7つ目のチャンス


「それでは、最後のチャンスになりますが」


「いや、もういい」俺は死神の言葉をさえぎった。「7つ目を何にするかは、最初から決めていたんだ。それなのに・・・」


 死神は黙り込んだ。


「それなのに、なぜ君はそこにいるんだ?」


「・・・私が誰なのか、わかっているの?」


「佐野瑠美(さの るみ)。そうだろう?」


「・・・どうしてわかったの?」


 俺は首を横に振った。

「君の『声』だよ。最初に聞いた時、どこかで聞いた声だと思ったんだ。ずっと頭に引っ掛かっていた。何度か過去に行っているうちに、思い出した」


 死神は、顔にかかっているフードのようなものを、後ろにたくし上げた。

 そこに彼女がいた。あの時のままの顔で。



 俺は30代の頃、彼女と付き合っていた。毎週のようにデートを重ねていたが、彼女は俺より10歳年下だったから、費用はいつも俺持ちだった。


 俺は生活が楽ではなかったのに、見栄を張っていた。ボーナスが出ると、結構値の張るファー・コートを彼女に買ってあげたりもした。


 そのうちに、俺の心に疑惑の念が湧き上がった。いつもデートに誘っているのは俺の方で、彼女の方から誘われたことは一度もない。


 俺は利用されているだけじゃないのか?彼女の方から俺を「愛してる」と言ってくれたことがあったか?


 俺は試しに、彼女をデートに誘うのをやめてみた。


 すると、彼女の方からは何週間も連絡が途絶えた。


 俺は悟った。俺は都合の良いセフレにすぎなかったんだ、と。(当時は『セフレ』なんて言葉はなかったけど)



「私は殺されたの」彼女は言った。「あなた、知ってた?」


「いや」俺は予想外の言葉に動揺した。「それは、いつのことなんだ?」


「20数年前。ひき逃げだった。最初は重体だったから、新聞報道もそんなに大きな扱いじゃなかった。死んだのは次の日。死にたくなかったけど」


彼女は天を仰いだ。どこか哀しそうな表情だった。


「私は、誰に殺されたのかわからない。警察の捜査も迷宮入りになってしまって。悔しかった。まだ死にたくなかったのに。それで、私は成仏できなかった」


 俺の方を向いた彼女は、少し妖しげな顔になっていた。


「長いこと成仏できなかった私は、冥府魔道(めいふまどう)に堕ちてしまった。その時から、私は冥界に向かう魂を片っ端から引き寄せて、あなたにしたように7つのチャンスを与えるようになった。もしひき逃げ犯がその中にいたら、必ず私を轢いた過去に向かうと思ったから。そしたら復讐できるから。地獄へ送れるから」


 『冥府魔道』って、確か時代劇の『子連れ狼』に出てきた言葉だ。凄まじい復讐心を表す言葉ではなかったか?


「でも、長いことそういうことをしているうちに、疲れてきちゃった。もう成仏したいのに、できない。私の代わりになってくれる人がいないと・・・」


「代わり?死神の?」


「死神じゃないよ。あなたはそう思っていたみたいだけど、私は人の死に関わっていたわけじゃない。ただ・・・」


「ただ?」


「7つのチャンスが外れた後に、私と交代しないか提案してたんだ。永遠の命だよって言って」


 ひでえ。7つのチャンスなんて最初から全部ハズレってことだし、永遠の命ったって、人として生活できねーってことじゃねえか。


「あなたにもそうするつもりだったのに・・・。でも、もう無理だね。いや、最初から無理か。誰だってこんな・・・」


「最後にひとつ聞かせてくれないか」俺はまた口を挟んだ。「俺のことは、本当のところどう思っていたんだ?」


 彼女は目を伏せて答えた。

「ゆうくんが無理してたのはわかってた。悪いな、と思ってた。私なんかじゃ、ゆうくんを幸せにすることはできないと思った。きっと、もっとゆうくんにふさわしい人がいると・・・」


 多分、嘘だ。でも、もういい。久しぶりに聞いたから、「ゆうくん」って。


「俺が代わりになれば、君は成仏できるんだな?」


 彼女はハッとしたような顔で、俺を見つめた。


「代わってくれるの?」


「ああ。俺も悪かったって思っていたから。気にするな」


「嬉しい・・・」


 彼女は右手を俺の方に伸ばした。その指先から、ダークマターのように俺の方に暗黒物質が流れ込んでくる。いや、ダークマターって見えない物質なんだっけ?


 気がつくと、俺は彼女が纏っていたのと同じ、真っ黒な衣装を身に纏っていた。そして彼女はというと、素っ裸になっていた。


 彼女はゆっくりと天上世界に向かって上って行った。


「ありがとう、ゆうくん」




 俺は死んだ。今の俺は、ゾンビみたいなもんだ。だから、生まれ故郷には帰れない。俺は死んだことになっているから。


 でも、生まれてから今までの、どの時代のどの場所へも行ける。パスポートがないから、外国へ行くのは無理だけど。


 次に誰かが代わってくれるまで、俺は死神かヴァンパイアか妖怪みたいな存在になって生き続ける。


 そして俺はしばらくの間、この世と冥界の間をさまよい続けるのだろう。それもまた、悪くはない。




  終わり

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タイム・フライズ~7つのチャンス~ @windrain

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