第3話 後編

教室……、と言っていいのかわからないが、度々呼び出される生徒指導室。なぜかわからないが、俺はここで強面の体育教師と向かい合わせで座っている。


「で、香川。また警察のご厄介になったらしいな」


「いや、先生。言いかた。確かに事情聴取は受けたけど俺はシロですよ?」


 この前の遥とのやり取りは駅前ということもあって、ウチの生徒も何人か目撃していたらしい。そこから学校にも端的に話が伝わったのだろう。


「そうかもしれんが話が出てる以上、事情は把握しておかないとな。お前、俺と同じで見た目で損するタイプだからな」


 アゴヒゲをさすりながら、残念そうに話す鬼嶋きじま先生、35歳。学生時代は柔道で名を馳せたらしいゴリマッチョ。現在は5歳の娘さんにデレデレな自称イクメン。

 俺と同じく、その見た目から学生時代はかなり苦労をしたらしい。


「ははは、先生に同情されるようじゃ終わりっすね」


「どういう意味だよ。まあいい。事情聴取受けてるってことは警察もあらましは把握してるんだろ? 最悪、上には警察から事情説明してもらうけど、まずはお前の口から説明してくれ」


 呆れ顔で俺の言葉を聞いた先生が説明を促してきたので、この前の事件のあらましを話すと先生は頭をガシガシと掻きながらため息をついた。


「なるほど。俺たちの人種にはあるあるの話だな。で、その後柴崎と加害者の上級生とは話したのか?」


「いや。遥からは電話あったし家にも来たみたいだけどタイミング悪くて会えてなくて、殴ってきたやつに関しては名前すら知らない」

 

 メッセージが怒涛のようにきていたが、正直見る気になれずに未読スルー。着信も何回かあったがタイミング悪く出れていない。こちらからかけ直せばいいだけなんだけど、俺の中ではもうどうでもいいことなんで積極的に動くつもりもない。


「お前、加害者の名前くらい———」


トントン


『失礼します』


 鬼嶋先生のお小言を遮るかのように扉がノックされると、返事もないうちに扉が開かれた。


「鬼嶋先生。僕からも少し話しをさせてもらいますよ」


 入ってきたのは鬼嶋先生とは正反対の見た目のイケメン。サッカー部顧問で英語教師の若松わかまつ。女子生徒からの人気はすごいらしく、25歳にして他の先生や父兄からの信頼も厚いらしい。


「若松先生? ……ああ、今回のはサッカー部員って噂だったな。そっちの方の事情聴取は終わってるのか?」


 横柄な態度で入室してきた若松に不快感を顕にする鬼嶋先生。そうか、あいつサッカー部員だったのか。

 鬼嶋先生の隣の席にドカっと座った若松が、フゥッとため息をつきながら話し始める。


「ええ、もちろん。石塚いしづかからは話しを聞いてますよ。まったく、大事な大会の前に何をやらかしてくれるんだ、……お前は」


 スッと目を細めて睨みつけてくる若松に対して、俺の頭の中は「?」で埋めつけられていく。


「おい待て。お前どんな説明を聞いてきたんだ? 被害者はこっちだって聞いているぞ?」


 ギョッとした表情の鬼嶋先生に若松はため息混じりで話し出した。


「端的に見ればそうなんでしょうが、が女子生徒を追いかけ回していた事実がある。それは勘違いされても仕方ない行動で、女子生徒を救おうとした石塚のとった行動は自然なものです。まあ、多少やり過ぎたところはあるかもしれませんが原因を作ったのはお前だろ?」


 迷いのない表情でこちらを見る若松に頭の痛くなる思いだ。


「その理屈が通るのはイケメンに限る、って言いたいとこだけどそれは暴論だと思いますよ? 事情も聞かずに手を出した上に逃げていきましたからね。まあ、ケガしたわけじゃないしこのまま流してもよかったんすけど、そんな風に言われるとね」


 チラリと鬼嶋先生を見ると腕を組みながらうんうんと首肯いている。


「警察も事情を把握してるみたいだし、いっそのこと傷害事件で訴えてみるか? って言いたいところではあるが、上からはなるべく穏便に済ませて欲しいって言われてるんだ」


 隣に座る若松に鋭い視線を向ける鬼嶋先生。


「し、しかしだな。目撃者の証言も———」


『失礼しますっ!』


 訴えると言う言葉を聞いた若松が狼狽えながら反論しようとしたところで、勢いよく扉が開かれた。


 胸を手で押さえながらハアハアと荒い呼吸を落ち着かせようとする少女。


「正平が呼び出されたって聞いて、説明に来ました」


 俺を視界におさめるとキュッと唇を引き結んで先生たちと対峙した。


♢♢♢♢♢


「……一緒に帰りたい」


 生徒指導室を出たところで、後ろからワイシャツの裾を引っ張りながら遥が呟く。

正直、俺の中ではすでにどうでもよくなっていたのだが、遥の中では未解決の問題だったらしい。


 帰り道に連れてこられたのはオシャレなカフェ。俺たち以外にも高校生らしきやつらはいるのだが、なんというか陽キャというかキラキラというかキャハハ、ウフフと聞こえてきそうな感じがする。


 俺、おもいっきり場違いなんだけど?


 そんなことを思っていると正面の席に座った遥が神妙な面持ちでこっちを見ていた。


「なに?」


 普通に聞いたつもりだったが、思いのほか低い声が出たらしく遥の身体がビクッと震えた。


「えっ、と。その……、今回はほんとにごめんなさい。こんな大事になるとは思ってなくて」


 俯きながら消え入るような声で遥が言葉を続ける。


「最近と言うか、歳を重ねる度に正平との距離が開くのが嫌で、なんとか繋がりが欲しくって。……んと、ね。まあ、気づいてなかったとは思うけど、私ね、昔っから正平のことが好きなの」


 じっと俺の目を見ながらも、遥の瞳には恨めしそうな雰囲気が漂っていた。


「高校入ったくらいからかな? 正平、あからさまに私と距離置くようになったよね? 友達関係も違うから仕方ないかな? とも思ったけど、私が話しかけないと何日も声聞けないし、学校だけなのかな? とも思ったけど近所で会っても知らんぷりだし。でも、嫌われてるわけじゃなさそうだから単に正平が私に興味ないんだろうなって思って」


「……まあ、興味ないって言うか趣味趣向合いそうなとこ皆無だしな。今だってほら」


 視線を周りに向けると同じように遥の視線も店内を巡る。


「な? 場違いだろ? 俺みたいな人種はこんなオシャレなとこ似合わないんだよ」


「そんなこと———」


「まあ、それ以前にあまり好きじゃない」


 言葉を遮るように言うと遥は俯いてしまう。


「正直、お前のことを好きか嫌いかで言えば好きかもしれない。でも、一緒になにかしたいとかは思えないな。どっちかに合わせるのもしんどいし。それなら———って遥?」


 大きな目を見開いて驚きの表情を隠しきれない遥。


「……好き? 正平が私のこと、好き?」


「おい、遥? お〜い、大丈夫か?」


 ポジティブと言うか、自分の都合のいいところを切り抜いて解釈。


「うん、大丈夫。私は正平が好きだし正平も私が好き。うん! これって両思い!」


「ダメだこいつ、末期だな」


 どこまでもポジティブと言うか、勘違いと言うか。


こういうのが許されるのはイケメン、美少女に限るんだろうな。


 小さな頃から変わらない遥の笑顔。


 これを見るとしょうがねぇなと思ってしまう俺も末期なのかもしれない。


 


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ただしイケメン、美少女に限る yuzuhiro @yuzuhiro

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