第二話  寝ワラをお願い

 夜、女官部屋で、


福益売ふくますめ、お願い、あたしと一緒に、新しい屋敷に住んで。

 あたしのはたらって形になっちゃうけど、あたし、福益売と離れたら、寂しい。

 あたしにとって、福益売は大事なお姉さんなの。

 大川さまの姿を見ることはできなくなっちゃうけど、お願い……。」


 とこんこんと古志加こじかは頼み込んだ。


「古志加、あたしも古志加が大好きよ。

 古志加の恋が叶って、嬉しく思ってる。

 でも、急なことだから、ちょっと、考えさせてくれる?」


 と福益売は言った。

 だが次の日の夜。


「古志加のくせっ毛は、あたしじゃなきゃ結えないわね。」


 と明るく、上毛野君かみつけののきみの屋敷を抜け、古志加の屋敷の働き女になることを了承してくれた。


「ありがとう! 嬉しい! 大好き……。」


 と古志加は福益売に抱きついた。

 そして、三虎にお願いした。

 福益売の母刀自ははとじを探して、本人が良ければ、新しい屋敷で福益売と一緒に暮らせるようにしてほしい、と。

 三虎は、


「わかった。」


 とあっさり言い、


川嶋かわしまと、老麻呂おゆまろも護衛につける。」


 と言った。


「川嶋と老麻呂? だって、老麻呂は……。」


 体が大柄で、寡黙な川嶋は、賊の矢傷がもとで、甲寅きのえとらの年(774年、4年前)に、卯団うのだんを去った。

 でも老麻呂は、今も卯団の少志しょうしだ。


「老麻呂は腰を痛めて、随分前から衛士を辞めることを荒弓に相談していたそうだ。

 別にこちらから辞めさせるわけじゃない。」


 と三虎は言った。


「そうなの……。わかった。」


 見知った顔に護衛してもらうのは嬉しい。


「まあ、卯団にいたヤツなら、もし変な気起こしたら、オレがどうするか、良く分かってるからなぁ……。」


 と三虎の目がギラリと光る。


「あはは……。考えすぎだよ。」


 と古志加はくすぐったく笑う。




     *   *   *




 午の刻。(午前11時〜午後1時)


 三虎と一緒に、あたしは桃色の衣を着て、卯団に顔を出す。


「わーい、皆───!」


 もう、三虎があたしをいもにしたことは、皆知っているが、こうやって並び立つ二人を見せるのは初めてだ。

 子供っぽいが、見せびらかすようで嬉しい。

 皆に抱きつこうとしたら、


「おまえはああ!」


 と襟首を三虎に掴まれて、三虎の隣に引き戻された。


「す……、すみません。」


 としおしおと古志加は謝る。

 皆は、そんな二人を見て、ははは……、と明るく笑う。




     *   *   *




 帰りに衛士舎えじしゃを通りかかる。

 古志加は、ハッと閃いた。


(寝ワラですると、どんなだろう?)


 今は、布団で寝る生活に慣れてしまっているが、清潔な寝ワラだって、充分寝るのに気持ち良い。

 郷のおみなは、寝ワラだ。

 母刀自だって、寝ワラだった。


「三虎、あたし久しぶりに衛士舎の中が見たいなぁ。」


 素知らぬ振りで三虎を誘いこむ。


「あん? 何もないだろうよ……。」


 と言いつつ、三虎は、しっかりあたしの願いを叶えてくれる。




     *   *   *




 衛士舎の中へ入る。

 誰もいない。

 当たり前だ。今月は夜番の月ではない。

 さっとあたりを見回した古志加が、いきなり三虎に抱きついてきた。


「おい。」


 昼間だぞ、やめないか、と言おうとして、三虎が言葉を紡ぐ前に、


「三虎、ここで今すぐさ寝して下さい。」


 と玲瓏なる笑みで古志加が三虎を誘った。


(嘘だろおおお!!)


「昼間!! 誰かに見られたら!」


 と三虎は顔を引きつらせ、拒否するが、


「あたし寝ワラでしてみたい。

 一度で良いんです。どうしても、してみたい。

 三虎が奈良に行っても、これで耐えられます。

 お願い。」


 と矢継ぎ早に、潤んだ目で古志加が言う。


(うわああああ!!)


 と三虎は心で絶叫し、体を震わせ、顔を真っ赤にし、だが、


「クソッ。」


 と吐き捨て、素早く扉に向かう。

 閉じてた扉を開け、ちょうど近くにいた花麻呂を呼び寄せる。


「なんです?」


 ときょとんとした顔の花麻呂に、


「しばらく、ここで、四半刻、誰も中に入らないよう見張っておけ。」


 と赤い顔のまま告げる。


「えっ……、ええっ……!!」


 三虎と古志加が一緒に卯団を訪れたことは、花麻呂も知ってる。

 花麻呂もみるみる顔を真っ赤にするが、かまわず、扉を閉める。




    *   *   *



(本気かよ。昼間だぞ。)


 命令は守る。衛士舎の扉を守り、花麻呂は汗をかく。

 刺激。これが刺激的というものか。

 今日、皆に言うべきか。

 言わざるべきか。

 二人はどうするのかな。

 寝ワラの……、東の方かな。西の方かな。中央の方かな。

 どこでいたすのでしょうか。

 それとも全部使うんでしょうか。


(どう言おう────?!)


 古志加の悲鳴が聞こえてきたら、どうしよう。


 ……ああそんな。こんなところで。こんな時間に。

 ああ、三虎、おやめ下さい。誰かぁ……。


 とか聞こえてきたら、オレはどうすれば……!


(うわああああ!! 古志加───ッ!)


 と妄想を逞しくしてると、またバタンと扉が開いた。

 ニョキッと三虎が顔をだし、


「オレじゃない。───古志加。」


 と顔赤く告げた。

 花麻呂は、あはは、と力が抜け、


「どうぞ、ごゆっくり。」


 と言うしかない。扉はすぐ閉まった。

 そして、花麻呂は思う。


 いやらしい、このタコ、は、おまえだ、古志加……!!








↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330661576436636

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