私の年下彼氏

坂本餅太郎

年下彼氏とデート

「美咲さんって可愛いですよね」

「……年上にそういう恥ずかしいことを言うんじゃないよ」


 彼と交際を始めてからわかったことがある。

 それは、コミュ力不足の人間は表現が両極端であること、ちょうど良い中間というものが存在しないということだ。

 会話をしようとすると、今みたいに直球ど真ん中ストレートか、捕手ですら取れないような遠い球を投げてくる。彼の言葉はストライクかボールかがとてもハッキリしている。いや、ハッキリしすぎている。


 彼と付き合うまでは、彼氏彼女の関係はお互いに際どい所にボールを投げ込むものだと私は思っていた。

 少し言い難いことを言い合えるけれど、礼節は弁え、愛情を折り込み、相手を不快にさせないような、そんなキャッチボールだと思っていた。

 しかし、そんなものは彼には通用しなかった。


 あの時、ストレートに告白されたことはとても嬉しかった。その後も直球でグイグイと押してきてくれる彼は頼もしくも思える。彼と一緒に過ごしていると、4歳年下であることを忘れてしまうこともよくある。


 それはそれとして、祝日の日中、人がたくさんいる動物園で、純粋無垢な子供たちがジロジロとこちらを見ていたり、時間を持て余したおば……お姉様方がニヤニヤとこちらを見ている中で、直球ど真ん中ストレートに恥ずかしいことを言うのはやめてほしい。

 嫌な訳では無いが、完全に晒し者状態の私は恥ずかしすぎて爆発しそうである。


 私はそういった恥ずかしさを避けて、距離を置いていままで生きてきた。だから、彼からのストレートな言葉を他の人がいるところで言われると、晒し者にされているような気分になってしまう。

 だけど、これを彼に言ってしまうと、今度は彼は何を伝えたいのかよく分からないほどに婉曲した表現で言葉を投げかけてくるようになってしまう。


 彼は元々コミュ障で、多くの他人とまともに話すことは出来ない。相手の目を見て言葉を伝えるという行為があまり得意では無いのだ。けれど、スイッチが入った時にはとても饒舌になる。臭い言葉だって平気で言う。


 人の心理を読むということに長けている私の彼は、自分の発言に関してはコントロールがあまり上手くなかった。


「だって、動物園まで片道2時間もかけてまで来たいって言うんですから。そうまでして動物を見たいなんて可愛らしいじゃないですか」

「……人間なんかより、動物の方が可愛いわよ」


 私は顔を真っ赤にしながら口籠る。彼の言葉に対して、少しズレた返しをしてしまったかもしれないが、今はそれどころでは無い。そして、私の返答は私の中にある考えに基づいていることに変わりは無い。


 私は人心掌握には長けていると思う。だからこそ、他の人間を見てしまうと、相手にしてしまうと疲労が溜まってしまう。人付き合いというのは、相手のいい所ももちろん感じることが出来るが、その反面嫌な部分や面倒な部分もひっくるめて行われるものであるから。

 他者は私が社交的で、外交的な人間であると言う。実際そう見えるように仮面をつけて過ごしているのだから、表面だけを見ていればその評価は概ね正しい。

 けれど、実際はそんなことはない。家柄や親という避けられない環境のせいで、人間不信な私は、世の中の一般的な人達よりも人付き合いというものを疎んでいる。

 疎んでいるということを自分が理解しているからこそ、ストレスを感じていたとしても、社交的で明るい私を演じることが出来ている。

 人付き合いを拒むことのデメリットの方が大きいということを私は確信している。その辺は人間嫌いをとことん通し、不利益を背負い込むことを良しとしている彼とは違うところだ。


 そうはいってもやはり、無理して明るく振舞っていることに変わりはなく、それは心的負担のかかることである。そんな私に動物を見るということは数少ない癒しであった。

 それならペットを飼えばいいじゃないかと思うかもしれないが、私はかなりのめんどくさがり屋であり、ペットを飼って毎日世話をするということはできないと思う。

 他者の目があれば別だが、私しかいない空間では面倒臭いという気持ちがおそらく強くなってしまう。

 だから、ペットを飼って、毎日餌をやり、散歩に連れていくというルーティンワークは私にはできない。

 ペットショップや動物園にたまに訪れる位がちょうどいいのだ。


 だけど、最近はなかなか動物園に行くことは出来なかった。明るい私を演じている時のオトモダチのような、今どきの若者には動物園はあまり人気がない。

 だから、私はそんなオトモダチと連れ立って動物園に行くということは出来なかった。そして、動物園に一人で行くというのは私からしたら千葉県にあるの某ねずみの国に一人で行くと言うくらい寂しいことだった。


 でも、今は彼がいる。私の本質を知りながら好きで隣にいてくれる彼だ。嫌な顔せずについてきてくれる。それに、人付き合いが苦手な彼なら動物園の良さもきっとわかってくれる。


 だから寒い冬にも関わらず、2時間もかけて動物園に足を運んだのだ。



「まあ、言わんとしてることはわかります。もっとも、俺は人間にも動物にもモテないですけど」


 彼は少し微妙な返答ではあったが、私の意見に賛同してくれた。

 私も彼も、人間関係には色々と難を抱えているから人間に対しての警戒心は強い。だからこそ、人間ではない動物に惹かれるのだろう。

 ただ、彼は飼い犬に好かれてはいない。そういう所がなんだか彼らしい。

 そういうわけで、私たちには動物園というのは絶好のデートスポットだった。


「私を動物に例えるなら、なにかな」


 彼が私をどう思っているのか、ふと気になったので聞いてみた。別に心理テストとかそう大層なものではなく、ほんの興味本位で。

 彼は目の前にいる象をジーッと見ながら少し考えてから答えを出した。


「オオカミ、ですかね」

「……なぜ?」


 少し顔が引き攣ったかもしれない。予想外の答えだった。彼に普通を押し付けるのは無理だとは思っていたが、まさか恋人を肉食獣に例え、あまつさえそれを告げて来るとは思わなかった。

 もっと他になかったのだろうか。

 しかし、彼の言葉はこれでは終わらず、続きがあった。


「確かに恋人に告げるような動物じゃないかもしれませんが、孤高な美咲さんっぽいじゃないですか。それに、俺はイヌ科が好きですし。」

「ま、まあ、及第点ってところね。」


 顔が熱くなるのを感じる。少し赤くなっているかもしれない。あまり良くないイメージを伝えたかと思えばこうだ。彼はこうやって愛情表現を不意打ちでどストレートにぶち込んでくる。そして私の心をかき乱す。

 こうやって相手をドキドキさせるのは人心掌握の得意な私の十八番だと思っていたが、そうではなかったみたいだ。


「それで、正解はなんですか?」


 言われて、ふと考える。私を動物に例えるならなんだろうか。

 あまり深く考えたことはない。ある特定の動物に執着してグッズを集めたという経験もない。実は私は動物とはそう縁は無いのだ。


「……犬、かな。」

「そうですか。」


 彼はそう言うと、それ以上私に何かを聞くことは無かった。私の家のことも、今の私が置かれている状況も彼は知っているから。

 彼はそれがわかってくれる。だから私は年下である彼を恋人に選んだのかもしれない。


 周りとは違うと思っていたけれど、結局は私だって他のカップルたちみたいに、彼に甘えていたいのかもしれない。


 私はこれからも、コミュニケーション能力が乏しく、少しひねくれた年下彼氏と共に歩んでいきたいと、心からそう思う。

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