5つ目のチャンス
次に俺は、俺の社会人時代に飛んだ。
アパートで一人暮らししていた俺は、仕事の忙しさで自炊もできず、いつも弁当を買って食べていた。サービス残業後に弁当屋が閉まってしまうと、牛丼屋やファミレスで食べていた。
食費がかさんでいたので、生活は楽ではなかった。にも関わらず、CDや家電製品を買い求めていたので、苦しさはなおさらだった。
その頃、「レーザーディスク・プレイヤー」というものがあった。DVDが普及する以前の光学式プレイヤーだ。ディスクサイズはアナログLPレコードと同じ直径30センチなので、CDサイズのDVDよりもかなり大きく、画質も劣っていた。
だからこそ後年、DVDに市場を奪われることになった。
俺は、レーザーディスク・プレイヤーの本体価格が安くなったときに買っていた。そしてその頃、俺の好きなアニメがレーザーディスク30枚組で発売されることになった。段ボール一箱というボリュームだ。当時で30万円ぐらいだったと思う。
前回の反省を踏まえて、俺は作戦を変更することにした。「未来から来た」というのは、やはり説得力がない。
俺は40代の姿になって、当時俺が住んでいたアパートの「ピンポン」を押した。果たして開けてくれるだろうか。たまに居留守を使っていたからな。
ガチャリとドアが開いて、20代の俺が顔を出した。よし、戦闘開始だ。
「私、DVDという新しい光学式プレイヤーの販売を担当することになりました会社の営業を担当しております、鈴木と申します。あっ、いや、セールスに参ったわけではないんですよ」
20代の俺は、あからさまに怪訝そうな顔をしている。
「市場調査にご協力いただきたいのですが、お宅様はレーザーディスク・プレイヤーなどお持ちでしょうか?」
「・・・あるけど」
ないといわれたら、話が頓挫するところだった。俺は続けた。
「そうしますとですね、連続ドラマシリーズのシーズン何とかいうやつのボックスセットが、例えば段ボール1箱になったとします。それをDVDだと、CDサイズ10枚位に収録できるんです。しかも画質はレーザーディスクよりもかなり良くて、値段も10分の1位で済みます」
矢継ぎ早に言い過ぎてしまったか?だが、20代の俺はちょっと興味を示しているようにも見える。
「ですから実は、レーザーディスクは近い将来、DVDに取って代わられるんです。段ボール1箱のレーザーディスクを観ている間に、ソフトは新製品のDVDに全て移行してしまいます。DVDはゲーム機にも標準搭載されますので、普及が早く、ハード単体のお値段もお手頃になります」
「・・・予約購入のお勧めってこと?」
「ああ、いやいや、単なるお知らせです。私どもといたしましても、今レーザーディスクのソフトを多く購入されますと、DVDの普及に多少の支障が出ないとも限りませんから、少し控えていただければ、ということです」
俺は、20代の俺が、具体的にあのアニメ・ソフトのDVDでの発売見込みを聞いてくることを期待したが、ヤツは聞いてこなかった。さすがに聞くのは恥ずかしかったのか、それとも俺がそこまで知っているはずがないと思ったのか。
もう一押しあれば、とも思ったが、次の一手が思いつかない。ヤツは購入を思い留まってくれるだろうか?
あのアニメ・ソフトを購入するために、俺はサラ金から借金をしてしまった。それが定年まで俺を苦しめることになるとは思いもせずに。
考えてみれば、俺が買ったものには後々「財産」と呼べる物が一つもない。それどころか、ガラクタと笑い飛ばされそうなものばかりだ。質屋に持って行っても、引き取りを拒否されるような物ばかりなのだ。
だからせめて、ここで借金を背負わなければ、もう少し暮らしぶりも楽になっていたかも知れない。
「どうでしょうか、興味を持っていただけたでしょうか?」
「非常に参考になりましたね」
その言葉が外交辞令なのかどうかは、わからなかった。
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「5つ目のチャンス、判定を行います」
死神は判定器のボタンを押した。
『ブー』の音が鳴って『✕』印が出た。
「ちなみに、あの頃のあなたは結局あれを買ったようですよ」
ようやく一つわかったことがある。中学生以降の俺は、全く信用できないということだ。
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