終章 あたしの愛子夫
第一話 夢を教えて
三虎が、
三虎は三日で見つけた。
その屋敷は、こじんまりとしているが、門があり、庭があり、井戸があり、
庭には柿の木が植わっている。
「大川さまは、また奈良へ行く。
一年に何日か、
待てるか。古志加。」
三虎は柿の木を見上げ、淡々と言う。
「はい。」
古志加は微笑んで答える。
寂しくないと言えば、嘘だ。
でも、あたしはもう、三虎の
なら、待てる。
「ふ。」
こちらを見た三虎の口元が優しく笑う。
「おいで。」
と三虎が両腕を広げた。
「うん。」
と迷わず、恋しい人の胸に飛び込む。
「
オレの
「はい。」
(……
と思うが、訊かない。
三虎はこう言ってくれている。
素直に、嬉しい。
* * *
古志加が顔を己の胸に擦り寄せてくるのを愛おしい、と思いつつ、三虎は言わなければいけないことを口にする。
「おまえに言っておくことがある。
オレは生まれた時から大川さまの従者だ。
オレは、大川さまが避けられない刃があれば、必ず盾となり死ぬ。
残されるおまえは辛いだろう。
オレが死んでも、大川さまを恨むな。」
古志加は、ばっ、と身体を離した。
きっ、と三虎の顔を見上げる。
「そんなこと分かってる!
もう始めからずっと、ずっと……。
あたしだって衛士だ。覚悟はある。
大川さまを恨んだりしない。
ただ、三虎をそんな目にあわせた奴は、必ず、黄泉に送ってやる!」
顔に怒気を閃かせながら、古志加が言う。
「期待している。」
三虎はふっと笑い、
「古志加……。」
名を呼び、頭に手をやり、古志加を抱きしめなおす。
(おまえは、良い
そして、良い衛士だ。
オレは、
だがもう、
* * *
「準備が整い次第、ここに住め。」
と三虎が言うので、古志加は
「
「古志加。衛士は夜番がある。
夜、二人きりで組を務めるのか。
おまえが良くても、組になった衛士の気持ちを考えろ。」
「……夜番だけ、ナシ、とか……。」
小さな声で古志加が言うと、
「おまえ、夜番だけやらないヤツを仲間と思えるか?」
とビシリと三虎が言った。
古志加は黙り込む。
一月ごとにまわってくる夜番は、辛い務めだ。
とくに、初日は頭が切り替わらず、体調を崩しやすい。
たしかに、夜番だけやらないなんて特別扱いのヤツ、嫌だ。
「……わかった。」
気持ちが果てしなく沈む。
三虎が腕をほどき、古志加の手をとり、
「ほら。」
と室内へ
庭へと続いた部屋は、一面に
もう、机、倚子、
「そこの
と三虎が言うので、和櫃の蓋を開けると、
「あっ……!」
見慣れた衛士の
でも、少し違う。
取り出し、さっと広げてみると、肩から胸にかけて。背中にも。紫のスミレの花がいくつも綺麗に刺繍されている。
「まったく行くなとまでは言ってない。
時々、遊びに行くぐらいなら、いいだろ。
その時は、これを着ろ。もうおまえはオレのものなんだから、一目で分かるように。」
三虎がちょっと唇をつきだして、照れたように言う。
「嬉しい! ありがとう!!」
古志加は
「よしよし。」
と三虎は古志加の背中をぽんぽんと叩く。
古志加は倚子に座って、部屋からの眺めを確かめてみる。
庭の柿の木が良く見える。
(あたしがここの女主人だなんて。
贅沢だ……。)
「
と三虎が言うので、
「あたし、
と即座に言うと、
「構わないが、本人にもう話したのか?」
と三虎があっさりと言う。
「まだ。話してみる。」
と古志加はため息をついた。
机に頬杖をつく。
本当に、まだ夢を見ているみたいだ。
長い長い夢……。
「三虎……。あたし、前に、夢を見たんです。
不思議な夢で、忘れられなくて。
三虎が奈良にいて、あたしは
あたしは羽衣をまとって、空を駆け、雲間から三虎を見つけました。
三虎は暗い黄緑色の衣で立ってて、あたしに……。」
そう言い、三虎を見る。
立ったままの三虎は、ぎょっとした顔をした。
* * *
三虎は思う。
暗い黄緑。それは
奈良で買い求め、奈良の屋敷に置いてある。
古志加は見てないはずだ……。
古志加は倚子を立ち、頬を赤く、三虎の前に立つ。
差し込む二月の陽光が、二人を優しく照らす。
どこからか、白梅の香りが柔らかく香る。
「三虎も、同じ夢を見ていた、なんてこと、ありませんか?
その夢では、三虎の方から、あたしに……。」
三虎はムッと不機嫌そうな顔になった。
「知らんな。夢にでてきた
と、さっと古志加の唇を盗んだ。
甘く柔らかい感触を楽しみ、唇を離したら、古志加が目を見開いて、
「えええっ!」
と間抜けな声をだした。
構わずさっさと庭の方へ降りる。
「ま……、待って、三虎。」
「ふん。」
夢で表れるなんて、どんな命の危機かと肝を冷やしたが、
そんなんで魂を飛ばしやがって!
「三虎。」
古志加が慌ててあとをついてくる。
手にはスミレの
三虎は右手を差し出してやる。
古志加の手をとり、
「帰るぞ。」
と
もう堂々と、古志加の手をひいて歩いて良い。
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