第66話 村に帰ろう

「マジか! じゃあアイツ、どうなるんだ?」


 地竜を走らせながら、俺は背後にいるフィアに話しかけた。晴天の下で、草原を猛スピードで駆けていくのは本当に気持ちがいい。


「まだ分かんない。でも、少なくとも外にはもう出れないと思うの。あの人は、悪いこともずるいこともいっぱいしちゃったし……」

「そうか。まあ、罪は償わないとな。っていうかさ、本当に帰って大丈夫?」


 まさか一緒にレオの村に帰ることになるとは予想していなかった俺は、念のために確認した。だって、国を救った聖女様になっちゃったのに、辺鄙な村に帰るなんて許されないと思うんだけど。


「あたしのいたパーティは、もう二人だけになっちゃったし。今度は気が済むまで休んでいいって、王様が了承してくれたの」

「王様、マジで気前良さそうだもんな」

「ううん。あたしの作戦勝ち! もう戦うのも、戦場で治療とかするのも嫌になったかも……ってぼそっと言ったら、慌ててお願いを聞いてくれたの」


 ちゃっかりしてるところあるからなぁ、フィアは。何となく、王様がやりこめられたのも納得できる。ディランとの許嫁の話もこれでご破算となったとか。俺としてはようやく安心できたわけだが、本人はそこまで気にしている様子もなかった。


「それより、ジーク。ホントにこれで良かったの? きっとジークが竜の王を倒したって知ったら、冒険者として一気に有名人になってたよ!」


 俺は少しのあいだ黙っていた。地竜が草原を超えて、最近できた橋を渡り始めた。大きな海が見えるその風景に、何となく見入っていたせいかもしれない。


「俺、昔から冒険者とか騎士とか、そういうのにすげー憧れてたんだ」

「うん。知ってる」

「でも、実際に会って戦っているあの人達を見ていると、何だか窮屈そうだったんだよな」


 フィアは背後でくすりと笑った。


「仕事だもの。窮屈なことも、嫌なこともいっぱいだよ」

「うん。そうなんだよな。そう、やっぱあれも、他の仕事と一緒なんだよ。そう考えると、どこか割に合わないというか、燃えてこないんだよ」


 まあ、こうやってしみじみと語ってるっぽい俺だけど、実はある人から聞いた話で心変わりをしたんだ。


 竜王が消滅した後、フィアから王様の所へ行こうって誘われた時、この後どうなるのかなって質問してみた。するとなぜかアンジェさんがずいっと出てきて説明してくれたんだ。


 彼女が言うには意外とカッチリしているらしくて、ちゃんとギルドに登録して、仕事の時間はきっちり厳守して、それでいて守るべきこともいっぱいなうえに命がけで最近は給料が安いんだとか。そうなると、俺がガキの頃憧れた冒険者の姿はもうないかもって思った。


「え? え?」とフィアが変なリアクションしてたんだけど、そういえばディランのパーティは別格だったし、普通のスタートラインはかなり厳しい生活なんだろう。


 あと、君が有名になっちゃうと、もうフィアと一緒にいるのも弊害が出るかもしれないね、なんてことを言うんだよ。なんか変だなと思いつつ、俺は聞いてるうちに尻込みしてきちゃったんだ。


 ただ、フィアが慕っているとはいえ、なんかアンジェさんからはヤバイものを感じる。


「フ、フフフ。君にはいろいろと聞きたいことや試したいことがあるの」とかその後アンジェさんが怖い笑顔で言ってきたので、スルーしてそっと二人で帰ることにした。


 盛大な見送りをしたいと王様は言ってきたらしいけど、フィアは今大変だからって、こうして二人乗り地竜で帰ってる。


「じゃあ、村でお店の受付をして過ごすってこと?」

「それなんだけど。実はさ……」


 橋を抜けて、俺たちを乗せた地竜はなおも駆けていく。レオの村まではまだまだ距離があるけれど、全然苦にならない道程だった。


「俺、強くなりたいっていう気持ちなら、前よりずっと大きくなったかも」

「ん? なんでー?」


 キョトンとするフィアの声が耳にかかってきて、ちょっとくすぐったい。そしてこれから、もっと痒くなるようなことを言わなくちゃいけないのだ。


「時喰いの迷宮に潜っている時は、どんどん強くなれた感じがして、スッゲー楽しかったんだ。だから俺は、もっとあのダンジョンで鍛えたい。鍛えて鍛えて、そして——最強になりたい」

「ほ……ほえー」


 なんだよ。その思いっきり気の抜けた返事は。思わず吹き出してしまい、彼女もまた笑い出した。


「冒険には出ないけど、強くはなりたいってこと? なんか変なの」

「ああ、俺は村でも一番の変人で通ってるからな」

「そうだね。変態だもんねっ」

「違う! 変人だ変人! そこ間違えるな!」

「あはは! 冗談冗談」


 ちょっぴり上機嫌になった聖女様が、ようやく元気な笑い声を発して、急に世界が明るくなっていく。


「だからさ。またもう少し、挑ませてくれないか? 時喰いの迷宮に」

「うん。いいよ! あたしもジークと一緒に、もっとあのダンジョンに挑戦したい! っていうか、あたしが前衛でジークが守ってもいいんだよ」

「やめろって! 全滅するだろどう考えても」

「あたしが戦士役で、ジークがお姫様。ね? 昔そういう役だったでしょ」

「いやいや! 死ぬ! マジで恥ずかしくて死ぬわ。冒険者ごっこのことは忘れろ。闇に葬れ!」


 フィアはいつになく楽しそうに笑い、その後もくだらない話ばかりを続けた。しばらく経って、いつの間にか静かになったと思ったら、背中に軽くてふわりとした何かが当たる。小さな頭を俺に預けているのが分かった。


 そして静かに、こう呟いた。


「また一緒に探検だね。あたしもこういうの、大好きかも」

「そりゃ良かった。俺も今から楽しみだ!」


 地竜はまるで俺たちの気持ちに応えてくれるかのようにスピードを上げていく。大きな山を超えて、遠目に小さな家やお店、田んぼがうっすらと見えた。


 何もないはずの退屈な村で、俺たちはきっと明日からまた、スリリングな秘密の冒険に繰り出していくのだ。レオの村の頭上には入道雲が膨れ上がっていて、やけに白く輝いていた。

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聖女になった幼馴染がお土産にダンジョンを持ってきた(?)ので攻略していたら、いつの間にか剣聖より強くなっていた村人の話 コータ @asadakota

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