駅のホーム、コーヒーの湯気

あげもち

北千住駅→秋葉原駅  『その珈琲は空を飛ぶ』

 それは、突然飛んできた。


「うぇ、って、うわぁ!!」


 午前7時25分。数多のサラリーマンや、学生が、あくびを噛み殺しながら次の電車を待つ日比谷線のホーム。


 そんな、眠気で満ち溢れたホームに、悲鳴が響いた。


 なんだ? と誰もがそっちの方へと顔を向けたのだろう。釣られるようにして俺もそちらへと顔を向ける。


 すると、


 ばしゃぁ!


 まさにそんな音だったと思う。なんと、飛んできた白い紙コップが俺の身体に当たって、コーヒーを撒き散らしたのだ。


 俺は胸元から苦い香りの湯気が立ち上る。


 一瞬状況が理解できず、まばたきを繰り返したが、あ。そう言うことか。と息を吸った瞬間、それはやってくる。


「って、あっちぃぃ!」


 そう、衣服とは少なからずや水分を含むものである。それは湯気が立ち上るコーヒーだったとしても。


 まるで鍋がずっとくっ付けられているような熱さから、シャツを摘みできるだけ身体から離すようにして引っ張った。


 その間に待っていた次の電車が来てしまったが、今はそれどころではないだろう。


 ハンカチで胸元のコーヒーを拭うと、ホームを見渡す。


 一体コーヒーを飛ばしてきた張本人はどこにいるのだろう。見つけて一言、説教しなくては……。


 せめて冷たいコーヒーにしてくれと。


 と、そんな事を思っていると、すぐ目の前に数冊の教科書を撒き散らし、うつ伏せに倒れ込む女性を見つけた。


 格好からして、おそらく女子高生なのだろう。制服の短いスカートが捲れ上がり、黒色の下着が見えてしまっている。


 ……あ、そうか。


 教科書を撒き散らし、スカートを捲れ上げながら倒れているという、なかなかバッドステータスなJKに気を取られていたが、はっと息を飲んで、彼女の肩を叩く。


「キミ、大丈夫?」


「……。うぅ……ぐすっ……」


「あぁ。そうだよな、痛かったよな? てかその前に教科書を……」


「……はい、ありがとう……ございますぅ……」


 そう言って、倒れたいたJKが、長くて綺麗な黒髪を揺らしながら体を起こす。


 パチリとした大きな目、白く艶のいい肌。小さく柔らかい輪郭の鼻と、薄い桃色の唇。どちらかというと、丸い輪郭をした顔は、どこか幼さを残しているようにも見えた。


 きっと、陳腐な言葉で言ってしまえば『かわいい』が1番手っ取り早い。


 すると、パチリとした大きな瞳に溜まった涙を拭い、俺の胸元に目を向けると「……その……ごめんなさいぃ〜!」と、再び目尻から大粒の涙を流した。


「え、ちょっと! 一旦落ち着いて、俺は大丈夫だから!」


「でも……でもぉ!」


 ワンワンと泣き叫ぶJK、それをあやすサラリーマンの男、俺。


 きっとその光景は、どこからどう見たって俺が悪いことをしているようにしか見えないだろう。


「ほら、ちょっと熱くてびっくりしただけで、次やる時は冷たいのにしてくれればいいから!」


「うわぁぁん! お兄さん、論点ズレてますぅ〜!」


 するとその瞬間、肩をポンと叩かれ後ろを振り返る。するとそこには、なんか駅員ぽいおじさんが満面の笑みでこちらを見ており……。


「ちょっと、駅員室までいいかな?」


 そう、親指で方向を示した。




「はぁ、とんだ災難だ……」


 そう息を吐いたのは午前9時のこと。駅員室から解放され、外の空気がこれほどまで美味しいものなのか、と、感じた時のことだった。


 もうすでに会社の出社時刻は過ぎている。一応上司に連絡を入れたが、


『あはははっ! JKにコーヒーぶっかけられるなんて、滅多にないレアイベントとじゃねーか! 分かった、楽しんでこい!』


 と、スマホの向こう側で大爆笑していた。よく言えば器が大きい、悪く言えば適当なそんな返答に、「まぁ、怒られるよりはいいや」と胸を撫で下ろしたのはいうまでもない。


 とりあえずこのあとは、近場のコンビニで代えのシャツ買って、ジャケットはクリーニングに出して……。


「あ、あの……」


 そんなことを考えていると、隣のJKが口を開く。


「ん?」と彼女の方へと顔を向けると、大きくパチリとした瞳と目が合った。


「えっと、先ほどは……」


 そう、視線を伏せる。パチパチと瞬きに合わせて動く瞼に、まつ毛長いなぁ。と思った。


 そして、一息つき、再び視線を上げると、薄い桃色をした彼女の唇がゆっくり動き出す。


「本当に、申し訳ございませんでしたぁ!」


 まるで、ブンっ! みたいな効果音がつきそうなぐらいの勢いで深く腰を折る。それに釣られるようにして、黒く長い髪の毛が背中でふわりと舞う。


「私がドジなばかりに、大切なスーツとシャツを……せめて、弁償させてください!」


「いや、いいって。故意じゃなかったわけだし。それよりも、キミの方がダメージが大きいと思うんだけど、大丈夫?」


「私は日常茶飯事なので大丈夫です!」


 いや、日常茶飯事なんかい。と、心の中でツッコミを入れる。ていうか、毎日何もないとこですっ転ぶのはいかがなものかと思うのだが、まぁ、『そういう人もいるよね』って思うのが多様性というやつだ。


「あぁ、そうなんだ」と受け流し、俺は苦笑した。


「まぁでも、本当にスーツのことは気にしなくていいから。キミはその分学校で勉強を頑張って」


 それじゃ。と小さく手を振って、俺は階段を降りる。


「あ……」と、後ろから聞こえてきたが、これ以上会社に遅れるわけにはいかないので、振り返らなかった。




 その翌日。


 —— あ、昨日のお兄さん……その、本当にクリーニング代だけでも……え、いらない? じゃ、じゃあ! せめてお詫びの菓子折りだけでも受け取ってください!


 —— お兄さんはどこの駅で降りるんですか? なるほど、秋葉原駅ですか。


 —— そうだ、名前。お兄さんのお名前教えてください! ……これなんです? 名刺? へぇ……『楠見くすみ 涼介りょうすけ』さん……。すごくいいお名前ですね! あ、私は『藤乃ふじの 美咲みさき』って言います! よろしくお願いします!


 日比谷線の、殺風景で鬱蒼とした地下の車窓にパッと明るい笑顔が咲く。そんな彼女にはまさに、美咲って名前が似合ってるなと思った。


 それから、彼女……藤乃美咲ちゃんとは、毎朝会うようになった。


 殺風景な木々の間を抜けるような、冷たい風が吹く冬の朝。


 お餅を食べ過ぎてしまいまいました、と言いながら、確かにフックリとした頬を持ち上げた、正月明けの朝。


 冷たい雨が降り続いた、2月の朝も。


『日比谷線 7時28分発 中目黒行』


 北千住駅から秋葉原駅までの、時間にして、たったの12分間の乗車時間。


 いつもは殺風景で冷たくて。ただ仕事のためだけに乗っていた電車は、いつしか俺の活力になっていた。


 —— 明日はどんな話をしよう。


 そんなふうに、仕事前の12分間が、彼女のおかげで毎日待ち遠しくなった。


 そして、早めの桜の開花予報が的中し。桜の花びらがホームに落ちる早朝。


「おはよう、美咲ちゃん」


「はい! おはようございます!」


 ビュウと冷たい風が吹いて、「んっ」と息を漏らす。美咲ちゃんはブラウン色のマフラーに顔を埋めると、えへへ。と恥ずかしそうに微笑んだ。


「なんか、桜は綺麗なのに、まだ寒いですね」


「うん。寒過ぎて朝布団から起き上がるのが辛くてね」


「あははっ。確かに、私も寝坊しないように起きるのがやっとなんですよ。一緒ですね!」


 そう、嬉しそうに笑った刹那、ホームのアナウンスが流れ、電車がやってくる。いつも通り7時28分発の電車に乗り込むと、窓際で美咲ちゃんと向かい合った。


「いつも私がこっち側じゃなくていいんですよ?」


「ううん。窓際の方が痴漢とかないし、それに満員電車の圧力ってすごいから、美咲ちゃんはそっちにいて」


 俺が守るから。なんて臭いセリフは流石に吐き出せなかった。


 けど、


「ふふっ。涼介さん。なんかかっこいいですね」


 そう、やんわりと頬を持ち上げる彼女に、気恥ずかしさを覚えて、窓の外へと視線を移す。


 電車は南千住駅へと停車した。


「そういえば、美咲ちゃんはもう少しで春休み?」


「え……あ、そういえばまだ言ってなかったですね」


 一瞬だけ寂しそうに視線を伏せて、いつも通りの柔らかい顔をこちらに向ける。


 同時に後ろの乗車口の外で短いメロディが流れ、ドア閉まります。とアナウンスが響いた。


 それが終わると、美咲ちゃんはゆっくり口をひらく。



「私、今日で高校卒業なんです」



 その瞬間。後ろのドアが閉まった。





「今日で卒業?」

 

「はい! 今日が卒業式なんです。えへへ、なんとか留年せずに済みましたぁ」


 桜の花びらが舞う、3月。と、どこかで聞いたことのあるフレーズを口ずさみ、にへらと微笑む。


 そんな美咲ちゃんの後ろの窓の外は、地下へと入っていった。


 真っ暗なガラスに、俺の表情が映る。


 てっきり、顔つきや雰囲気から、まだ高校一年生なのかと思っていた。


 これからも、こうやって同じ電車に乗って話しながら通勤する日々が続くと思っていた……。


 だが、今日美咲ちゃんは高校を卒業する。


 それはすなわち、今日でこの日常が終わることを意味しているのだ。


「涼介さん?」


 美咲ちゃんのそんな呼びかけにハッとする。


 やんわりと持ち上がった頬も、この柔らかい声も。もう聞けなくなる、そう思うと、寂しさだったり、悲しさだったりが湧き上がってきて、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。


 でも、


「あぁ、ごめん。美咲ちゃん。てっきり一年生なのかなって思ってたから。そっか。卒業おめでとう」


「……ありがとうございます」


 俺が微笑んで見せると、美咲ちゃんは複雑そうな顔をして、顔を伏せる。


 その間に電車は三ノ輪を抜けて入谷に向けて走り出す。


 あと数分で、美咲ちゃんとお別れがやってくる。


 その事実に小さく奥歯を噛んだ。そうでもしないとふとした時に、「また会えるかな?」なんて聞いてしまいそうだったから。


 これでいい。大人として、彼女に固執するのは良くない。


 入谷駅を抜けた電車が、上野駅で停車する。


 一気に人が降りて、乗車待ちをしていた人が一気に乗り込んでくる。それはまるで、波打ち際により返す波のよう……。


「って、うわっ」


 なんて、流暢なことを考えている暇がないぐらい、背中から圧力がかかる。


 そのせいで、向かい合わせで立っていた美咲ちゃんと、体が密着する体制になってしまった。


 胸元で顔を伏せる美咲ちゃんに、「ごめん!」と謝る。しかし、彼女は口を開くことなく、首を小さく横に振った。綺麗な黒髪が小さく揺れる。


 なんとかして、スペースを作ろうと、窓についた手を伸ばそうとするのだが、それも叶わないぐらい、背中側から押されているのだ。せめて、目の前の少女を潰さないよう、体の内側にスペースを作るぐらいが精一杯だった。


「ごめん、苦しいよね。秋葉原が来たら」


 と、俺が言葉を全て言い切ろうとした瞬間。


「……秋葉原が来たら、もう会えなくなっちゃうじゃないですか」


 そう、美咲ちゃんは小さく呟いた。


 同時に、美咲ちゃんの腕が俺の腰に巻きつく。より彼女と密着したせいか、いつもなんとなく感じていた甘い香りが、ふわりと顔にあたる。


「……美咲ちゃん?」


 それと同時に電車のドアが閉まり、仲御徒町へと向かって走り出した。


 揺れる車中で、美咲ちゃんが口を開く。


「私、大学は関西の方へ行っちゃうんです。知り合いのいない、知らない街に引っ越して、新しい生活が始まります」


「……そっか」


「……でも、怖いんです。何もないようなところで転んで、人にコーヒーかけちゃうような私が、そんなところで生活できるのかって。たまらなく怖いんです」


 ……でも。そう息をついて、美咲ちゃんが顔を上げる。そして、


「今はそれ以上に、この時間が、涼介さんと会えなくなってしまうのが、一番怖いんです」


 彼女の大きな瞳の目尻に涙が溜まっているのが見えて、胸がキュッと縮んだ。


「あの日、涼介さんと出会ってから、毎日電車の中で話して、悩みとか、愚痴とか。時々落ち込んでる私のことを励ましてくれたり、私を庇って電車に乗ってくれたり。そんな北千住から、秋葉原までのたったの12分が、私に毎日を生きる活力をくれたんです、だから……」


「美咲ちゃん」


 何かを言いかけたところで、彼女の名前を呼ぶ。


 うるうると、光る瞳にそっと笑いかけると。


「活力をもらってたのは、俺の方だよ」


 そう、言葉をかけた。


「え?」


「え? ってなるでしょ? でも本当なんだ」


 その瞬間、美咲ちゃんの背中のドアが開く。誰も乗ることのないそのドアは、すぐにしまった。ぐーんと電車は加速を始める。


 あぁ、次で最後か。


「ずっと、なんのための仕事なのか、何が楽しい人生なのか、大人になってわからなくなった。でもね、ある日JKに熱々のコーヒーをぶっかけられて、その女の子と毎日電車で話すようになって。毎日ぱっと咲くようなその子の笑顔を見るたび、早く明日が来ないかなって思うようになったんだ。だから、今日は絶対に仕事を終わらせて、定時に帰ろうって。美咲ちゃんに寝不足な顔を見せないためにって」


「……はい」


「だからね、ありがとう。美咲ちゃんに会えてよかったよ。卒業おめでとう」


「私も……私も涼介さんと会えてよかったです」


 そんな会話をしていると、電車が徐々に減速していく。ガサガサという鞄や、靴が動く音。


 俺も含め、みんなここで降りるんだ。


 電車が完全に止まりプシューっと音を立てて扉が開いた。


「美咲ちゃん。俺行かなくちゃ」


「……うん」


 するりと、落ちるように美咲ちゃんの腕が離れる。


 彼女の頭を見て、溢れそうな涙の代わりにコクリと唾を飲み込む。踵を返すと、電車から降りた。


「……頑張れよ。美咲ちゃん」


 そう、小さく呟き歩き出そうとした瞬間。


「涼介さん!」


 そんな声が後ろから聞こえ、振り返る。その次の瞬間。


「——っ!」


 美咲ちゃんが俺に抱きついてきたのだ。


 彼女を受け止めるように、背中へと手を伸ばす。


「学校遅れちゃうよ!」


「わかってます! でも最後ぐらい!」


 そう言って顔を上げる。大きな瞳と、整った顔立ち。丸くどこか幼く見えていた顔立ちが、やけに大人びて見えた。


 そして、俺のスーツのポケットに何かを突っ込むと。


「お仕事、がんばってください! 応援してますね!」


 そう、ぱっと笑顔を咲かせて、すぐに電車へと戻っていく。


 飛び乗りをした瞬間、度が閉まり。彼女が乗った電車は走り去っていった。


 真っ暗なトンネルの奥から、ゴトゴトと、低い音が響くホーム。次の電車に乗る人が列を作る中、俺だけが取り残されていた。


 生ぬるい風が、ポカリと空いてしまった穴の中を吹き抜ける。


 ふとすれ違った、パリッとした誰かのスーツの匂いを嗅いで、はっと意識が戻ってきた。


「……仕事行かなくちゃ」


 鞄を握る手にグッと力を込めて、灰色の通路を歩き始める。


 なに、親しい誰かとの別れなんて何度も経験してきたじゃないか。学校の卒業式、ずっと一緒に仕事をしてきた同期の退職、お世話になった上司の異動……。


 ……それなのに、なんでこんなにも寂しさを感じるのだろうか。


 階段を上がり、外の空気を吸い込む。喉が渇いたせいか、いつもは買わない自販機が目に入った。


 なんか、買うか。そう息を吐き、お金を入れる。上から3段目の缶コーヒーを押した。きっと、それをあえて選ぶあたり、少なくとも傷心しているのだろう。


 一口コーヒーを啜り、スーツのポケットに右手を突っ込む。


 すると、指先に何か紙のようなものに触れた。


 その瞬間思い出す。


 —— お仕事、がんばってください! 応援してますね!


 最後のあの瞬間、美咲ちゃんが俺のポケットに入れた何かを。


 指先に触れたそれをゆっくりと指で摘み、ポケットから出す。


 左手の缶コーヒーを地面に置き、両手で小さく折られた紙を丁寧に広げた。


 そして。


「……はっ、こんなの……卑怯だろ」


 そう呟いて、グッと歯を食いしばる。彼女からの手紙を丁寧に折り戻し、ポケットに入れると、缶コーヒーを手に取り、一気に煽った。


「ふぅ。さて頑張るか」


 ゴミ箱に空き缶を入れ、歩き出す。


 『立つ鳥跡を濁さず』なんて言葉があるなら、彼女はきっとそれとは真逆の存在になるのだろう。


 『好きです。』


 それだけが書かれた、彼女からの手紙が、そっとポケットの中で揺れたような気がした。




 四年後。


 今日は会社の入社式。さて、今年はどんな新人が入ってくるのか……。


「まぁ、せめて情熱があってくれればいいな」


 なんて、息を吐いた時だった。


「うぇ、うわぁ! あぁ!」


 突如、そんな悲鳴とも叫び声とも取れる女性の声が背後から気聞こえてきた。


 一体何事だろう、そう、後ろに振り返った瞬間。


 ばしゃあ! 


 まさにそんな音だったと思う。


 あろう事か、飛んできた紙コップが俺の胸元で弾けて、シャツに冷たいコーヒーがぶちまけられたのだ。


 一瞬、訳が分からず、視線の先で倒れる女性の背中を眺めた。


 だがしかし、衣服とは少なからずや水分を含むもので……。


「——っ! うわ! つめてぇぇ!」


 胸元に広がる、コーヒーの香りの茶色いシミが、俺の体温を奪っていった。


「あ、あぁぁ! す、すみません!」


 俺が叫んだと同時に、その女性も顔を上げて、声を上げる。


 パチリとした大きな目、白く艶のいい肌。小さく柔らかい輪郭の鼻と、薄い桃色の唇。そして、幼さを残したような柔らかい顔の輪郭。


 それをみた瞬間、その全てが、四年前の彼女と一致して、思わず、


「え、もしかして、美咲ちゃん?」


 そう聞いた。

 

 すると、涙目で、鼻水を啜った女性の顔が、はっと驚きの表情に変わる。


「涼介……さん?」


 間違いない、この子は四年前、日比谷線の電車でお別れをした美咲ちゃんだ。


 驚きの表情をした彼女に、俺はふふっと鼻を鳴らす。


「久しぶりだね美咲ちゃん」


「……っ。はい! 涼介さんもお変わりなく!」


 そう言って、パッとあの人同じ笑顔を咲かせる。


 もちもちとした頬が持ち上がり、目を細くする。


 刹那、どこからか吹いてきた風は、コーヒーの香りがした。


 


 


 

 







 


 


 



 





 

 


 

  

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