氷と砂と鉄の世界【短編一話完結】

星進次

短編1話

氷と砂と鉄の谷


この世界には、鉄の壁と砂の壁と鉄の足場しかない。


鉄と砂の壁はどこまでも果てしなく上と下に伸びていて、その端を探しに登って行ったものは帰ってこない。

その理由は物凄い雪を含む突風。

氷と呼ばれる鋭く尖ったそれは、突風に押され刃と化して登るものを下へと落とし命を奪う。

砂の壁は砂と言うほど柔らかくはない。

土の壁だけど突風で崩れて砂になって下へ落ちていく。

世界はずっと暗闇だ。

たまに明るくなることがある。

世界は下に行くほど狭くなり、上に行くほど広くなる。

居住区に残る数冊の本によると、谷とかクレバスとか言うそうだ。

他の本は暖を取る為に燃やされたらしい。



谷には向こう岸に渡るための鉄の足場が見渡せる範囲に数十本は見える。

この世界が暗闇でなければ、もっと見つかるかもしれない。

谷を渡る鉄の足場の生えている根元から上下左右に伸びる鉄の壁は、氷と化している。


明るくなる時だけ、氷は水になり、人類は砂の壁まで行くことができる。

対岸まで距離20km幅1kmの鉄の足場を滑らないように匍匐前進をしながら渡る。

常に突風の吹き荒れる中、一度でも滑ってしまうと、谷底まで飛ばされてしまう。

中央付近に来ると、身体が流されてしまうので、よりへばりつく。

ピッケルだけが命を繋ぐもの。

ゆっくりと、だが、急いで渡る。


土の壁にたどり着くと、そこに生える植物と土を取る。

土は大量にあれば、居住区で植物を育てるために使えるからだ。

だが、光合成の行えないこの世界では、居住区で育てるのは難しい。


鉄の壁まで戻る。

鉄の足場は至る所が壊れている。

氷がその表面を覆い、上の方に見える足場には氷柱が大量に付いていて、時折落ちてくる。

氷柱に当たり、時には足を滑らせて何人もの人が死んだ。

土の壁の方で暗闇を迎えると、身体が氷すぐに死んでしまう。

だから、急いで戻らないといけない。

だが、光が差している時間はわずかな時間しかない。


いつから、このような生活が行われているのかは知らない。

人間は鉄の壁の中に居住区を作り、その中で生活をしている。

鉄の足場の中は空洞になっていて、至る所に穴があり、足を滑らせれば無限に続く下へ落ちていく。


上の氷の降る足場を通らなくても、中を通ればと思われるかもしれないが、中は全て氷、さらに崩れやすく穴だらけ。

表面の方がマシである。


ただ噂では、他の鉄の足場では向こうまで届いている所もあるようだが、土を持ち帰えることはできても、植物は存在しないらしい。

植物は外で取れる唯一の食料やはり光と土がないと育たないようだ。


今日も僅かながらの植物を手に入れ、鉄の壁の中に入る。

あまり外にいると、壁の入り口が凍って入れなくなる。


曲がりくねった入り口を抜けて扉を押す。

ただ広いだけの空間に俺たちは住んでいる。

昔は何十万人と人がいたらしい。

だが、世界が壁になり、多くの人が飛び降りて死んでいった。

食糧が無くなっていくにつれて、人を殺す人も出てきたらしい。


生まれた時からよく知っていた友人が今日死んだ。

戻ってくる途中に足場の氷が一部割れ内部に飛ばされ、そのまま反対側から世界の終わりへと飛んでいき、途中、下の方にある鉄の足場に身体を打ちつけられ、腕が吹き飛ぶ光景が最後だった。


もうここには何もない。

同じ生き死にの毎日を繰り返す理由がない。


俺は提案した。

誰か、上へ一緒に登ってくれる人はいないか!?

このままだといずれ餓死してしまう。

先人が残した固形食料はない。

外壁を尖った靴とピッケルで登っていくことを提案する。


誰も一緒に行ってくれる人はいなかった。

それはそうだ。

みんな毎日上から人が降ってきて、足場に打ちつけられて死ぬのを見ているから。


誰の賛同も得られないまま。

一人で鉄の壁を登っていくことにした。




壁は氷が何層にもなって張り付いている。

氷に刺すしかない、そんな壁を延々と登り続けていく。


時折鉄の足場の崩れた物を見つける。

いつまでもあそこにいたら、いずれ食料がなくなるのは明白だった。

そう言い聞かせながら、登る力を強めていく。


終わりの見えない鉄の壁。

鉄の足場で休憩を繰り返しながら、打ちつけられた死体に祈りを捧げながら、確実に登っていく。


1週間ほど繰り返した時、足が滑った。

手に持ったピッケルが、氷を削りながら、世界の果てへと落ちていく。



風に押され自分の身体が加速していく。

落ちながら、今まで見てきた鉄の足場を避ける。

ぶつかれば今までの死体のように、バラバラになるだろう。


人の身体は鉄に吸い寄せられる。

ピッケルがいつまでも、落ちる速度を殺しながら、氷の壁を削っていく。

砂の壁の方なら、スピードは落ちることがないだろう。

あちらでは身体が飛ばされやすいからだ。

そんなことを考えながら、今まで落ちていった仲間達を思い出した。

この世界の果てで彼らに会えるだろうか?


何日落ちたのか?


やがて、暗闇の世界の果てまで落ちた時、下から光が見えた。

そしてやがて下は横になり、身体は氷壁の上を滑り続けた。

徐々に速度が落ちていく。

風で押されて、滑っていた身体が風がなくなり、ただ氷の上を滑るだけになった。

そのうち、氷の壁(地面)はなくなり、土の上で止まっていた。


初めて見る光の世界。

何色と表現したら良いのか知らない世界と後ろを振り向くと、その手前までに見える砂の世界。

が、上にある。

身体がヤケに重い。

今までいたところでは、風が少ない時は空を飛べる気がするほど軽かったのに。


やがて吸い寄せられるかのように、歩いた先に四角い建物があった。


彼方にあの自分のいたであろう世界が見えた。



---------エピローグ---------

ゴーンという音と共にそれは空へ飛びたっていった。

3700kmにも及ぶ巨大な土の壁の世界。

鉄でできた世界を引きちぎりながら、宙に浮いていく。

かつての仲間達は一緒に巻き上げられただろうか?


この世界の果てまで来て、谷の人類以外から教えてもらい知ったことがある。

自分達は地球という星に生きていること、

その昔、地球に一つの星がゆっくりと近づいてきて、人が築いた文明の塔と呼ばれる鉄の足場数億本に突き刺さり停止したこと。

その影響により、世界は寒くなった為、多くの文明が滅んだこと。

この土地(世界)の人類は、空を上と呼び地面を下と呼ぶこと。



それらを知ったからといって、俺の人生に変わりはない。

少しくらい曇っているが、あの暗闇に比べたら明るい。

今日は気持ちの良い雨が降りそうだ。


↓↓↓↓↓


紀元前約45億5000万年前

世界には高度な文明があった。

鉄でできた天にも届く巨大なバベルの塔をいくつも建てた。

天より、ゆっくりと一つの星が地球に衝突しそうになった。

その星は幾千ものバベルの塔に刺さり、塔を折り、中にはその原型を留めたまま、二つの星を繋ぐように形成された。


地球と星の間には僅かな隙間しかなく、その間をビルとビルの間を通るように風が抜ける。

その風が人を吹き飛ばすのは容易かった。


地球と砂の星の間は互いの重力が干渉し合い、砂の星側に無重力状態が起こるバランスを保っていた。

間を通る風は、完全に遮断した太陽光を受けることなく、雨の日には氷の刃として吹き抜けていき、僅かに地球側の重力に引き寄せられ降り積もり氷の大地を形成していた。


そこでかろうじて生きていたビルの地下街では、人々は生活圏を形成していくが、上下は無重力を含め、風の来る方を上、飛ばされる方を下と教えていた。


地球の遠心力により、ゆっくりと引き離された星は、軌道上を自転しながら距離を少しずつ離していく。

ビルの刺さった穴が星には無数に開いていた。



後の世界ではこう語られるだろう。


かつて地球に近かった星があり、ゆっくりとその距離を離していった。

鉄の街を持っていった部分は、なんらかの文明があったような風化した痕跡があると。

地球には惑星規模の衝突によって起こった氷河期と呼ばれる時代があったと。

かつての文明が滅んだ理由が分からないと。

その星には、謎の穴が無数ありクレーターと呼ばれるだろう。


そしてその星は、月と呼ばれる。

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