十三話


「なあ、婆さん。ちょっくら金貸してくれや……」


「頼むぜえ。俺たちさあ、無一文でこの辺境の地まで飛ばされて困ってんのよ」


「そうそう。少しくらいだったらいいだろ? なあ、おい!」


 マグヌス村の待合室にて、壁の向こう側から流れてきたという罪人たち三人が、厳めしい表情で老婆――受付嬢のステイシア――に詰め寄っていた。


「はあ? あたしゃねえ、耳が遠くてよく聞こえないんだよ。だから、もう一度声を大きくして言っとくれよ?」


「「「とっとと金を寄越せってんだよ、クソババア!」」」


「おや、なんだって? こいつら……人様に向かってクソババアとはなんだい。そこまで言ったからには、覚悟はできてるんだろうねえ?」


「「「あっ……?」」」


「おととい来な、こんのろくでなしどもがっ!」


「「「ぬぁっ……!?」」」


 ステイシアの両手から発生した猛烈な風によって、ならず者たちは高々と吹き飛ばされ、例の高い壁に激突する。


 その一部始終を陰から見守っていたシェイドが駆け寄ってくる。


「ステイシアさん、やりますねえ。まさか、元魔法使いだったなんて……」


「いやぁー、シェイドさん、こうして変な連中を懲らしめることができたのも、あんたのバフのおかげだよ」


「いやいや、バフがあれだけ効いたのは、ステイシアさんの元々の魔法力が強いからですよ」


「うふふ。そう言われると照れるねえ。魔法使いとして暴れ回っていた若かりし頃を思い出すようだよ。今夜一杯どうだい? 奢ってやるからさ」


「うーん、ありがたいんですけど、今日はちょっと難しいかな」


「……そりゃ残念だ。シェイドはモテすぎて忙しいみたいだねえ」


 ステイシアが呆れ顔で言う通り、シェイドは大勢の村人を待たせているという状態だった。


 というのも、あれからシェイドが村で『バフ屋』を経営することになったからだ。


 一時的ではあるものの、バフによって肌がピカピカになったりスピードやパワーが格段に上昇するというのもあって、村人たちから引っ張りだこになっていたのだ。


 こういう展開になったのも、彼から以前スピードアップのバフを受けたシルルが、それがあまりにも快適だと周囲に広めたことがきっかけであった。


 それもあって、村おこしの意味でもとシェイドが経営を始めたらまたたく間に人気になったというわけだった。


「シェイドのバフすげー!」


「俺も早く試してみたいぜ!」


「あたしも!」


「こらこらぁ、みんなちゃんと並んでくださいよっ! ズルはダメですからねぇー!」


 シェイドの隣で村人たちに声をかけるのがその張本人であるシルルで、客の中にはいかにも不服そうに頬を膨らませるリリンの姿もあった。


「ちょっと、シルル! 待ちくたびれたので、わたくしだけ特別に早くしてくださらない? そもそも元王女であるこのわたくしに並ばせるなんて、不敬すぎますわよ!?」


「リリン、そんな我儘言ったらメーですよ!? あなたは私の後輩のシスターにすぎません!」


「ム、ムキーッ! つべこべいわず、さっさとわたくしにシェイドを寄越しなさい!」


「ダーメ! シェイドは私だけのものです! あっ……」


 しまったという顔で赤面するシルルだったが、まもなくはっとする。ついさっきまで側にいたはずのシェイドの姿が消えてしまったからだ。




「――き、君は、なんでこんなことを……?」


 村の一角にある人気のない墓地にて、自身を連れ去った人物をシェイドが怪訝そうに見つめる。


「……ど、どうも、急いでいたので申し訳ない。貴殿も知っているとは思うが、自分はクレアという者で……」


 うつむき加減に自己紹介するクレアに対し、シェイドは内心では戦々恐々だった。


(……確か、クレアって僕の弟子だったんだよね? ってことは、僕がシャドウだってことがとうとうバレちゃったのかな……)


「シェ、シェイドとやら……」


「う、うん……」


「貴殿は、あのシャドウ様の弟子では……!?」


「へっ……?」


「雰囲気もあの方に似ておられるし、ここにシャドウ様が来られるという噂もまことしやかに流れていたゆえ、その一番弟子が来たとなれば、それも納得できるかと……」


「じゃ、じゃあそういうことに」


「や、やはり! 貴殿は只者ではないと前々から思っていたのだっ……! ど、どうか、よろしく頼む! 自分もあの方の弟子だったので実に感慨深い!」


「ど、どうもよろしく……」


 クレアに感激した様子で握手を求められ、シェイドが苦笑しながらも応じる。


(嘘ついちゃったけど、まあいっか。本当に【英雄】のシャドウだって告白したら騒ぎになっちゃうかもしれないしね……)


「ところで、シェイド殿。例の噂についてはご存知だろうか?」


「例の噂?」


「壁の向こう側では、【英雄】たちの実力が本当は大したことがないのではないかと話題になっているとか」


「えっ……。なんでそんなことに?」


「それが、国の北部で隣国との小競り合いがあり、その先頭に立った【英雄】の一人グレンデの放った弓矢がことごとく外れて赤っ恥をかいた模様で、雪崩的にオルダン、ルミーナ、バラムに疑惑の目が向けられ、やつらは未だに汚名を払拭できていない状態だそうで」


「そうなんだ……」


「そのことで【英雄】たちは無様にも民衆から笑い者にされ、やつらを重宝してシャドウ様を追放した王も、それを聞いて寝込んでおられるとのこと。正直、あの方の弟子としては、ざまあとしか言いようがないのだが……」


「あははっ、確かにね……」


 シェイドは笑いつつ、それを聞いて多少は溜飲が下がる思いだった。


(そんな酷い有様なら、いずれ困ったグレンデたちがバフ屋の噂を聞きつけてお忍びで村にやってきそうだね。よーし、そのときは盛大に歓迎してやらないと。僕たちの本当の戦いはこれから始まるってやつだね……)

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影が薄いからと辺境に飛ばされた【英雄】のバフ使い、村の修道院で人助けしながらゆっくり暮らします 名無し @nanasi774

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