顔は、美しさとは縁遠く、間抜けと言ったほうが近い。
まさかこうなるとは、と思うが、これもあたしだ。
三虎に愛されて、すごく幸せなのだから、これで良い、と思う。
「なんだ、今の?」
と三虎が訝しんで言う。
「あとで……。」
と古志加は言いかけ、あそこには花麻呂もいたんだった、と思い直す。
「あたしが前に湯殿で、布多未と花麻呂に助けられた時、
布多未が、それは本当の
そううつむいて答えると、花麻呂が、
「その言葉に古志加が大泣きで本当困りましたよ。」
とため息まじりで、さっと口を挟んできた。
「花麻呂!」
と古志加は責めるような声をあげるが、
「わ!」
三虎に抱きすくめられた。
「いてやれなくてすまない。
無事で本当に良かった。
あと……、おまえが
三虎に熱く耳元で言われた。
言葉が嬉しく、くすぐったい。
胸が高鳴る。
そして三虎が古志加の真正面に自分の顔をもってきた。
じっと、気遣うように古志加を見る。
(あっ、この人、またあたしにくれようとしてる……!)
「あたしもう、充分ですから!
もう三虎から、充分もらってますから!」
もう癒えた傷だ。
慌てて古志加は叫び、三虎はそっと腕をほどき、
「お腹いっぱいです! もうオレ行っていいですかあ!」
と花麻呂が大声で叫んだ。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330661625220245
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます