中編 女神への復讐と意外な真実
依頼のために、しばらく街を離れていた。
数日ぶりに戻って来たら、街は見るも
◆◆◆◆◆
メアが死んだ。
魔獣の群れに街が襲われた。
ギデオンは、
街壁も、土を盛り上げた程度の簡単なものしかない。
魔獣の大群に襲われたら
種類の異なる魔獣が協調して行動するなんて、普通はあり得ない。
あるとしたら、魔族が魔獣を操ったときだけだ。
いくつかある種族のうち、魔族だけは魔獣を操ることことが出来る。
街が一つ滅んだことを切っ掛けに、人族と魔族の戦争が始まった。
俺も参戦した。
いつも最前線に志願した。
魔族を殺したくて
街が滅んでから戦い方が変わった。
それまでよりずっと深く、死地に踏み込むようになった。
これまでは、敵の刃から少し距離を取って、十分な安全マージンを確保して
今は、刃先が肌を
どす黒い復讐の炎は、俺を焼き続けている。
その痛みを緩和するには、死線に踏み込み魔族を殺すしかなかった。
戦争が始まって二年ほど経った頃、俺は女神から祝福を受けて勇者になった。
飛躍的に強くなり、更に多くの魔族を殺せるようになった。
俺は取り憑かれたように魔族を殺し続けた。
死に際の魔王から、街を滅ぼした黒幕は女神だと教えられた。
◆◆◆◆◆◆
俺は今、神が住まう地ガムウラプサの前にいる。
目の前には虹色に輝く穴が宙に浮いている。
ガムウラプサは普通の方法では
条件を満たし、次元の扉を開くことでようやく
この虹色に輝く穴が、次元の扉だ。
この扉の先には、女神ノルーンがいる。
虹色の穴の先は、地面が雲で出来てる奇妙な世界だった。
空は澄み渡り雲の大地どこまでも広く、遠くには山があり川も流れている。
少し歩くと、屋根だけの建物があった。
屋根の下には巨大な水晶玉があり、水晶玉の近くに女が一人いた。
「女神ノルーン!!」
声にも力が入ってしまう。
興奮を禁じ得なかった。
魔王討伐後、この女を殺すためだけに俺は準備と努力を重ねて来た。
その苦労が、ようやく報われようとしている。
「なぜだ!
なぜギデオンの街を滅ぼした!」
「ふふふふふ。
私に勝てたら教えて上げるわ」
その笑い声が、俺を
気が付いたら、女神の手には剣があった。
どこから取り出したのか分からない。
女神は剣を構える。
……強い。
相手は神だ。
莫大な魔力を持っていても、恐ろしい
だが、この女神はそれだけではない。
構えに
俺が構えを少し変化させ女神の隙を作ろうとしても、女神は見事にそれに対応する。
実践に裏打ちされた確かな技術だ。
「あら? 来ないのかしら?」
覚悟を決める。
元々、勝つ見込みの薄い無謀な戦いだ。
最初から全力で、捨て身で戦ってやろうじゃないか!
女神に向かって全力で踏み込む。
「なに!?」
俺の初手は、心臓を狙った突きだった。
女神なら、十分対応出来る一手だった。
剣を受ける際に生まれる隙を素早く見つけ、二手目にそこを狙うはずだった。
だが女神は、避けも防ぎもしなかった。
俺の剣は、女神の胸に突き刺さっていた。
「おめでとう。あなたの勝ちよ」
そう言って女神は笑う。
嘘みたいに、晴れやかな笑顔だった。
「なぜ避けなかった!?
おまえなら
「慌てなくてもちゃんと説明するわよ。
こう見えても神よ。
心臓を刺されたって、死ぬまでにはかなり時間があるの。
ゆっくり説明するぐらい問題なく出来るわ」
剣で貫かれながらも女神は笑う。
「まず、この世界の成り立ちから説明するわね。
詳しくはそのうち分かると思うけど、この世界には人族が必要なのよ。
弱くて、自分勝手で、考えなしで、放っとくとすぐ自滅しちゃう生物だけどね。
それでも、この世界には人族が必要なのよ。
人族が一定数あそこで生きてれば、神々の世界を含めた世界全体も問題なく命を育むことが出来るの。
あなたたちにとっての植物みたいなものね。
大地に植物があるからこそ、人は呼吸のための酸素を得ることができるでしょ?」
「酸素? 何だそれは?」
「すぐに分かるわ。
とにかく、一定数の人族がこの世界には必要なの。
それで神々は、人族を絶滅させないためのシステムを作ったわ。
あそこにある大きな水晶玉がそれね」
「何の話をしてる? システム?」
「ええ。私はシステムと呼んでるわ。
人族が滅亡の危機に陥ったとき、いつも勇者が現れて人族を救ってるでしょ?
あれはね、幸運でも神の加護でもないの。
システムが人族を救っているの」
「何を言ってる?
魔族を倒すために、おまえは俺に勇者の加護を授けたんじゃないのか?」
「私は、加護なんて与えてないわよ。
たまにあなたみたいな人がいるのよ。
人間離れした力を持ってるけど、自分の力は人間の枠内のものだと思い込んじゃってて、本来の力を発揮出来ない人が。
そういう人は、神託で『加護を授ける』って言うだけで本来の力を発揮できるようになることが多いの。
あなたはそれよ。
私が与えた力じゃなくて、自己暗示でリミッターを外しただけなの」
「なんだと!?」
「話を戻すわね。
人族の危機を察知すると、システムはその解決手順も計算するわ。
システムが計算した解決手順の一環が、あなたの村を滅ぼすことだったわけ。
村を滅ぼされたあなたは文字通り死に物狂いで強くなって、私の神託を聞いて潜在能力を覚醒させた。
そして、命の危険を顧みずに単身で魔王領に入って、
システムの計算通りね」
「システムというのはよく分からない。
要するに、俺に魔王を殺させるためにギデオンの街を滅ぼしたのか?」
「そうよ。
そのために魔物を操ってあの街を滅ぼしたの。
可哀想だとは思うけど、間違ったことをしたとは思っていないわ。
だって、あなたが魔王を倒さなかったら、人族は絶滅まで追い込まれるもの。
人族の絶滅とあなたの村の全滅。
どちらを取るかなんて、決まりきったことでしょ?
人族が絶滅する頃には、あなたの村だって滅んでるしね」
「それなら!
それなら、なぜ魔王討伐をしろと一言伝えてくれなかった!?
おまえはここに居ながら魔物を操れるし、神託だって下せる!
一言俺に伝えるぐらい、簡単に出来ただろう!
そうすれば、街を滅ぼす必要なんて無いじゃないか!」
「それじゃ駄目なのよ。
人族は滅びるわ」
「なぜだ!
俺に魔王討伐を命じれば、同じことだろう!?」
「私が覚醒させたのは、あなたの潜在的な力よ。
私が授けたものじゃないの。
しっかり実力を伸ばさないと、潜在的な実力も魔王討伐には至らないものになっちゃうの。
魔王を倒せるほどの実力を付けるには、命懸けで実力を付ける必要があるの」
「だったら、命懸けで実力を上げろって言えば良いだけじゃないか!」
「駄目よ。
強い思いがないと、人は命懸けで戦ったりしないの。
あなただってそうでしょ?
もし街が滅ぼされてなかったら、十分な安全マージンを取って戦うことばっかりだったんじゃない?」
「うっ……せ、世界の危機だって教えてくれたら、頑張ったはずだ!」
「無理ね。
街が滅びなかったら、あなたはメアって子と結婚して子どもが生まれていたわ。
幼い子を抱えた妻を置いて、あなたは一人魔王領に向かうことができる?
何年も家に帰って来られない、それどころか生きて帰れるかも分からない旅になるのに。
もしあなたが死んだら、メアは幼い子を抱えた未亡人よ。
生活は、かなり苦しいものになるわね」
「そ……それは……」
「断言するわ。無理よ。
あなたは、家族を犠牲にしてまで世界の危機に立ち向かったりはしないの。
家族がいたら、あなたは勇者にはなれないのよ。
あのとき魔王を倒せる可能性があるのはあなただけ。
あなたが駄目なら人族が滅びちゃって、この星と繋がる世界も滅びちゃうのよ」
「……」
「いいこと?
勇者っていうのはね。
家族を
自分よりも世界よりも大切な家族がいる時点で、もう勇者失格なのよ」
「た、確かにそれは……そうかもしれないが……」
相変わらず胸に剣が刺さったままの女神はごぷりと血を吐く。
「そろそろね。
ようやく死ねるわ」
「……死にたかったのか?」
「そうね。死にたかったわ。
でも、神は基本的に不死身なの。
システムが死ぬことを許してくれないの」
「さっきおまえは、死ぬまでには時間があると言ったな。
あれは嘘だったのか?」
「死ぬ方法は一つだけあるわ。
後任の神が見つかったときよ」
「……まさか」
「正解。
次はあなたがこの世界の神よ。
頑張ってね、後輩君」
口から血を流しながらも女神はころころと笑う。
「ようやく終わったわ。
神になってから四千年ぐらいかな。
長かったー」
「神になる前、おまえは何をしていたんだ?」
「あなたと同じね。勇者よ」
勇者だったのか。
熟練の戦士のような剣の扱いは、それが理由か。
「私も前任の神に家族を殺されて、一矢報いようと思ってここに来たの。
これが私の家族よ」
女神は既に剣を手放している。
何も持っていない女神の手に一枚の絵が現れた。
「今どうやって?」
「ああ。『アイテムボックス』っていう魔法よ。
時間だけはたくさんあったからね。
色んな魔法を研究したのよ」
「なんだこれは!?
まるで景色をそのまま切り取ったかのような絵だ!」
「これは『遠隔カメラ』って言う魔法で作った絵よ。
時空を隔てた風景を画像として記録することが出来るの」
絵には、三人が描かれていた。
女神と、その夫と思われる男と、五歳にも満たないような子どもだった。
三人とも、幸せそうに笑っていた。
「さて。そろそろ引き継ぎ作業も終わりね。
もうすぐあなたとシステムがリンクするから、そしたらシステムの使い方も分かるようになるわ」
「システムというのは誰が作ったんだ?
おまえではないなら、前任の神か?」
「実はね。
私たちにも神がいるの。
あ、私たちにも神がいるってことは、人間には教えられないことよ。
これから神になるあなただから教えるの」
「なぜ教えられないんだ?」
「地上の人間みたいな醜い考えの下等生物じゃ、私たちの神について考えることさえ不敬なのよ。
私みたいな人間からの成り上がりじゃない、本当の神はね。
森羅万象全てを知覚する存在なの。
この星全体の人間の考えを同時に把握しているの。
「俺に教えて、なぜ問題ないんだ?
俺だって人間だ。
汚い考えの生き物なんじゃないのか?」
「ここに来るまでに、あなたはたくさんのものを捨ててるでしょ?
勇者なら爵位だって簡単に貰えるのに、貰ってない。
勇者の名声があるんだから、街にいればみんなからちやほやして貰えるのに、あなたは私を倒すために山籠もりの特訓なんてしてる。
それだけ強ければ冒険者として大金も稼げるのに、それも諦めてる。
女だって
地位も、名誉も、金も、女も、あなたは全部捨ててここに来たのよ。
つまりね。
あなたは、他の人よりずっと欲が少ない綺麗な心を持ってるのよ。
だからこそ神になる資格があるし、そんなあなただからここに来られたのよ」
「それで、システムというのは、おまえたちの神が作ったのか?」
「それは、分からないわ。
人の上に神がいて、神の上にはまた神がいる。
じゃあ、その上にまた神がいてもおかしくないんじゃない?
その神から見たら私たちは汚い思考の下等生物で、存在を知ることさえ不敬ってことも十分あり得ると思わない?」
もう立っていられないのだろう。
女神は、崩れるように座り込む。
「……そもそも、システムはこの世界を存続させるためのものよ。
作ったこと自体に罪はないわ。
だから、復讐はここまでにしておきなさい。
それがあなたのためよ」
「……後任を俺にするつもりのようだが、俺が神の役割を放棄したらどうするつもりだ?」
「放棄はしないでしょ?
放棄するってことは、人族を絶滅させてこの星を滅ぼすってことだもん。
助けられる命を見殺しにするなんて、あなたには無理でしょ?
システムはそう計算したわよ」
……そうかもしれない。
だが気分が悪い
全てが、誰かの手のひらの上のようだ。
「後輩君に、大事なこと教えて上げるわ。
人から成り上がった神が死んだら、もう一度人の世界にその魂が戻って
どこで生まれるか、誰と結婚してどんな子が生まれるか、システムで全部制御できるわ」
座り続けられず横になった女神は、そう言って笑う。
剣は刺さったままなので横向きに寝ている。
「まさか、死にたかったというのはそれが理由か?」
「そうよ。
ようやく家族の元に帰れるわ。
長かった。
記憶の中の家族の顔がね。
だんだん
忘れたくなくて、必死で『遠隔カメラ』の魔法を作ったの。
でも、そんな苦しい思いも、もうお
もう一度あの人と出会えて、もう一度あの子を抱くことが出来るわ」
女神は笑う。
とてもこれから死ぬとは思えない、希望に満ち
「……そうそう。
大事なことを……教えて上げるわ。
システムには裏コマンドが……あってね。
それを使えば……今持ってる記憶や力を……そのままに転生出来るわよ。
千年以上掛けて……ようやく見付けたの
いつか人に戻るときは……それを使ってみてね。
最初から勇者の力があったら……きっと楽しい人生になると……思うわ」
『遠隔カメラ』の魔法など、それ以外にも色々なことを女神は教えてくれた。
そのお節介な女神は、もう息絶えている。
とても安らかで、嬉しそうな死に顔だった。
◆◆◆◆◆
あれから千四百年経った。
今、俺は神をしている。
女神の言ったことは本当だった。
この世界の存続には、一定数の人族が不可欠だ。
システムとリンクして初めて理解出来た。
システムの管理を放棄して、俺より上位の神々に打撃を与えることも最初は考えた。
だがすぐに、その選択肢は存在しないことが分かった。
メアの魂も、この世界で
それを壊すなんて、絶対にあり得ない。
結局俺には、システムの計算通りに動く以外の道がなかった。
面白くはないが、仕方ない。
女神は、人族の女として転生した。
システムは人の
彼女が出会う運命の男性は彼女の夫だった人で、彼女が産む最初の子どもは彼女の子だった人だ。
魂の巡り合わせを、女神はそう調整していた。
後任の俺でさえその運命を覆せないほどに、何重もの仕掛けが施されていた。
さすが、四千年も神をやっていただけはある。
執念深く念入りに調整されている。
彼女は、前世の記憶を持って転生した。
俺のことも覚えてる。
結婚したときと子どもが生まれたとき、神託で「おめでとう」と伝えた。
それからサービスで祝福の光を降らせてやった。
「ありがとう。頑張ってるね後輩君、じゃなくて運命神アラン様」
と笑顔で言われた。
この地で見た笑顔とは違う、幸せに満ち
ちなみに、神が交代したことは神託によって地上に伝えている。
システムの管理を始めて分かったのだが、この世界は相当不安定だ。
ちょっと気を抜くと、すぐに人族が絶滅寸前になってしまう。
たとえば、誰かが大量破壊兵器の基礎技術を発見するだけで、もう数百年後には滅んでしまう。
だから俺は、人族が致命的な技術を発明しないように、そのアイディアを思い付く直前でくしゃみをさせたりしている。
それらは全部、システムが計算してくれる。
そんなわけで、俺の転生条件を整えるのも大変だ。
ほんの少しイレギュラーな要素を入れると、その影響が広範囲に波及してしまう。
あと二百年もあれば、ノルーンのように後任さえ手を加えられないほどガチガチに条件を整えた転生も可能なんだがな。
残念ながら、まだ後任がいたずら出来てしまう程度のものしか出来てない。
そんなことを考えながら、いつものようにシステムを操作する。
すると次元の扉が開く。
入って来た女は俺を見ると血相を変え、
「運命神アラン!!!
おまえか!?
おまえが、私の家族を殺したのか!?」
「フフフ。俺に勝ったら教えてやろう」
思わず笑みが零れてしまう。
ようやく、ようやく待ち望んだ人が来てくれた。
そう言えば、女神もこの地に入って来た俺を見て笑ってたな。
千四百年待った今なら、あのときの彼女の気持ちも理解できる。
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