生き残り陣取り合戦、1
こうして伊三郎や紅が平賀藩の学問所で学んでいる間にも、世間の情勢は目まぐるしく変化していた。
徳川家康が開いた江戸幕府が、長い歴史の中でその力を失い、戦いのなかった世の中が変わろうとしていた。
ペリーが来航し開国を迫られて、その要求を受けざるをえなかった幕府。
それに対抗する尊王攘夷派の動き。
平和な世が終わりを告げたのだ。
平賀藩の首脳陣は、外国との力の差を知り、平賀藩独自の改革を進めていた。
そのためには次の時代を担う若者たちへの教育が重要視され、紅たちが通う学問所は多くの者たちが通うようになっていた。
また勝之進や大吾など年長の者は、より専門的なことを学びだしていた。
だがそんなご時世など関係なく、学問所は今日も賑やかに子供の声が聞えている。
13歳になった紅は、男装の袴姿は変わらないが、長く伸びた髪を高い位置で結い上げ、白い肌に桃色の唇と大きな瞳で、学問所の中でも一際キラキラと輝いていた。
◇◇◇
この日、伊三郎はお城に呼ばれてしまい、裏山での『生き残り陣取り合戦』に参加することはできなかった。
年に一度、まだ夏の名残を残したこの時期名物の学問所の行事。
何より伊三郎自身が楽しみにしていたのに、「紅を頼む」そう言い残して今年は休むことに決めた。
だが、この時の判断をのちに伊三郎は張り裂けそうな思いで後悔することになる。
紅の班は、伊三郎と仲が良い陸、そして年下の
本当ならここに伊三郎が入って4人の班となるはずだったが、3人で挑むことになった。
ルールは至って簡単。
一つの山を巡って、より多くの旗を立てた者達が勝ち。他の者が立てた旗は抜いてきて良いというもの。
優勝候補と言われていた紅たちの班だが、既に先行きが怪しくなっている。
「陸。頂上まで行かなくても、陽太が見つかりにくいところを教えてくれよう」
「は?あの山は陽太だけが詳しい訳じゃねぇんだぞ」
「だが、頂上まで登れば日暮れには間に合わぬかもしれない。そうなれば失格じゃろう?」
「紅は足に自信がないのだろう。ならばおまえは棄権しろ。女には無理じゃ」
「私が棄権したら、この班も参加できぬではないか」
「だから女と一緒の班なんてイヤだったんだ」
「どうして陸はいつもそう……」
紅は女であることを疎ましがられることも多かった。
「まぁまぁお二人とも。これは体力だけが勝負ではありません。紅さん。陸さん。もっと仲良く行こうではないですか」
身分は低いが、その機転の速さを評価されて早い時期から学問所へ入った陽太。
彼は屈託のない笑顔で年上二人の争いをやめさせたが、
「はぁ。先が思いやられる」
洩らしてしまった独り言は、とても年下とは思えない程しっかりしていた。
「好きだ」と伝えるため俺たちは革命を起こした~ある弱小藩の明治維新~ anna @moca-cafe
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