彼らの命を救うのは、蘇生魔法とマッチポンプ


 勇ましい声を上げながら、10人の挑戦者は階段を降りる。

 やがて階段は終わり、最奥の見えない真っ直ぐに伸びた一本の道に出る。


 第一回廊『試シノ道』


 此処では、突入してきた挑戦者をまるで試すように、人によって違った仕掛けが待ち受ける。

 ある者には大量の罠が。

 またある者には魔物の猛攻が。


 そういった事から、ここはまるで挑戦者を試すようなエリアだ。という意味を込めてそう名付けられた……。


 というのは何も知らない表の理由。



 このエリアの本当は、近くにある部屋の中にある。

 洞窟の壁と同化した、従業員しか知らない整備された通路の奥、『関係者以外立ち入り禁止』とプレートの吊るされた部屋の中。

 真っ白な内装に、壁一面のモニターと、他の壁を一面埋め尽くすボタンが並ぶ部屋の中に、ワークチェアに座る二人の人型が居た。

 片方は人間。黒髪赤目の二十歳前後の青年。

 身長は170センチ後半、凛々しく整った顔をしている。

 そしてもう片方は、オーガと呼ばれる鬼のような種族。

 2メートルほどの巨体に真っ赤な皮膚。眉間から伸びた牛のように大きなツノ。

 全ての人を威圧しているようなイカつい三白眼に、ギザギザとした歯。

 何も知らずに見れば、どう考えてもヤバい。そんな青年の二人組。


「ねぇガオ、10人を足止めできる罠か魔物って何か残ってたっけ? 」


「はァ? そんなもの……ヤベッ」


 ガオと呼ばれたオーガの青年は、ボタンの並んだ壁に目を向ける。

 そして、その視線の先にあるのは、全て赤いランプのついたボタン達。

 要するに『使用不能』


「悪りぃ、全部充電中か修理中だわ」


 ガオは青年に、まるで悪びれた様子なく、自分の後頭部をぺちんと一つ叩いて軽く謝罪。


「バカァァァァ!! 何でガオと組むと毎ッ回毎ッ回、こんなことになるのさ!

 出勤のタイミングでどれが使えるのか位見ておいてよ!

 何が「20人程度、この回廊で充分だぜ」なんだよ! 結果次のグループで手詰まりじゃん! どうすんの、このままじゃ何も無い直線歩くだけで終わるよ!? 」


 そして、ガオに対してがなり立てているのがロイ。

 この大迷宮で働く唯一の人間。


「いやぁ、マジで悪い。とりあえず、他からヘルプして貰うか……戦闘職の人誰か居たかなぁ」


 そう言いながら、本日のシフト表を見ながらガオが思案する。

 と、そこで。


「いや待てよロイ。良いことを考えたぞ」


「……何も良い予感しないけど、一応聞くよ。何? 」


偽造種フェイクを使おう。

 色々と作って使う機会無かったやつ残ってんだよなぁ」


 ウキウキとしながら、ガオは足元の引き出しを漁り、ディスクを一枚取り出す。


 偽造種フェイク

 カッコつけた名前をしているが、実際の所はただの動く人形。

 というのも、社員だけで大迷宮を回すのはどれだけ人手があっても不可能。

 なので、魔物の外見と性能をしているが、言語能力やその他食欲などの生物にある機能の一切ない人形を敵キャラとして使っている。


「へへっ、コイツとか最高なんだよなぁ! 

 ほら、行け行けモールスライム! 」


 楽しそうな口調で、モニター下部に備え付けられたドライブにディスクを入れる。


 そしてその直後。


『お、出やがったな! って何だスライムかよ……俺たちをバカにしてんのか? 』


 モニターの先から声。先程の挑戦者の声だ。


「さて、ソイツはただのスライムだと思って油断してると痛い目見るぜぇ? 」


 ガオはモニターをニマニマと眺めながら楽しそうな声を出す。

 その横でロイは大きく溜息を付くのだった。


─また怒られるな、コレ。


 とか呟きながら。



✳︎✳︎✳︎



 そして場所は戻ってダンジョン内。

 男達は『スライム』と呼ばれた生物に対して侮ったようにニヤニヤと笑いながら各々武器を構える。


 まるでゼリーのようにプルプルと震える水色の生物。

 短いながらも手足が伸び、半分に切ったタマゴのような形はまるでゴマフアザラシのようだった。

 とはいえ、その表面には顔や模様といったものは無く、体内の中央に赤い球体がぷかぷかと浮いている。


 大迷宮最弱とされている魔物、それがこのスライムという生き物。

 本来なら、芋虫のようなノロノロとした動きで接近し、相手に纏わりつく位しか出来ない魔物なのだが、ガオの悪癖の趣味によって改造されたこのスライムは違い、


「なッ……!? 」


 まるで水に潜るように地面に潜った。


「何だあのスライム……変種か? 」

「気をつけろ……どこから出るか分からないぞ」


 男達は笑いを引っ込め、全員で纏まるように前衛がジリジリと後退する。

 だが、


「ヒッ! 助け……」


 突然スライムは後ろに飛び出し、最後方に居た弓を持った男を襲う。

 そしてそのまま、誰にも反応させないまま再び地面へと潜っていった。


「クソッ……何で……チクショォォォ!! 」


 仲間の吸い込まれた地面に手を叩きつけ、隊長格の男は膝をつき涙を流す。

 そして周りの仲間達も皆、「あいつは良いやつだった」と涙を流す。



 そんな様子をモニタールームでは。


「ハァ……開始3分で初見殺しってどうすんのさ……まぁいいや。

 ほら、ヤマさんから届いたよ」


 はしゃぐガオをジトッとした目で見つつ、いつの間にかモニタールームに届けられた箱を手渡す。

 中にあるのは大量の人骨。占めて9人分。


「さぁて挑戦者ども。

 もうちょいビビって貰おうかね? 」


 箱に詰められた骨を手に取り、ガオは邪悪に嗤う。



✳︎✳︎✳︎



 裏でそんな会話があるとはつゆ知らず、9人になった挑戦者達は更に先へと目指す。

 そして数分ほど歩いた所で、


「アレ……は……」


 少し先の地面に水溜りが出来ていた。

 水色の水で出来た水溜り。その中央を突くようにして矢が突き立てられており、周辺には人骨が無造作に散らばっていた。


「アイツだ……アイツが苦しみながらあのスライムを殺してくれたんだ……

 命を賭けて……」


 そんな光景を見て、また挑戦者は涙を流すのだった。


 その後も、挑戦者はガオの仕掛けた様々な偽造種達によって数を減らされていきながら先に進んでいった。



 そしてとうとう、


「クッソ……隊長! 俺の事は見捨てて、先に行ってくれェェェェ!! 」


 たった二人にまで減ってしまった挑戦者の片割れが、大きな腕を持った数メートルはある大蛇によって捕まってしまっていた。


「でも、お前まで見捨てたら俺は……! 」


「馬鹿野郎! 回廊を抜けたらコイツは追っていけない、それがこの迷宮のルールだ!

 どうせ二人じゃこの化け物は倒せねぇ! 

 だから、俺が囮になってる今のうちに、少しでも……少しでも前へ!! 」


 挑戦者を捕まえた腕は徐々に大蛇の口元へと運ばれていく。

 もう助かる術も時間もない。


 そう判断し、そう判断するしかなく。


 隊長と呼ばれた男は、大蛇に背を向け、第一回廊のゴールの扉を潜って行った。

 その直後、第一回廊から男の悲鳴が響き渡ったのだった。


「クソッ……どうして、どうして……! 」


 閉じた第一回廊の扉を向いて、挑戦者は崩れ落ちて涙を流す。


「おや、どうしましたかな? 」


 そんな彼の頭上から、老人の声が一つ。


 挑戦者は慌てて振り向き、見上げる。


 そこにいたのは、180センチほどもある大柄な骸骨スケルトン

 だが、問題なのはその格好。

 何故かこの骸骨、手には錫杖を持ち、司祭の格好をしていた。


「何だ……お前は……」


「私はこの迷宮に住まう賢者。

 君たちのように、迷い、苦しむ者を救う為にこの場所に住んでおる。

 だから当然、君の事も救いたい」


 骸骨は膝をつく挑戦者に手を伸ばす。


「さぁ、君の望みは何だね? 」


「……仲間と、もう一度会いたい。

 アイツらを生き返らせたい……なんてのは、無理だよな? 」


 賢者の問いに挑戦者は自嘲するように呟く。


「あぁ、簡単だとも」


 だが、予想外にも賢者はアッサリと頷いた。


「本当か!? 本当にアイツら、生き返るのか!? 」


 縋るように差し伸べられた手を両手で握りしめ、賢者の顔をじっと見る。

 表情から何を考えているのかは分からない。

 騙しているだけかもしれない。

 それでも、挑戦者はコレを頼るしかなかった。


「とはいえ、気持ち程度のお金は貰うがね。

 君が蘇らせたいのは何人だい? 」


「9人だ! 必要なら、名前も見た目も好物も、趣味も性格も何でも答える!! 

 金だって、一生働いてでも返す!!」


「ハハッ、大丈夫。人数さえわかればね。

 後は君の記憶が全て教えてくれるから

 それに、お金だって1人1,000デルでいいよ」


「……本当なのか」


 破格の条件に、挑戦者は泣き崩れながら、直様挑戦者は背中に入れた袋の中から財布を出し、10,000デルと書かれたお札を一枚賢者に差し出す。


「うん、じゃあこれはお釣りだ。

 さて、少し離れていなさい」


 賢者はそう言って挑戦者の手に硬貨を二枚手渡すと、錫杖で地面を何度かコンコンと叩いて、ブツブツと呪文らしきものを唱えていた。


『臨時収入といえ、人数多すぎんだろ。

 あの問題児、後で説教してやる……。

 このコスプレ嫌いなんだよ、胴の骨がザワザワしてあぁ気持ち悪い気持ち悪い』


 挑戦者には聞き取れていないが、そんな事を早口で唱えていた。


 やがて呪文の詠唱という名の愚痴は終わり、賢者は息を一つ、フッと吹く。


「さぁ、これで君の仲間は蘇った。

 この迷宮に繋がる酒場の201号室に行くといい。そこで君は出会えるよ。


 そうそう、折角会ったのも何かの縁。私の魔法で送ってあげよう。

 とはいえ、ギブアップにはなってしまうがね」


「構わない……仲間に早く会えるなら、俺はそれで構わない!! 」


「うん、良い返事だ。

 では此れからは、その拾った命を大切にするんだよ。


 では、ね」


 賢者は再び、今度はちゃんとした詠唱で魔法を唱え、直後挑戦者はその場から姿を消す。




「ここ……は……」


 時間にして数秒、挑戦者の視界は真っ白に包まれて、次に視界が戻った時にあったのは、


「お前……ら……」


 見覚えのある木造建築物と、泣きながら隊長を見る9人の姿。

 全員が無事な姿を見て、皆で抱き合い、最後の涙を流すのであった。



「めでたしめでたし。

 いやぁ、良い冒険だったなぁ!! 」


 といった一部始終を、ガオはゲラゲラと笑いながらモニター越しに見ていた。

 いつの間にか取り出したスナック菓子を摘みながら。



 ここで一つ種明かしをすると、今回の挑戦で一度でも死んだ者は誰一人としていない。


 スライムに飲まれた者も、大蛇に喰われた者も、魔法によって眠らされていただけ。気絶ですらないし、擦り傷の一つもしていない。


 道中の水溜りも、ガオが挑戦者の矢を一本拝借し、ぶちまけた着色した水の上に突き立てて、その辺に白骨死体のレプリカを置いただけ。

 本物はスライムに飲まれた時点で酒場の201号室に先程隊長が飛ばされたのと同じ魔法で転移させられただけの話。

 全身の凝りを揉みほぐすオマケつきで。


 大蛇も言ってしまえばハリボテで、体内は完全な空洞。

 中で催眠ガスによって眠らされ、尻尾の先から開いた穴を通って下のフロアへ。

 後は下のフロアで待っていた骸骨(賢者)によって転移しただけ。

 此方も催眠ガスの作用によって、全身の疲労感を取るオマケがついている。


 そして賢者の蘇生魔法だが、当然そんなものはない。というか、必要ない。

 何せ誰も死んでいないのである。


 後は賢者が「仲間は蘇った」と言ったタイミングで、酒場のスタッフにインカムで声を掛けて、眠りから醒める魔法を掛けてもらうだけ。

 結局のところ、彼らはコスプレした骸骨のよく分からない演説にそこそこの金を払っただけである。


「さて、これで午前中の仕事は終わりだし、飯でも行こーぜロイ! 」


「はぁ、まぁうまく行ったしいいか。

 今日の日替わりなん……だっ……け? 」


 ワークチェアから立ち上がり、ガオとロイが入り口に向く。

 だが、そこに立ち塞がるように先程の骸骨が仁王立ちで立っていた。


「よぉお前ら。随分と楽しそうじゃないか? 」


「あっ……ハハ……スケさん。まだ交代の時間にはハェーんじゃ無いッスかね? 」


 震える声で冗談を吐きつつ、冷や汗をダラダラと流しながら二人して立ちすくむ。


「正座」


 骸骨、改めスケさんが、吐き捨てるように言いつつ人差し指を下に振り下ろす。

 

「いや、今回は全部ガオのせいで……」


「あ、ズリぃお前! 」


「聞こえなかったか? 正座」


「「ハイッ!! 」」


 言い訳など一切させない。

 そう言わんばかりの威圧感で、再度人差し指を下へ振り下ろす。

 それに合わせて、まるで弾かれたようにしてガオもロイも固い地面へと正座をするのであった。



 そして一時間後、


「さぁー、午後の仕事も頑張ろう! ……って、二人とも何してんのよ? 」


 正座のまま、その膝の上に更に正座したガシャドクロを乗せられた二人に、羽の生えた少女がモニタールームに訪れた少女は問うのであった。


「もう……ガオの事信じない」


 そして最後にロイが一言、恨み言を呟くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らのダンジョン労働奮闘記 涼風 鈴鹿 @Suzuka_Suzukaze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ