第65話 剣聖ディランの今までとこれから
「誤解です。僕はただ、フィアを……未来の妻を守るべく、必死に戦ったまでのこと。国を裏切るような行為など、するはずがありません。現に、僕が空中で戦いを繰り広げたからこそ、奴は地に堕ちたのではありませんか」
「ほう。それはおかしいな」
国王の瞳はまるで氷で作られているかのように冷たい色をしていた。
「お主が聖女フィアを、殺そうとした現場を見たと証言する者がおる。のう?」
王の呼びかけに応じ、前に出たのはギデオットだった。
「間違いありません。この男が封印のナイフで聖女を刺そうとしているところを、この目ではっきりと確認しました」
眉間に皺を寄せながら淡々と語る老いた男を見て、ディランは目を丸くしていた。あの状況で目撃者がいたというのか。
そういえば、紫炎はいつの間にか消え去っていた。炎の近くに奴がいたとするならば、目撃されていてもおかしくはない。バレやしないと高を括っていた彼は、途端に落ち着きを無くしてしまう。
「そして、実際にそのナイフは振り下ろされようとしていました。だが、私のよく知らぬ誰かが、その一撃を必死で止めたのを覚えています。その後は魔法の爆発や砂嵐が舞い上がり、細部まで分かりませんでしたが」
「う、嘘だ! この男は嘘をついている。僕がフィアを殺そうとするものか!」
国王はコホンと一つ咳払いをする。ディランは絶対的な権力者の軽い仕草一つで黙り込んだ。
「聖女フィアよ。ギデオットの申しておることは本当だな?」
「……はい。彼はわたくしに、君のことはきっと忘れない、そう言いながら、」
「ち、違う! 違う違う違う!」
首を何度も横に振りながら、剣聖はその先を言わせまいと必死で声を荒げた。フィアは怒りというよりも悲しい気持ちになる。どうしてこの後に及んでも嘘をつかなくてはならないのか。なぜ、自らの行いを正直に答えないのか。
「モーリー。お主からも一つ、進言があったのう」
続いて前に出たのは、剣聖パーティでフィアの代役を務めていた神官、モーリーだった。彼は静かに王の前に跪くと、ワナワナと震える声で証言を始めた。
「私は飛竜にまたがり、空の上で竜と剣聖様の戦いを援護していました。彼は勇猛果敢に竜に挑みかかると思いきや、前にいたハク殿の飛竜に体当たりしました。ハク殿は竜王の攻撃をもろに直撃し、知ってのとおり戦死してしまったのです。彼は、ハク殿を餌に使ったのです」
ディランの顔がさらに青くなった。まさか、あの土壇場での行為が見られていたなんて。
「は……はは……は。何を言ってるんだいモーリー。ハクは自ら先陣を切って、僕のために犠牲になってくれたんだよ。誤解するのはやめてくれ。君は彼を愚弄していることに気づこうね」
「ほう。まだ白を切るつもりか。では次の報告とゆこう」
ビクリ、と剣聖の肩が震える。まだあるというのか。続いてやってきたのは一人の兵士で、王に手紙を渡している。その封筒はどうやらレオの村から送られてきたものらしい。
「ふむ。レオの村では珍しく集団での殺人未遂事件が発生してのう。そやつらの証言を聞くには、どうやらディランという剣聖からの依頼であったというぞ。聖女の周囲にいる村人を殺すように頼んでいたそうだな」
「こ……こ……国王様。ご冗談を。そのようなならず者どもの言うことなぞ信じるに値しません。第一、そんなつまらない男一人殺した程度で、僕に何の得があるのですか」
その時、フィアの瞳が大きく見開かれ数歩ほど後ずさった。信じられないことを知ったとばかりに、その体は震え始めている。
「ディラン様……あなたは…! もしかして、ジークを殺そうとなさったのですか」
「フィア! 僕があんなつまらない奴を相手にするわけないだろ。冷静に考えるんだ」
ふむ、と何か得心がいったように王は頷く。
「ワシはまだ被害者が一人とも、男だったとも話してはおらんが。なぜお主は知っているのだ?」
ディランの思考が止まる。続いて、全身からぶわりと汗が浮かび上がった。
「それは……それはその。噂で聞き及んでいたのですよ」
「ほーう。辺境の村であった事件まで把握しておるとは、なかなか仕事熱心じゃな。さて、そろそろ通してよいぞ」
扉の向こうから足音が聞こえる度に、剣聖の心臓が跳ね上がっていく。身体中から力が抜け、押せば倒れてしまいそうだ。まさか今度はジーク本人が現れるというのか。
「国王様。お会いできて光栄でございます」
しかし意外なことに、そこにいたのは一人の女性と小さな子供だった。剣聖の記憶にはない二人。国王は優しく笑いかけている。
「遠路はるばるよく来てくれた。ジージョの町もまた、大変な有様じゃったな」
「ええ。本当に、死んでしまうかと思うほど辛いものでした」
ジージョの町だと……? ディランはうっすらと思い出した。そうだ。あの時、戦略的撤退を行った時のことだ。
「お主が瓦礫に潰され死にかかっている時、ディランは見捨てて馬車を走らせた。間違いないか」
「……はい。間違いございません。ギデオット様の部隊が助けに来てくれなかったら、今頃……」
その声に加勢するべくモーリーが続く。
「私は治癒を行おうとしましたが、ディラン様はやめろと仰ったのです。私もまた、お二人を見殺しにしようとしたも同じです」
項垂れる神官の肩を、国王は軽く掴んだ。
「気にするな。それが命令とあれば、自らの命も危険となれば……逆らえまい。問題は命令を下した人物にある」
ディランは全身が高熱にあったかのように震え、歯がカチカチと音を立てている。あまりにも揃いすぎていた。ここまで証言されてしまえば、覆せるものはない。
「ディランよ。一週間後、貴様の裁判を執り行う。小賢しい真似ばかりしよってからに、気に食わぬわ。貴様如きを剣聖などとは認めぬ! たとえ全てを言い逃れしようとも、ワシは軽い刑罰で許すつもりはないぞ。覚悟をしておけ!」
普段のひょうきんな印象とはまるで違う、威圧感に満ちた怒鳴り声が謁見の間に響き渡る。兵士達が焦りつつもディランを引き起こし、牢屋へと引きずっていく。
「ひ……ひぃ! ひいいい、いいい!」
まるで悲鳴のようだったが、彼は最後の最後に何かを言おうとしていた。しかし言葉にならず、怯えた心を表しただけにすぎなかった。
あんなにも立派で清涼に見えたはずの男が、これ以上なく情けない姿に変わっていく様子に、フィアは驚きと悲しみで胸がいっぱいになっていた。
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