遊泳禁止

@testalc

海開きの章

第1話 遊泳禁止の浜辺で

 様々な標識が錆びて無作為に並び立つその砂浜に、少年はコンクリートの階段を下りて、足を踏み入れた。

 大きな堤防の上の町から下りてきたその少年は、浜辺を海の方向へと向かって歩いて行く。


 『遊泳禁止ゆうえいきんし


 それは、錆びついた標識の文字の一部。少年はまだ思い知らない、その海の恐さを……


 「お〜い、お~い、誰か、聞こえてるか~? 助けてくれ~いぃ…」

 「……?」

 「お、声が届いたか? へい、そこのボーイッ、オレを助けてくれい! テープか何か持ってきて、ここの穴を塞いでくれーいぃ!」


 それはその世界でも、聞いたことのない珍しい話だった。浜辺から助けを求める声が聞こえ、駆け寄ってみたその少年が目にしたものは…、喋るサメの浮き輪だ。


 「キミだよ、キミ、ちょ、キョロキョロしないで、オレが喋ってんのっ、理解してる?」

 「で、でも、口元とか動いてないし、砂の中に何か……いるのかな?」


 少年はサメの浮き輪が喋る仕組みが理解できず、あたふたする……次の瞬間!


 『ザパァァアアアアアアアッッッッ!!』

 『カァキィィィィィィインンンンッ!!』


 海の方から急に巨大な魚の怪物が顔を覗かし、一瞬で凍りついた!!


 「何をしているんだ君は!! 海は遊泳禁止、浜辺に近づくことだけで禁忌だ!! お前が死んで悲しむ者もいるだろっ!!」


 彼は本気で怒っていた。氷の様な鉄の鎧を身に纏い、まるで『氷の騎士』と呼べる風貌。一瞬で現れたこの魚の怪物を、即座に凍らせたのもきっと彼がやった事だろう。

 そして、彼の言っていることは至って正論。この世界で海に近づく者など……


 「おーい、ソウタァァーー! ソウタァァーー!? あれ? あそこか!?」


 だがもう一人、女が浜辺へ降り、こちらへ駆け寄る。しかも何故か水着姿だ(赤)。当然、氷の騎士の方はそれに黙っちゃいない。


 「な、ななな何だぁお前ぇえ、ま、まさかその恰好、海へ入ろうとしているんじゃ無いだろうな!」

 「ッ…」


 ……パキンッ!!


 彼女がその問いに答えるよりも早く、魚を覆っていた氷が砕けた。


 「ファイダッ!!」

 「ギャオオオッッ!!」


 再び動き出そうとした怪物に炎の攻撃が襲いかかる。その炎を出したのは、駆け寄って来た彼女の方だ…

 「バ、バカヤローッ……!!」

 そんな彼女の攻撃を見て氷の騎士は焦り、そう言い放ち、手元にいた少年を抱え急いで彼女の方へと向かった!




 「「「ドバパパバァァアアアアアアッッ!!」」」




 それは、浜辺に面した海が爆発した音。……いや、爆発した様な音だった。最初に現れた大型トラック一台分くらいの怪物は勿論、更に大きいビル1棟くらいの蛇や竜の様な化け物達が、まるで火山が噴火する様な如く、そこから大量に迫り出してその衝撃を作ったのだ。


 「………………!!」


 ……氷の騎士は少年と彼女を両脇に抱き抱え、浜辺の上の巨大な堤防まで駆け逃げて、倒れ込んでいた。


 「ハア、ハア、だから言っただろ、『海』は遊泳禁止、浜辺に近づくことだけで禁忌だ。これで思い知っただろう、『海』の怖さを。もう二度と『海』へは近づくんじゃな…いぞ………、ハァ……、ハァ…………」


 ―――この世界では『ファイア』、『ブリザド』、『エアロ』等などの9系統の魔法を、人間が9割で一つ発現させることができる。得意不得意、熟練度等ある技術だが、これらの力でその世界の人々は、その星の魔境や秘境をほとんど切り拓き、もはや未開の地など無いほどとなっていた。ソレを除いては………。


うみ』。


 その世界で唯一、屈強な冒険家も叡智を知る魔術師も敵わない、入ることすら通常出来ない場所が、その『海』だった。

 地上より幾程も巨大な怪物達が群れ、浜に寄るだけで襲いかかり、その環境を取り巻く水質もまた、生きた触腕の如くこちらを締め付けて命を奪う。


 ………そしていつの日か人々は恐れをなし、遂に海との接触を禁忌と課して『遊泳禁止ゆうえいきんし』とする。―――




 しかし、夕方近くなって来たその浜辺の堤防の上、幾人かの大人の人達に事情聴取や説教を食らうその少年の脇には、あの喋るサメの浮き輪が抱えられていた。…どうやら、氷の騎士が少年を抱え走り出した時に、つい掴んで来てしまっていたらしい…

 果たして、その喋る浮き輪の仕組みとは? そして禁忌の浜辺に何故、少年と水着の女性は来ていたのか…? ……広大な海の謎を解き明かす未知の冒険が、着々と始まろうとしていた。

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