鵺物語

崎谷 和泉

源頼政の章

都が平安の祈りを纏う頃

 夜な夜な呻く其のこえ

  聞く者の身と心をむしばむとぞ申しける




東三篠の森に巣喰う其のあやかし

 夜ごと黒き雲間にうごめいて

  都の御所に哭きさいなむと 


やがて若き帝

 其の御身を病にむしばまれ

  やうやうめしひらせ賜ひぬ




見えぬ瞳で世を見賜みたもう帝

 源頼政なる武士もののふ

  あやかし退治を下知なさる


其の者

 都を守護せし源氏にて

  比類なき弓の上手とぞ聞こえける




弓張月の照らす雲の間に

 頼政の君は矢を穿うが

  其は悲しきこえを上げ地に堕ちぬ


篝火かがりびに浮かぶ其の妖は

 猿の顔に虎の四足と蛇の尾の

  世に鵺と聞こえし姿をさらしけり




首を落とされし其のむくろ

 うつほ舟に乗せられて

  遠く鴨川に流されど


都を震わせし其の聲は

 未だ数多あまたの耳にこびりつき

  やをら人の心を狂わせけり




帝 鵺がこえこだまする世を憂い

 頼政の君に一振の太刀授ければ

  静かに隠れさせ賜ひぬ


黒鞘に獅子踊り

 護國の天命宿すその太刀を

  人は獅子王の名で畏れしとぞ申しける




来し方より響く其の聲に

 夜ごと曇る心の内も

  されど一首の歌や晴らしけむ


我が十四の春に

 頼政の君は花薫る歌を携えて             

  遠出にいざなうとぞまかり来されける




丹波路に導かれ

 播磨に君の護る高松は

  猛き都の楯なれど


さえずり

 桜 咲き誇る

  鵺の聲も届かぬ美しき郷なりにけり




さて都によどむ其の聲は

 源氏と双璧なす

  平家が一族をもむしばめば


かつて地を蹴り天翔けし武士の片翼は

 畏れ多くも殿上てんじょうもてあそ

  その威を都に蔓延はびこらせにけり




驕る平家をいさむる者は他になく

 頼政の君はともがらを討つ戦場いくさば

  わずかのつわものを率いて出で立ちぬ


君が齢は八十やそに届く頃

 獅子王に誓う鵺祓い

  されどいと悲しきは御身の運命さだめかな




頼政の君がはかりごと

 紅の旗掲げし平家一門を

  数多 宇治川におびき寄せ


吹けば飛ぶはかなき其の舞は

 狂える平家の心をさえ

  暫し虜にせしとぞ聞こえける




やがて頼政の君

 近く平等院にて

  己が首斬り落とさせて

   

こうべは東へ源氏が里に

 骸は西へ播磨が高松に

  おのおの運ばせたりけり




頼政の君の

 命を火種にせし狼煙のろし

  東国の源氏に機を報せ


鵺が聲惑わせし平家一門を

 蒼き瀬戸の海原に追いやれば

  終ぞ黄泉路へと沈めける




この世に数多祈りが紡がれて

 数多守り人が散りゆけど

  その御霊は不滅の鋼に宿りしや


日ノ本に再び鵺のうめく頃

 獅子王もまたこの國に顕れて

  忠義の武士もののふを導くべしとぞ申しける

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鵺物語 崎谷 和泉 @sakitani_izumi

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