第52話 水難事故
昨日の出来事があったから当面は4限の学外実習はないかとも思ったが、そんなことはないようだ。
今日もまた校庭に集められていた。
ただ、念のために配られる人型が1人につき防御札5枚、結界札5枚追加されていた。
もしものことがあっても時間を稼ぐための算段だろう。
「集まっているな」
壇上には新浪が立っている。
彼女が追加の人型を作ったのだろうか。その目の下にはうっすらと隈が見て取れた。人型を一人当たり10枚追加、単純計算で約1400枚作る作業だ。
とんでもなく根気と霊力と時間が必要だろう。
それでも彼女はけろっとした顔で立っていた。労力を考えると末恐ろしい。
「知っての通り、昨日は妖に遭遇したものたちが多数いた。だが、恐れることはない。けがを負ったものいたが、幸い命に別状はなくひと月ほどで復帰できる」
少し疲れの感じられる声色だが、凛と良く通る声が響く。
その知らせにほっと胸をなでおろす1年たち。
(よかった)
柚月も例外ではないが、やはり負傷者と同じ班だった者達ほど安堵感が強いようで並んでいた列からぐすっと言う音が上がる。
ちらりとそちらを見れば侘助と同じ班だと思われる女の子が涙をこらえていた。
(彼女は確か同じクラスの
噂では彼女を庇った上級生が重傷を負ったと言われていた。
きっとその噂は本当なのだろう。
目一杯に水を溜めた彼女はそれでも真っ直ぐに新浪を見つめていた。
(強いな、あの子)
自分のせいでと自責の念に捕らわれたり、襲われたときの恐怖心に捕らわれることはよくある話だ。
けれども彼女はしっかりと前を向いていた。
(覚えておこう)
柚月は心の中で彼女に賛辞を贈ったのだった。
◇
今日柚月達の班は討伐の日だ。
渡された資料によると、毎年夏になると水難事故が起こるとされているとある河川敷での討伐だ。
噂では夕方、子供たちが遊んでいると急に水嵩が増えて流されてしまい溺れるという事故が起こるとされ、去年は数件そういった事故が起こっているという。
そして、運良く助かった子の話では、浅瀬で遊んでいたら何かに足を掴まれて引きずり込まれたというのだ。
不気味な話に管理をしている業者から討伐依頼が来たのだ。
夏になったら遊びに来るものもいるだろうから、その前に何とかしてほしいということだろう。
「じゃあ今からその河川敷に降りるけど、二人一組で動くのを忘れないように」
日花が指示を出している。
二人一組というのは、もしも隠に足を掴まれてももう一人いれば引きずり込まれるまでに時間がかかるので助けに行ける様にということだ。
その横では土屋が石に札を張り付けていた。
少し尖った石5つに札を張り終えた彼はそれを撒くように投げる。
転がっていく石。
(何だろう?)
なんとなく気になって様子を見ていると、転がり終わった石が宙に浮いた。
(!)
石は皆を囲むように五角形に浮くと、黄色い光で繋がった。
それは五芒星のような形で、恐らく結界なのだろう。石はくるくると回りながら形を保っている。
「結界OK」
「了解。じゃあ皆、この線からなるべく出ないように。出るときは必ず二人以上で固まっていてね」
今回は河川敷という開けた場所で、隠れられるところがないからだろう。
決まった休憩スペースの確保のために結界を張ったようで、土屋の結界は決められた場所から動かすことはできないようだ。
各々調査しつつ逃げ込める場所も確保しておくのは、対隠の戦いでは定石らしい。
調査が始まった。
柚月はクラスメイトの中井と組んで何か痕跡がないか探していた。
時刻はまだ逢魔が時を迎える前なので大丈夫だとは思うが、念には念を入れて防御札を常に手に持っている。
中井は
自分は土属性なのでタイプバランス的にはよい相手である。
同じ属性の者で固まるより違う属性同士で組んだ方が攻撃のバラエティーや隠の種類にも幅広く対応できるのだ。
柚月達は河川敷の中州までやってきた。
時間や天候によってできるその場は、子供たちが遊ぶにはもってこいの場所だった。
この場で遊んでいて、気が付いたら水嵩が増して対岸まで戻れなくなるということもうなずける。
それだけなら単なる事故と言われてもおかしくはないだろう。
だが、子供の証言がある。
確かに足を引っ張られて引きずり込まれたと。
ならばどこかに隠の
彼らはそれを探していた。
例えば初めに溺れた者の靴や衣服、もっと言えば骨など。
見つけられずにずっと水底に沈んでいるということもある。
最も、沈んでいるのなら今は見つけられないということになるのだが、証言者は浅瀬で引っ張られたと言っているのだから、浅瀬にそれがあると考えるのが筋だろう。
「皆一度集合!」
日花の声がする。
もうそろそろ誰そ彼時だ。
隠が出現するなら頃合いだろう。
一度集まって手掛かりがなかったか、意見をすり合わせることになった。
彼は誰時のかくれ隠 香散見 羽弥 @724kazami
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