ラストシーン
秋色
ラストシーン
友達が小さな劇団を立ち上げていて、公演の度、そのセットを頼まれる。デザインの専門学校を出ている事を見込まれて。
今度の舞台は、ラストに夕日のセットを頼まれた。
正直、楽だと思った。綺麗な、郷愁を誘うオレンジ色を出せばいいってだけの話。
ところが何度仮のセットを運んでも、座長の友人や脚本担当にダメ出しされる。
夕日の発想がステレオタイプと言われる。オリジナリティがないって。
いや、夕日にオリジナリティとか言われても、夕日にバリエーションなんてあるだろうか。
原作の海外小説をざっと読んで世界感を掴もうとしたが、無理だった。行方不明の娘を長年、探し続け、最後にもうずっと昔に亡くなっていた事を知るというヘビーな話。特殊な話過ぎて、登場人物達の気持ちに共感できない。
主人公はラストで、夕焼けの空を窓越しに見上げ、人生の再スタートを切る事を誓う。でもその時にはすでに中年をとっくに過ぎてしまっているのだ。若い僕にそんな心境が分かるわけもなく……。
夕焼けなら何度も見た、今回の仕事のために。夕日が綺麗に見える駅の硝子張りがあると聞けば、そこでずっと座り続け、燃えるような夕焼けを見つめた。
もういいやって思って、劇場を見に来た。小劇場、中劇場、大劇場、全て揃った施設は、有名俳優の揃った巨編からささやかな地方の劇団の公演にまで対応しているのが売りだ。もちろん友人の舞台は小劇場だ。それでもこの建物の一隅で夕日を演出するのかと思うと、夕日の概念自体が分からなくなる。
考えるのをやめ、コーヒーでも飲もう。何か食べて、胃を満たそう。
あまり流行ってなさそうな
僕の隣の席を見て、一瞬眼を疑った。
女優だ。と言っても、往年の名女優といった感じで、最近ではテレビでも見る事はほとんとない人だ。もちろん、家族と離れ、一人暮らしをしている今、テレビ番組自体をほとんど見ないせいもある。
考えてみればここで俳優、女優を見るのは不思議でも何でもない。複合型の劇場のすぐ近くの飲食店なんだから。舞台に出演中の役者が利用する事はよくあるのだろう。
でもその女優さんは若い頃には華やかで、上品で、自分達とは違う世界に住んでいるように思えたものだ。それがこういう
テレビでは元プロ野球選手の涙の会見が映し出されている。泣いたりするんだ、と、思った。
ランチセットのフライを食べながらテレビを見るともなく、見ていた。あれは高校卒業してプロの世界に入った頃、天才肌のバッターと言われた選手だ。その選手生活の多くを怪我に悩まされるという悲運の選手だったが。バッターボックスに入った時の真っ直ぐに見据える目つきが子どもの頃、好きだった。
隣の席では、女優さんがマネージャーらしき人と揉めている。どうやら、かつての人気も低迷している今、あまり仕事を選べなくて、気乗りしない仕事を引き受けなくてはならないみたいだ。
「ある程度は妥協しないとね。グレイス化粧品の通販番組はかなり収入が見込めるし、年齢にもあったお仕事かと」
「私は女優をやり通すわ」
「でも今のように、一般受けしない作品で地方の小劇場を回るのはちょっと……そのご年齢では、これからはさらに大変になりますよ。色々あったんだし、もっと楽な仕事を引き受けた方が……」
僕は思い出した。そうだ。この女優さんは、結構前に付き人だか誰だかにお金をゴッソリ持ち逃げされた事が報道された人だ。
「大変でも、本当に芝居を楽しみに来てくれる人の前で、女優を続けたいの。もう人生の終盤だから」
「それなら好きな道を選んだらいいですよ。もう進言しませんから」
マネージャーは少しムッとしたように言うと、席を立った。残された女優さんはそのまま席に座り、優雅にティーカップを指で弄んでいる。マネージャーに挨拶した時、そのきっとした表情が美しいと思った。
そうだ、テレビの中のあの野球選手の現役時代、バッターボックスに立った時の表情に似ている。彼は選手時代、無表情で、MVPに選ばれても、皆の祝福の声にすげなく対応していたっけ。そんな所は割と好きだった。不器用な自分に似ている気がして。
でも今、その涙は美しかった。
隣の席の女優さんが席を立った。テーブルを去ろうとした時、こちらを見て、少し微笑んだ気がした。
何かを決断した美しい笑顔だった。
その時、唐突に、どうして夕日が美しいのか、リアルに自分の中で理解できた気がした。そして僕の中にムクムクと夕日のセットのアイデアが浮かんできた。とびきり美しいラストシーンの夕日の。
〈Fin〉
ラストシーン 秋色 @autumn-hue
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