第2話 中編

「助けてくれてありがとうね」


 少し落ち着きたいと入ったスタバで向かい合わせで座った真里亞に頭を下げた。


「ん。まあ、アイツいい噂聞かないからはるかっちが汚されなくて良かったよ」


「ちょっと、言いかた」


 ズズズとストローを啜りながら手を左右に振って応える真里亞に軽くツッコミながら、正平に連絡を取ろうとスマホを探す。


「ん? あれ? ない」


「ん? それは嫌み?」


  胸ポケットを押さえながら呟いたことで真里亞からはジト目を向けられた。


「ちがっ! スマホ、スマホがないの。どこかで落としたみたい」


「あ〜、まじ? ってかアンタ、かがわっちとイチャつきながら帰って行ったよね? かがわっちどしたの?」


「イチャついてたわけじゃ、……って私そんなにうれしそうだった?」


 指で毛先をクルクルといじりながら訊ねると「乙女か!」というツッコミをもらった。


「あ〜、ね? アンタの気持ちはわかってるから、見たらね? で、かがわっちは? 逃げられたん?」


 真里亞の問いかけに苦笑いを浮かべながらことの顛末を説明した。


「なるほど。んじゃ、なるはやで現場戻らなきゃじゃね?」


「あっ! そうだね。まだ正平いるかな?」


「結構時間経つし、いないっしょ? 知らない間に警察のご厄介になってたりしてね? かがわっち、あの見た目だし、誤解されやすいっしょ。職質されたのだって1回や2回じゃないって聞いたよ?」


「えっ?」


 はじめて聞いた話。正平が職務質問? それに……。


「真里亞、正平と話すことあるんだ?」


「ん? そりゃある……、あ〜、ほかの子は見た目で敬遠してるみたいだけど、話すとかわいいとこも———、ってはるかっち顔! みんなに見せちゃダメな顔してる!」


「ん? 別に? 私が知らないことを真里亞が知ってたのことがショックだとか? 私以外に話す女の子がいたのが意外だとか思ってませんけど?」


「思ってるっしょ! ってかウチとかがわっちがダベってるの見たことあるっしょ! どんだけかがわっちのことしか見えてないんよ!」


 思いがけない指摘をされながらも、私の視界は随分と狭いという事実を突きつけられる。


「とりあえず戻ってみる。真里亞はゆっくりしてって」


 鞄を抱えながら慌てて席を立って真里亞に手を振る。


「りょ、慌てて走ってパンチラしないようにね〜」


 ヒラヒラと手を振りながら小声で『意外と派手』と呟かれたので早歩きで店を出た。


♢♢♢♢♢


 ピンポーン


 久しぶりに訪れた遥の家。インターホン押すのなんて何年振りだろうか?


『はーい。どな……しょうちゃん?』


「あ、お久しぶりっす」


 こちらからは全く姿は見えないがなんとなく頭を下げて挨拶をした。

 俺の挨拶に対する返答はなく、数秒後バタンと開かれた扉から小柄な女性が飛び出してきた。


「しょうちゃん! あらやだしょうちゃん! おっきくなったわね!」


 小さな身体を目一杯使って抱きついてきたおばさん。遥同様に胸に備えた凶器でぐりぐりと俺の理性を壊しにかかる。


「そこまで久しぶりじゃないし、恥ずかしいから離して!」


 失礼だとは思いながらめ頭を押さえて引き剥がす。


「もうっ、相変わらずの照れ屋さんね」


「もう小さい子じゃないんだから抱きつかないでよ。まあ、それはいいとして遥いる?」


「ん? まだ帰ってきてないわよ?」


「あ〜、そう。実は遥のスマホ拾ったから届けにきたんだ。ひょっとしたら探してるのかも」


 あれから結構時間経ってるし、失くしたことには気づいているだろう。


「もうすぐ門限だしパパも帰ってきてるから遅いようだったら迎えに行ってくるわ。と、言うことでしょうちゃんもウチでご飯食べながら一緒に待ってましょ」


 両手をパンと合わせてニッコリと微笑むおばさん。笑顔なのに断りづらい圧がある。


「バイトの親方にメシ誘われてるから。じゃあこれよろしく」


「あっ、ちょっとしょうちゃん!?」


 引き止めようと伸ばしてきた手にスマホを乗せて脱兎のごとく遥の家から離脱し、待ち合わせをしていたバイト先へと急いだ。


♢♢♢♢♢


「ご馳走様でした」


 バイト先の親方に連れてきてもらった馴染みの中華の店を出て車に乗り込む。

 ウチの親父や遥の親父さんとは中学からの親友だと言う親方は、週に一回は社員をメシに連れて行ってくれる。


「おい正平。オッサンらと中華ばっかり食ってないでたまには女とオシャレな店でディナーしてこいよ」


 信号待ちの交差点。親方の視線の先にはカップルが腕を組んで歩いている。


「俺なんかとメシ行く女いないっすよ。それよか親方達と中華で腹一杯食べたいっす」


 この見た目だ。学校で俺に話しかけてくるやつなんか限られている。


「そか? でも遥ちゃんとかいるだろ?」


「ないっす、ないっす。アイツと俺じゃ住む世界が違うし。誰が見たって釣り合わんっすよ。趣味も合わないから一緒にメシってのもないっすね」


 遥の好きそうなオシャレで映えそうな店は、俺にとっては居心地の悪そうな店だ。


「な〜に言ってやがる。美少女が好きなのがイケメンだとは限らねぇだろ? 世の中そんなカップルばっかじゃねぇし、お前だって見た目は悪くないぞ? まあ、方向性の違いはあるかもしれないけどな?」


 ゲラゲラと笑う親方をルームミラー越しに見ながら遥とオシャレな店でディナーをしている自分を想像してみる。


……ねぇな。普通にねぇわ。俺に合うのは油で床がギトついたような中華やラーメン屋だ。そこで野朗同士ゲラゲラと笑いながらメシを食う方がしっくりとくる。


「やっぱり見た目の印象ってデカいんすよね」


 自分に言い聞かせるような俺の声が車内のBGMに混ざり合う。



 




 



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