4つ目のチャンス


 俺が次に飛んだのは、中学生時代だ。


 2月の寒い日、雪道から俺は中学校の校舎を眺めた。


 あの頃、俺は自分を買いかぶっていた。



 俺は、漫画を読むことで同学年の他の子より早く文字を覚えた。アドバンテージはそれだけだった。それだけでも、小学生・中学生のうちは学力で優位を保てた。


 中学生の頃、今では考えられないことだが、中間テストと期末テストの時に、科目合計順位名簿が廊下の壁に貼り出されていた。俺は最初のうちは自分が上位にいることを確認したが、すぐに興味を失って、結果を見ないようになった。


 いちいち見るのもかっこ悪いとさえ思っていた。この頃には、相当なひねくれ野郎になっていた。


 俺が決定的に自分を見誤ってしまったのは、3年生の時の模擬試験(正確な名称を思い出せない)で、まぐれで全県4位を取ってしまったときだった。


 これで俺は、自分が『デキるやつ』だと錯覚してしまったのだ。



 特別教室棟(だっけか?)の窓が開き、内履きシューズを持って長靴を履いた生徒がその窓から飛び降りた。


 あれが『勘違い男』の俺だ。


 当時、高校入試に備えて放課後に補習授業が行われていた。確か生徒をA、B、Cぐらいにランク分けして、特別教室棟で行われたのだが、俺は移動するふりをして脱走していたのだ。


 おそらく同級生は呆れていただろう。先生も何も言わなかった。俺からしてみれば、逮捕状のない『任意取り調べ』なんだから、帰っても良いだろうというくらいの感覚だった。


 俺はそれほど勉強が嫌いだったのだ。宿題がなければ、家に帰って勉強することもなかった。


 俺は、雪を漕いで歩いてきた中学生の俺を呼び止めて言った。


「信じられないだろうが、俺は10年後から来た君だ」


本当は45年後から来たのだが。


「今勉強しないと、君は未来に苦しむことになる。高校入試で冷や汗をかくことになるし、入学しても勉強について行けなくなる」


「何言ってんの、おじさん」

10年後の姿でも『おじさん』か。小生意気なガキだ。


「君はこのままでは、社会に出ても出世のできない落ちこぼれになってしまうんだぞ」

「何言ってんの」小生意気な俺は言った。「俺、小説家になるんだもん」


「なれないんだよ」俺は少しイラついてきた。「とりあえず会社に勤めながら小説を書こうと思ったけど、忙しくて書けやしないんだよ。定年になるまで、一つも書けないんだ」


「10年後の俺だったら、なんでそんな先のことがわかるんだよ」


痛いところを突いてくるな。


「俺はタイムトラベルして、未来へ行ってきたんだ。それから今度は過去にやって来た。過去を変えるために」


「おじさん、SFの読み過ぎだって。本当は先生に頼まれたんじゃないの?その手には乗らないよ」


 俺は死神の言葉を思い出した。


『あなたが過去の自分に助言したとしても、過去のあなたが言うことを聞くとは限りませんよ』


冗談じゃねえぞ。せっかくここまで来たってえのに。言うことを聞けよ、俺。


「なあ、頼むよ。全部本当のことなんだ。今変わらなければ、絶望の未来が待っているんだ。お前、ピアノもギターも結局弾けなかっただろう?漫画家になるのも諦めた。不器用なんだよ、本当は。全県4位の成績なんて、まぐれなんだよ」


 小生意気な俺は、無視して帰って行く。


「待ってくれよ。信じてくれ。今勉強しなきゃ、お先真っ暗なんだよ。なあ、頼むよ・・・」


 結局俺は、過去の俺を変えられなかった・・・。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「4つ目のチャンス、判定を行います」


 結果はもうわかっているよ・・・。

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