金縛り必勝法!

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

第1話

 一回目のときは休日だった。身体が動かないからそのまま二度寝した。何もない。怖くもなかった。以上。


 問題は二度目のときだ。平日だった。出勤しなければならない。


 当時、激務で身体がクタクタに疲れており、出勤も遅刻ギリギリまで寝ているのが常だった。


 起きるべき時刻で身体が動かせない。手足が全く動かせない。頭も動かせない。やれやれ、ピンチだ。


 目は動く。耳も動かせる(俺は自分の耳をピクピク動かせるのだ!)。ふむ。でも声は出せない。そうか。


 今回もべつに怖くはない。別に胸の上に誰かが座っているのが見えることもない。


 身体が動かず、声も出せない。ただそれだけだ。


 遅刻ギリギリの朝でこんな時間のロスを強いられてはたまらない。何とかしないと。


 身体が動かせないまま、目覚まし時計のチクタクという音は聴こえている。


 五分、十分と時は進んでいく。


 身体はまだ動かせない。まずいな。


 他の人の金縛りはわからないが、この金縛りは心霊現象とは思えない。なぜ金縛りになったかしばし思考する。


 結論。


 過労によって脳が疲れきってその機能の一部しか覚醒していない部分覚醒の状態だと判断。


 ではここからどう脳を覚醒させるか?


 声は出ないが口は動く。


 これだ!


 人体は血中酸素濃度が下がると危機を感じて脳にたくさん血液を送り届けようと頚動脈が拡張するようになっているのだ!


 呼吸の力だ!


 血液にのせて酸素を大量に脳に送って、いまだに覚醒していない脳の残りの部分を刺激して解放するのだ!


 俺はいったん息を吐ききったあと、口を一文字に結び、自分の限界まで呼吸を止めることにした。


 とりあえず、十秒、二十秒、三十秒と息を止めた。おそらく俺の顔は真っ赤のはずだ。


 苦しくなって身体がプルプル震えてる。心臓の鼓動もバクバクと激しくなった!


 限界だ!おそらく頚動脈の拡張はMAXだ!


 俺は呼吸を再開するぞおおお!


 ふるえるぞハート!


 刻むぞ血液のビート! 


 燃え尽きはしたくないけど。


 俺は深く息を吸い上げる!


 待望の酸素が俺の血液にのって、寝ぼけている脳を覚醒させるのだァァ!


パァーッ


 世界が眩しく感じられた。


 身体の方は・・・・・・動く、動くぞ!


 勝った!俺は金縛りを克服したぞ!


 最高にハイってやつだ、課〜長〜!











「さあ、急いで仕事に行かないと」


 俺は何事もなかったのように出勤した。











 ところが、問題が一つあった。


 俺が金縛りにあって動きが止められていた間、俺以外の時間は動き続けていたのだっ!





「お前、今日遅刻だな」


「すみません課長。でもこれにはやむを得ない事情があったのです」


「どうしたんだ、いったい?」


「それは、今朝、金縛りにあって動けなかったのです!」


「ふ、ふ、ふざけるなぁーーッ!」


 実に理不尽なことに、俺が事実を言ったにもかかわらず、その主張が認められることはなかった。


 おのれ、金縛りめ!


 金縛りによる攻撃は、幽波紋やら念やらの攻撃と同じく世間一般では認識されていないのか!


 金縛りの本当の恐ろしさはこれだったのか!


 俺は金縛りに敗北したのか・・・・・・


 俺の敗因は


 俺は課長を怒らせた。




 今回の件から皆が得るべき教訓は、二つだ。



 一つ、呼吸を止めてさっさと金縛りを解除すること。


 二つ、金縛りのせいで遅刻するようなことがあっても、けしてそのことを上司に言ってはいけないこと。



 さもないと、俺のように始末書を書かされるからな!わかったな!







 

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金縛り必勝法! 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori

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