ベルーナ伯爵領の魔術師マリウスは、特産品の酒の醸造や魔物の駆除など、多忙すぎる日々を送っていた。それにもかかわらず、周囲から虐げられるマリウス。
それはマリウスが自らの能力をひけらかしたためでもあったが、彼が反省して態度を改めても状況は良くならない。ついには、重傷を負わされて追放されてしまう。
あなたがもし、ハッピーエンドを求めているのならば、この物語はそうではない。
ただ、マリウスが散々な目に遭って終わりかと言えば、そういうことでもない。
世界は、〇〇エンド、という簡単なレッテルで片付くものではない。そんなことを思わせる作品です。
これは非道な仕打ちをした者へ復讐する物語である。
読者は、あたかも残酷なショーの観客のように無慈悲な物語を鑑賞する。
人が昔からそうしてきたように、人の苦しみを愉しむ。
本作には、およそ無駄がない。
各話それぞれが、この物語の有り様を明確に示している。
文中には常に破滅の予兆がある。
この物語のなかに良いことなど起こり得ない。読んでいてそう思うはずだ。
主人公に仇をなしたものは逸れることなく、破滅への順路を辿る。
それは清々しいほどに明快。
なんの瑕疵もない玲瓏な宝玉のような物語。ただしその色は、黒い。
特筆すべきは無残な復讐を受ける者たちだけでなく、物語の主人公である魔術師マリウスもまた善人ではないこと。
彼の復讐には、爽快感も達成感もない。
本作は昏い復讐を見事なほどに描き切った嗜虐嗜好の精華である。
ただし。
この毒華を愉しめるのは、昏い愉悦の嗜みのある者だけである。