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第1話 先生と私

あんちゃん、いる?」

 熱帯夜の晩、先生が家にやって来た。ここは、郊外にある団地。私のお母さんはシングルマザーで帰宅が遅くなることは日常茶飯事。今日も私は一人で夕ご飯。


「開けてよ」

「今、出るね」

 私は今からお湯を注ごうとしていたカップ麺をテーブルに置いて重い腰を上げた。


 玄関のドアを開けると先生が笑顔で部屋を覗き込んできた。

「あ、杏ちゃん、またカップ麺」

「……カップ麺しかないから……」

「夕ご飯作ったから、今からおいでよ」

 

 先生は団地で一人暮らしをしていて、私のように一人で家にいる小学生の子どもを家に招いてご飯を作ってくれたり宿題を見てくれる。だからみんなから先生って呼ばれている。


 お母さんは先生は男の人だから、家には行かないでって言っている。

 だけど一人は寂しいからお母さんの目を盗んでこっそりと行っている。


「お母さんがもうすぐ帰宅しちゃうから。どうしよう」

「急いで食べれば良いよ」

 先生は玄関のドアに掛けてある私の家の鍵を手に取った。

「さ、おいで。そんなものばかり食べていたら体に悪いよ」

 戸惑う私の手を握ると無理やり廊下に引っ張り出した。

「靴履くから待って」

 仕方なく私はサンダルをつっかけて先生から鍵を奪い返した。そして、手を引かれながら先生の部屋へと向かった。


 ♢   ♢


「杏ちゃん!」

 先生の部屋には友達のりんちゃんが来ていた。

「凛ちゃんも来てたんだね!」

「うん」

 先生は私を見て微笑んだ。

「お腹いっぱい食べてゆっくりしていけばいいさ」


 先生は早速キッチンへと向かった。部屋は和室が二部屋繋がっていて、手前に居間、襖で仕切られた奥に寝室がある。居間の隣には古いキッチンがあり、その奥に洗濯機。その奥には洗面所とトイレ付きのお風呂場がある。どこの部屋もほとんど同じ作りをしている。

「どうぞ召し上がれ」

 先生が手作りのオムライスを出してくれた。にこにことした笑顔で私を見つめている。私は早速食べ始めた。

「いただきます」

「どうぞどうぞ。何か飲む?」

「あ、えーと、お水ありますか」

 先生は立ち上がると冷蔵庫へと向かった。

「コーラ出すから座ってて」

「ありがとうございます」

 コーラが飲めるなんて嬉しい。先生はデザートにとプリンまで出してくれた。

 私はご飯を夢中になって食べた。それからプリンも。一口ずつ、大切に食べる。


 ♢   ♢


 手元で氷のぶつかる音が響き、コーラを飲もうと顔をあげると先生と凛ちゃんが抱き合っていた。先生の手がスカートの中に入っている。


 私は驚きのあまり目を見張った。


「な……何してるの!」

 私は思わず大声を上げていた。

 先生は驚いたような顔をして凛ちゃんを離す。

 先生は、笑顔に戻ると時計を見つめた。あっという間に一時間も経っている。

「そろそろ時間だね。また明るい時間に遊びにおいで」

 先生は笑顔でテーブルの上を片付け始めた。

「お母さんに余計なこと言わないようにね」


 私達は追い出されるように部屋を出た。


 帰りながら、私は凛ちゃんに問いかけた。

「ねぇ、なんであんなことしていたの?」

「……あんなことって?」

「その……先生と抱き合って……」

「先生からしてきたのよ」

 

 凛ちゃんは母子家庭で一人っ子。私も母子家庭で一人っ子だから、男の人は身近にはいない。だから、男の人とくっつくなんて考えられない。

「先生から抱きついてきたの? いやだぁ」

「……もう、先生のとこ行くのをやめようかな」

「え……うーん」


 先生の家に行けば美味しいご飯がある。冷暖房完備の中で宿題も出来る。


「先生の家は天国だからなぁ」

 凛ちゃんは、呆れたように首を左右に振った。

「じゃあ、もう私行くから」

「凛ちゃんまたね」


 私が帰宅すると、母は寝室に布団を敷いて寝ていた。

 疲れている日は先に寝ているなんてざらにある。 

 私は汗でベタベタした体をシャワーで洗い流してパジャマに着替えると、お母さんの隣に布団を敷いて横になった。 


 そうして、お母さんがこの前してくれた話を目を閉じて回想した。


 食後、お母さんが真面目な顔で私に話しかけた。

「杏。今度ここを引っ越そうと思っているの」

「えっ!」

「社員寮に空きが出たから。そっちのほうが新しいマンションで綺麗だし部屋も広いから」

 お母さんは看護助手をしている。看護師のお手伝いの仕事だ。古い団地に飽き飽きしていた私はその話を聞いて心が踊った。

「本当に! やったぁ!」

「ほら、ここなんだけど」

 お母さんが社員寮の画像が印刷されたコピー用紙を見せてくれた。室内の壁は一面白色で床がフローリングだ。夢のような家。

「綺麗! 早くここに引っ越したい!」

「うん。お母さん、頑張るからね」

 私達は笑い合った。


 私にとってはまるでおとぎ話のような話だ。

 

 それから、程なく眠りに落ちた。

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