第51話 だから、笑う

 



「はい、じゃあホームルーム始めるぞ」


 朝一番より軽くなった空気の中、竹ノ内の軽快な声が響く。


「お前らも知っての通り、昨日フィールドワーク中の10班の内3班が妖と遭遇した」


 話している内容は重いものであるのに関わらず、その空気は軽かった。


「そのうち2班がうちのクラスだ。が、うちからはけが人が出なった。お前ら~よくやったな。褒めて遣わす」



 未だにニヤついた表情の竹ノ内だったが、不思議なことに褒められると元気が出てくる。

 というか最後のやつはいったい何目線なのだろうか。


「悪大臣かてめぇ」

「にやついてんな」

「当たり前よ」


 などといった声が上がる。


「はい~今てめぇって言った奴挙手。掃除当番な」


 竹ノ内はさして気にした様子もない。



「まあおふざけはここまでにして、お前ら、昨日のことで変に緊張したり、気にしたりしてないだろうな?」

「「「いや、するだろ」」」


 クラスが一つになった瞬間だった。

 それに刺激されたのか、彼は一人で笑いこけている。

 いい加減にしないとまた新浪が怒りに来るぞ。



「ああ? ンなことお前らが気にしたところでなんも変わんねーよ」

「え?」


 彼はひとしきり笑い終えると小さく息を吐いてそういう。


「いいか、お前ら。俺たちは追儺師ついなしだ。すべての隠と戦う者だ。そしてお前たちはその卵。心配しなくても俺がお前らをどんな隠にもひるまないような一人前の追儺師にしてやる」


 竹ノ内は教卓に両手を置き真っ直ぐに前を向く。

 その目には先ほどまでのニヤけなどなく、真摯な眼差しであった。

 教室がその言葉に飲み込まれシンと静まり返り、続く言葉を待つ。



「隠が何でできているのか、もうわかっただろ。人の負の感情だ。それにはお前らが隠に抱いた恐怖も含まれる。だから俺たちは恐れちゃいけねえ。恐怖を飼いならさねえと、隠に呑まれちまう」


 柚月には心当たりがあった。

 初めて隠に遭遇した時も、そして実習が始まった時も、恐怖は確かに抱いていた。そして恐怖に呑まれ動けなくなるということも経験していた。

 恐怖とは心を絡めとり支配してしまうほどの強い感情なのだから。


 それに打ち勝つのは至難の業であろう。


「負の感情に打ち勝つには陽の感情をぶつけてやりゃあいい。だから笑え。どれだけ恐ろしくても、どれだけ傷つけられても、笑ってさえいれば勝機は必ず見えてくる」


 昨日、日花と土屋が二人で妖に対峙していた時、彼らは笑っていた。

 圧倒的に不利な状況にも関わらず、自分が死んでしまうかもしれないというときに笑っていたのだ。



 随分と好戦的なのだなと思っていたが、違う。

 恐怖に対抗していたのだろう。だから笑っていた。

 分かっていたのだろう。恐怖に抗い時間を稼いでいれば、必ず助けに来てくれると。



「お前らが助けを求めるなら俺が迎えに行ってやる。俺だけじゃない。この学校のすべての人が味方だ。だから安心して戦えばいい。少しでも時間を稼げば、必ず誰かが助けに来てくれる。それを覚えておけ」


 竹ノ内は再び愉快そうににやにやとしている。

 けれどもその目は力強い光が宿っていた。




「なんか格好良くてムカついたんだけど」


 ホームルーム後の休憩時間、後ろの席からそんなぼやきが聞こえてくる。

 振り返るとぶすっとした表情で悟が頬杖をついていた。

 柚月は苦笑いをした。


「さっきの?」

「そう。竹ノ内の癖に、なんかかっこよくてビビるんですけど」

「……まあ、確かにね。いつもはあんな適当大魔神みたいなのに、びっくりするよね」

「『俺が迎えに行ってやる』だってぇ。ちくしょーかっけえ」


 彼は物まねをしながら口をとがらせる。

 思い起こしてみれば、柚月でも格好いいと思ってしまう。



 そして何よりあの言葉で漠然と渦巻いていた不安がどこかに飛んで行ってしまった。

 少しばかり癪ではあるのだが、やはり教師に選ばれる人は言葉の重みが違うのだなと改めて思ってしまったのだった。


「あれはしびれるよね」

「一回言ってみてぇ」

「あはは、僕もだよ」





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