第2話 見知らぬ女の子
翌日は土曜日。起きたらすでに猛暑。
全身にたっぷりと汗をかいて額から汗が垂れる。暑すぎる。お母さんは猛暑にも関わらずまだ寝ていた。
私は窓を開け放つと着替えを済ませ、一人きりでカップ麺を食べた。
天気の良い朝で、朝からカンカン照りの太陽が眩しい。私は団地の公園へと向かった。団地の公園には、ブランコとすべり台がある。どちらも古いけど、子どもたちはみんなここに集まって遊ぶ。
いつもなら凛ちゃんが先に来ているか、あとからすぐに合流するのに今日は一向に現れない。しびれを切らした私は凛ちゃんの部屋へと向かった。
凛ちゃんはF棟の六〇五合室に住んでいる。ここの団地はA棟からF棟まであって、エレベーター無しの六階建てだ。最初は最上階に棲む凛ちゃんが羨ましかったけど、今では階段の登り下りが大変で二階に住んでいて良かったと心の底から思っている。
凛ちゃんの部屋の前に到着すると、私はインターフォンを押した。
「こんにちは! 凛ちゃん!」
室内から返事はない。凛ちゃんのお母さんは土日関係無く働いているらしく会ったことがない。今も一人で部屋にいるはずだ。まだ寝ているのだろうか。
私はもう一度インターフォンを押した。
やっぱり返事はない。
「……お出かけしているのかな」
部屋から出てこないので諦めて公園に戻ろうとしたとき、ふとドアの横に表札が無いことに気付いた。いつもなら『凛』と、手作りの表札が付けられているのに、その表札が無い。
「あれっ……引っ越しちゃったのかな?」
私はしばらくそこに立ち尽くしていたが諦めて公園に戻った。友達が引っ越すのは、何度も経験しているから慣れっこだ。だけど、心にポッカリと穴が開いてしまったようだった。
一人でブランコに乗っていると、先生が団地の向かい側の交差点に立っているのが見えた。先生はのんびりとした足取りで自宅へと戻って行った。
私は、そのまま何時間もブランコに乗ってゆらゆらとしていた。あまりの猛暑に鉄製の遊具のすべり台は熱を帯びて触れないほどの温度にまで上昇して蜃気楼が見える。私は一人で、ダラダラと汗を流しながらけたたましい蝉の鳴き声を聞いていた。
午後になると公園は日陰になったが、一向に気温は高いまま、いや、もっと上がっていくのを感じる。部屋に戻ったって暑いのは変わらない。それなら、先生の家に行こう。冷房が効いているはずだ。私は熱中症になりかけているのか、汗を流しながら意識が朦朧としていくのを感じた。
公園は時間を追うごとにだんだんと暗くなり、少しずつ気温が下がっていくのを肌で感じる。私は汗だくだった。
いよいよ先生の家に行こうとブランコから降りようとした時、公園の入口に女の子が立っていることに気が付いた。
見覚えのない女の子だ。二つに編み下げをしていて、ピンク色の半袖のワンピースを着ている。私と同じくらいの年齢に見えた。
「こんにちは」
私が声をかけると、女の子は正面を向いて私の顔を凝視した。
「こんにちは」
「あなた、ここの団地に住んでいるの?」
「そうよ、今日ここに越してきたの」
「そうなんだ! 何歳?」
「十二歳」
「じゃあ……私と同じ年だ。小学校一緒だね」
「そう。よろしくね」
女の子は私の隣に歩いて来た。
「私、
「私は
「蘭ちゃんね。私はA棟の二〇三号室に住んでいるの。あなたは?」
「私はF棟の六〇五号室に住んでいるの」
「……えっ! そこのお部屋、私の友達が住んでいるはずなんだけど!」
「そうなの? お友達のことは知らないけど、今日から私がそこに住むことになったの」
「うん……じゃあ、やっぱり凛ちゃん、引っ越しちゃったんだ。寂しいな」
「……そっか」
「でも、蘭ちゃんとお友達になれたから。蘭ちゃんのお父さんとお母さんは?」
「お父さんはいない。お母さんは仕事」
「じゃあ、母子家庭なの?」
「うん」
「私と一緒だ! じゃあ先生を紹介してあげるね!」
「先生……」
「先生は団地に住んでいてね、私達にご飯を作ってくれたり勉強を教えてくれるの。それでみんなで先生って呼ぶようになったんだよ」
「そうなんだ。慕われているんだ」
「そうだよ。今から先生のとこ行こうよ」
蘭ちゃんは首を振った。
「知らない人の家には行きたくない」
「……そっか、そうだよね。私は暑いしお腹も空いたから今から先生の家に行くね」
「家に帰ればいいじゃない」
「だって、家に冷房無いんだもん。ご飯だって……。だから」
「……そっか」
「じゃあ、また今度遊ぼうね」
私がブランコから立ち上がり歩き出すと蘭ちゃんも着いてきた。
「え? どうしたの?」
「私も着いていく」
「そう? 先生の家でアイスでも食べたいな」
私はのんきに答えたけど、蘭ちゃんはそれきり黙ってしまった。私達は先生の家であるC棟の一〇二号室に向かって歩き出した。
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