第21話 榊


いいよ、と私はつかさず、夜への合図を送り、何度も意志を持って頷いた。



「その簪は酷く尖っているよ、……いいのかい、それでも」


 私は両目を頑なに開かれぬ、ブルーローズの蕾のように閉じたままだ。



「草薙の剣のように痛いよ。まだ君の未熟な身体なら」


 私は夜半の目覚め、古典を参照する召人のように頷き続けた。


「じゃあ」


 私は見受けされた娘のようにその息の根を止めた。


「鍵を開けるように」


 


痛くない? 


ううん、痛くないよ? 


痛くない、痛くない。



私は規定より超過した呪文のように唱え続ける。


沈鬱な痛みを感じなくなると、生死を振り払おうと、我に返って目を開け、誰もいない私自身の部屋にいたその事実に気づいた。



ただ、両足はなだらかに熱くなっているし、とろみもある。


熱湯から湯冷めしたときのような、妙な気だるさがある。


身体から全集中を使ったのは分かった。


徒然なるままに私は、この夏越しの月にあまりよろしくない、泡沫の夢を私は見ていたのだろうか。



しばらくの間、夢現を祓い、弔いながら、ぼんやりと天井の染みを数えていると左手に何か握っていた。


葉っぱだ。


それも枝ぶりのいい、大木の葉っぱだ。



これをどこかで見たことがある。


よく狭野神社の境内に生えてある神聖な成木だ、と閃いたとき、その正体は有ろうことか、榊の瑞枝だった、と判明した。


こんな聖なる神木をどうして、私は握っていたのだろう。



夢の温もりが残っているうちに何か、化かされたんだろうか。


見知らぬ人と今一度でもいいから相対した彼と青葉月の夢の中で会う。


いや、不吉な夢の前兆かもしれない。



あの卯の花の簪はなかった。


代わりにあるのは真榊の枝葉だけ。


彼は今頃、何をしているのだろう。


私は雨水を含んだ、翠霞の月明かりを浴びながらもう一度眠りに落ちていった。


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螢火詩想 青い螢は何処へいますか、少年と。 詩歩子 @hotarubukuro

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