後編 歴史は繰り返す

「……い、家はう、売りません……帰って下さい」


「んなこと言わねえで、早くここから立ち退けよ。

じゃねえと痛え目に遭うぞ?」


「へっへっへ。

お嬢ちゃん、子どもなのに良い体してんじゃねえか。

ちょっと俺と遊べよ」


家の玄関前で、少女はガラの悪い男たちに囲まれていた。

十代前半で金髪のその少女は、真っ青になっている。


「おまえたち! 何してる!」


そこに現れたのは、少女と同じぐらいの歳の子どもだった。

まだ声変わりも終わっていない甲高い声だった。


「おいガキ!

正義の味方ごっこはガキ同士でやれや。

じゃねえと怪我すんぞ?」


「おまえら、さっさと消えろ。

じゃないと、おまえらこそ怪我するぞ?」


男の一人が少年に向かってすごむが、少年はひるまない。

不敵な笑みを浮かべながら言い返す。


「あ゛あ゛!?

生意気なクソガキが!」


不愉快げに顔をゆがめた男は少年に殴り掛かる。


「なんだと!?」


様子を見ていた男が驚愕きょうがくの声を上げる。

殴り掛かった男の拳を片手で受け止め、少年は男の腹を殴った。

大して力を入れているようには見えなかった。

それなのに男の体は、二階の屋根ほどに打ち上げられた。


驚愕きょうがくで固まる男たちに少年は襲い掛かる。

いとも簡単に男たちはされてしまった。


地面に転がりうめき声を漏らす男たちを、少年は放り投げる。

十二、三歳ぐらいの少年だ。

そんな子どもなのに、屈強な男たちを片手で軽々と十メートルほど離れた場所に放り投げる。

投げ飛ばされた男たちは、少女の家の庭の外に転がった。


「おい」


地面に転がる男の髪をつかんで少年は話し掛ける。

髪をつかまれた男もその仲間の男も、得体の知れない力を持つ少年をおびえた目で見ている。


「おまえたち全員、今日中にこの街から出て行け。

明日もまだこの街にいるようなら全員殺す。

今おまえたちを殺さないのは、彼女が見てるからだ。

彼女のいないところじゃ容赦はしない。

仲間の額を見ろ。刻印が見えるだろ?

『追跡』の魔法を掛けておいた。

街にいたらすぐに分かるぞ?」


少年はそうすごみ、殺気を男たちに浴びせる。


この世界に生きているのだ。

男たちだって当然、魔獣に遭遇して命の危険を感じたことはある。

そんな彼らからしても、少年から感じられる恐怖は別格だった。


ゴブリンよりも、オークよりも、オーガよりも、少年はずっと恐ろしかった。

もしかしたら魔王よりも恐ろしい存在ではないのか。

そう思ってしまうほどの、圧倒的な恐怖だった。


真っ青を通り越して土気色に顔色を変えた男たちは、震える足で懸命に逃げた。

誤ってドラゴンの巣に入り込んでしまったような、そんな酷いあわてぶりだった。


「あの、助けてくれてありがとうございました」


立ち去る男たちに油断なく視線を向ける少年に少女が声を掛ける。


「ごめん。来るのが遅くなって。

後任にちょっと意趣返しされちゃって」


「え? 遅くなった? 後任?」


「あ、いや、何でもない。

その……初めまして……俺……ルドルフって言うんだ……。

……会えて嬉しいよ……本当に……本当に……嬉しい」


「ええっ!? あの、大丈夫ですか?」


少女は驚く。

愛おしそうに少女を見詰める少年が、挨拶の途中で涙をあふれさせたからだ。


必死に平静を装ってもこらえ切れなかったかのように、少年は涙をあふれさせる。

突然泣き出す初対面の少年に、少女は困ってしまう。


「そうだ!

パン食べます?

パン焼き過ぎちゃったんです。

食べてくれませんか?」


少女はそう言う。

少年を元気付けようと。


その言葉で、彼の涙が止まることはなかった。

逆効果だった。


「……全然……変わってないなあ……」


そうつぶやいた少年は、より一層、顔をくしゃくしゃにして泣き始める。


泣きながら少年は、少女には聞こえないような小さな声でつぶやく。

「今度こそおまえを守る。絶対に」

誰にも聞こえない小さなつぶやきで、少年は揺るぎない誓いを立てた。

魔王さえ容易くほふる絶大な力を、一人の少女のためだけに使うと、彼はそう心に決めた。

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「フハハハ。おまえの街を滅ぼしたのは我ら魔族ではない。女神だ」 復讐のため討伐した魔王はそう言って死んだ【ジャンル間違いではありません。ハッピーエンドの純愛物です】 新天新地 @aika-ika

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