6つ目のチャンス
とはいえ、だ。自分が全く信用できない人間だとしても。チャンスがあと2回しかないとしても。
俺には、やっておきたいことがある。
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俺は、5年前に飛んだ。
場所は病院の前。問題は、どういう姿になるか、だ。
俺はひとしきり考えて、60歳の姿になった。さらに眼鏡をかけて、髪を短くして、眉間にしわを寄せてみよう。
そして病棟へ移動し、患者衣になり、点滴スタンドをつかんでゆっくりと歩いた。
あの日、俺の母親は、この病院に入院していた。元々は通院だったのだが、癌が発見され、何度か入院を繰り返しながら悪化していった。
近くにもっと大きな病院があるのだが、あまりにも外来患者が多く、診察に時間がかかるのを嫌って、こっちの病院をかかりつけにしたのだった。
母は、先生や看護師が優しいと気に入っていたが、はっきりいって腕が良いとはいえない。あとで母から聞いてわかったことだが、3年もちゃんとした検査をやっていなかった。
忙しいからといって検査を断っていた母も悪いが、検査せずに薬の処方だけを3年も行えるはずがない。カルテ上は、嘘の検査したことになっていたはずだ。
その結果、癌が見つかったときには命に関わる状態だった。この病院ではレーザー治療ができず、遠隔地の系列病院へ回され、そこで入院となった。俺は毎日午後2時頃まで仕事をした後、車で遠隔地の病院へ通った。
レーザー治療が一段落すると、元の病院に戻ったが、再発を繰り返した。
その日、私が病院から連絡を受けて行ってみると、母は譫妄(せんもう)状態になっていた。私のことを、死んだ母の兄だと思って話しかけ、やがて深い意識混濁に陥った。
主治医は「薬の副作用かも知れない」と言い、「明日から薬を変えてみる」と俺に話した。
それで俺は、飼い猫の世話もあるので、今日はこれで帰ると看護師に話した。
看護師は顔を見合わせていた。その時はそれがどういう意味かわからなかったが、午前1時過ぎに電話が掛かってきて、母が危篤だという。
看護師は、母が危険な状態だとわかっていたのだ。わかっていなかったのは主治医だけだった。
俺はすぐに車で病院に向かったが、着いたときには既に母は亡くなっていた。
もうすぐ、当時の俺が帰ろうとして、病室から出てくるはずだ。・・・来た。
俺は、当時の俺を呼び止めて言った。
「あんたの母さんは、今夜が峠だと看護師が言ってたよ」
「えっ?でも先生は薬の副作用だろうから、明日から薬を変えるって言ってたんですが」
俺は首を横に振って言った。
「あいつは藪医者だ。あいつにかかったら、生きる者も死んでしまうと陰口をたたかれているぞ。多分、母さんはもう助からない。今夜はついていてあげなさい。でないと、死に目にあえなくなるよ」
今まで見てきた俺なら、これでもダメだ。これ以上、どう言えばいい?
だが当時の俺は、軽くおじぎをすると、病室に戻っていった。
ようやく通じたのか?俺はまだ信じられず、しばらく病室の方を見ていた。
そこへ看護師が通って、俺の顔を見慣れぬ者を見るような目で見たので、俺は慌てて近くの病室へ入り、幽体になった。
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「6つ目のチャンス、判定を行います」
死神は判定器のボタンを押した。
『ブー』の音が鳴って『✕』印が出た。
でもいいんだ。俺の記憶には、死に際の母からの「ありがとう」という言葉が加わったから・・・。
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