第2話 不安と動揺
—マチルダ視点—
油断した。マスターの近くで不審な音がしたと思い、振り返るとそこにはもうモンスターが出現していた。
マスターがもうすでに交戦していたが明らかにこの階層のモンスターに対してマスターは力不足だ。不意打ちだった上に寄りにもよって戦闘に不向きなマスターが狙われていた。
モンスターの攻撃をまともにくらって壁に打ち付けられる。
「マスターッ!」
よくもあたしのマスターに傷をつけやがった!
あたしは考えるよりも先に駆け出し、持っている大剣で黒い骸骨に向かって縦に切りつけた。骸骨は骨だけしかないくせに素早く剣を横に構えて防御しようとする。
「ぶっ潰ぶれろぉぉ!」
あたしの大剣は武骨な鉄の塊で切れ味なんて期待できない。だがこいつみたいな武器を使う奴や鎧をまとった奴には大きな力を発揮する。振り下ろした鉄塊は防御すら関係なく叩き斬る。
あたしの剣を受け流しきれずにもろにくらった骸骨の体は頭から股にかけてひび割れ折れていた。これならさすがにもう動けねぇだろ。
「ざまぁみろだ。」
頭に上った血がもとに戻るともうすでに倒れているマスターをミラが治療していたところだった。
ミラは私たちのパーティの中で優秀なヒーラーだ。もともとは修道院育ちのシスターで修道院の経営費を稼ぐために冒険者登録をしたんだっけかな。その際に魔法の才能を見出されて最短でギルド内トップの魔法技術を持ったヒーラーらしい。
修道院育ちだからなのかダンジョンでも修道服を着ている。信仰なんてダンジョンじゃ意味を持ちやしないのに。
「マスターは大丈夫そうか?」
ミラに任せておけば心配はないだろうだとしてもマスターのこととなると気が気じゃなくなる。
ソフィアもマスターの様子にあたふたしている。
あたしはあいつが少し苦手だ。いつも黙ってて何考えているのか分からない。マスターが来てからあいつはマスターとよく話しているが、それにあたしはいつもなんだかモヤモヤした。
「呼吸もありますし外傷は治療しましたが、意識は戻らないです。頭を二度も強く打ち付けていたので脳に影響が残らないか心配ですね。早くギルドに戻って専門的な治療を受けた方がいいでしょう。」
「分かった。早く引き上げよう。マスターはあたしがおぶっていく。二人はちゃんとついてきてくれ。」
二人はこくりとうなずくとあたしはマスターの体を起こし、背中に体重をかけるようにおぶう。
背中にマスターの重さを感じる。こいつの体ってこんなに軽かったんだな。身長こそ大柄なあたしとほぼ同じ(170cm)くらいだが、体重ならあたしの方が重いかもしれない。
ダンジョン内を疾走する。
途中で何人かの冒険者とすれ違うが素通りしてダンジョンの出口を目指す。
いつものマスターならすれ違った人とは挨拶をしろといっていただろうな。なんでも挨拶することでダンジョン内でお互いが顔を知って、有事の際にギルドへの連絡が素早くできるため生存率が上がるのだそうだ。マスターは「登山と一緒だよ。」と言っていたが正直あたしは山になんか行かないためよく分からなかった。
でも今はそれどころじゃない。マスターの身に何かあったら私は・・・いや、今はただ地上を目指さなければならないだろう。
ギルドに着いた時には私は多くの汗をかいていた。それも、ただ走ったからという理由だけではないんだろう。
ギルドの担当者を呼び出すと、ミラが事情を説明してくれたおかげで担当者も素早く理解してギルド内の治療所の手配をしてくれた。
ギルド内の医療職員の判断はミラと同じく頭への強い衝撃により意識を失っているようだ。
意識が戻るまでギルドで様子を見るようなので、マスターをギルドに預けた後にあたしたちは家へと帰った。ギルドからも商店街からも近い位置にある豪邸。そこがマスターを含めたあたしたちの家だ。
二階建てのその家は一階にはキッチン、リビング、浴室、マスターの部屋だ。
二階はあたしの部屋、ミラの部屋、ソフィアの部屋、物置になっている。
別にあたしはマスターと同室でもよかったんだがミラとソフィアの反対によって話し合いでマスターの部屋は一階に決まったんだ。
「すまない、あたしは先にシャワーを浴びさせてもらうよ。夕食の準備が出来たら呼んでくれ。」
さっきまで気にもならなかった疲れが重く体にのしかかった。
それだけ私にとってマスターを守れなかったことが精神に来ているのだろう。
—ソフィア視点—
家に帰ってきてから皆がシャワーを浴びて夕食の時間になった。ミラさんもマチルダさんも料理に手を付けているが空気は重く、まるでお通夜みたいだ。
もちろん私も食欲がわかない。
大丈夫だとはわかっている。
でも、もしこのままマスターが、私の唯一の理解者、マスターの意識が戻らなかったら・・・そう考えると不安でたまらなくなる。
夜もよく寝れたとはいえない体調だった。
翌日の朝、ミラは自分の部屋で祈りを捧げ、マチルダは家の庭でずっと木剣をふるっている。みんな、マスターのことが心配なんだ。
どうすればこの不安は収まるだろう? こういう時マスターならどうしただろう。
気が付けば私はマスターの部屋の前に立っていた。
ほんの少しでもマスターの存在を感じたかったからだ。
私はおろか、ほかのメンバーも入ったことのないマスターの部屋、ここになら私のこのぽっかりと空いた心の穴を埋めてくれる何かがあるんじゃないか、そんな期待を抱きながら扉のノブに手をかける。
「何をしているのですか、そこはマスターの部屋ですよ。」
突然横から声がかけられる。振り向くとミラが怪しんだ目でそこに立っていた。
「そこはマスターの部屋です。なぜここにいるのですか?なぜ入ろうとしているのですか?」
冷静、それでいてすごい気迫で問い詰めるミラに私はひるんでしまう。
「まっ、マスターならこんな時のために何か準備をしてるんじゃないかって思って、、、」
とっさについた嘘。
でも、間違いではなかったと思う。マスターは慎重な性格だった。どこに行くにも傷薬や包帯、折り畳みナイフを所持していたり、よくメモを取っていた。そんな彼だからこそこんな時でも何か書き残してくれている。そんな気がした。
「そうですか、たしかにそうですね。マスターならあり得ます。待っていてください。マチルダを呼んできます。」
そう言うと踵を返して庭へと歩いて行った。
本来のミラなら私の嘘にすぐに気づいただろう。しかし、気づかなかったことからミラ自身もマスターがいないことへの動揺があったのだろう。
数分も経たぬうちにマチルダを連れてミラが戻ってきた。
戻って来ると誰が一番に入るか少し言い争いになった。もはやその一番には意味なんてないのに。
その場所は飾り気のないとてもシンプルな部屋だった。窓際の勉強机と本棚、きれいに整えられたベッド。
本棚には薬学書や戦術書、剣士や魔法使い用の心得や訓練法が書かれた書物がいくつも丁寧にしまわれている。埃の被り方が不均一であるため、きっと定期的に読み直されているのだろう。
私はその中にある一冊のノートを取り出す。表紙には「ダンジョンの敵と立ち回り」と書かれている。パラパラとめくるとダンジョンの地図とそこに生息するモンスターの攻撃の特徴、攻撃時の隊列が数ページにわたり丁寧に書かれていた。一度書かれた場所に線が引かれ、自分が対峙した時のことや参考にした本との違いが書き足されていた。
それを見て私は胸が熱くなるのを感じた。やっぱりマスターは私と同じだ。努力して努力して今の知識や力を得たんだ。ミラやマチルダのような天才ではない。
マスターが入るまでは二人が天才肌だったため気が合わずに肩身が狭かった。でもそれももうマスターがきてから変わった。私が夜にリビングで魔法学の勉強をしていれば気を詰めなすぎないようにとホットミルクを入れてくれたり、その勉強内容に対しても凄いとほめてくれた。些細なことかもしれないけど、それがとてもうれしかった。
一方、二人もそれぞれノートを見ていた。
—マチルダ視点—
マスターの部屋に入ってきてから勉強机の上に日記があるのを見つけた。日記はもうすでに十冊を超えていた。日付から見るにマスターが私たちのパーティに入った日つまり、マスターが「冒険者」になった日から書かれているようだ。
ミラと私が目を見張ったのは最新の日記の最後のページだ。
『俺が冒険者になることを夢見てから早いものでもう何年も経っていることに驚きだ。少年だったころには自分は何者にでもなれると信じていたものだったが、十六の時に自分には冒険者の才がないと知ってからそんな万能感も薄れていった。むしろ、何物にもなれない不安や焦燥を感じることの方が多くなった。
今思えば十九の時にギルドがコマンドシステムを導入したのが転機だったのだろう。冒険者を指揮し、心身共にケアすることでパーティの損失を抑える。もともとは引退した冒険者に向けたものだったが、適性のない若造が採用されたのは我ながらかなりの豪運なのだろう。なにしろ憧れていたパーティへの配属が決まったのだから。ギルド長にも感謝しなければならないけど、一番感謝すべきなのはやはりミラやソフィア、マチルダ達だろう。
彼女たちに受け入れてもらえていなければ俺はまた安い賃金で働く羽目になっていただろう。明日のモンスター討伐が終わったら花束でも買って感謝と共に送ってみようか』
そのページの日付は、昨日。
私は無力感に苛まれた。マスターを守れなかっただけでなく、感謝を述べる機会さえも奪ってしまったのだ。
マスターが目を覚ましたら。絶対守ってやる。もう失わないように私から離れていかないように。
気が付けば握った拳に強く力が入っていた。
ヤンデレパーティと記憶喪失のマスター アンブレ @anbre
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