8.彼女は


『――


 香奈のおかげで、俺の人生はとっても幸せな人生になりました。だから、次は香奈の幸せな人生を歩んでください。


 俺以上に大切にしてくれる人と出会って、思い出も俺達以上に作って、幸せな人生だった、って最期に思えるような、そんな人生を歩んでください。


 俺が香奈にそうしてもらったから、香奈もそうしてほしいです。



 香奈。体調には気をつけて、無理せず過ごしてね。悲しい思いをさせて、ごめんね。


 どうか幸せになってください。いつまでも、香奈のことを愛しています』




 便箋8枚にも及ぶ長い手紙――遺書は、そうやって締められている。




 早いもので、怜が亡くなって2年経つ。私はというと、最初の1年はとにかく何もできなかった。


 普通に過ごすことができなくて、実家に逃げ込んだ。ご飯を食べては泣いて、シャワーを浴びては泣いて、外に出ては泣いて、起きては泣いて。


 そんな生活をしていたが、流れる涙も段々と失われ、少しだけ自分から外に出られるようにもなった。


 ……のだけれど。




 夏を迎えようとする最近は、どうしても外に出られなかった。夏を象徴するあれこれが、怜との思い出を鮮明に脳裏によみがえらせたから。





 夏なんて、来なければいい。

 怜が隣にいない夏なんて、二度と来なければいい。


 夏なんて、消えてしまえばいい。





「……ううぅ〜〜…………」



 情けない声が漏れていく。涙がぼたぼたとみっともなく落ちていく。


 苦しくて、辛くて、しんどくて、痛い。


 どんなに願っても夏は来る。どんなに嫌っても夏は来る。どうしようもないその事実が、受け止められなくて。








 今年もまた______




 

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夏の訪れに彼女は泣いた 夏川 流美 @2570koyama

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